79・俺たちは理由を明かす
「只者じゃねえとは思ってたけど、ここまでとはな」
ロイドさんがサーラさんを下げさせ、お茶を入れ替えてくれた。
ロシェは固まったまま動こうとしない。
「もう知ってると思ってましたけど」
深夜に近いので、もうロシェは寝たほうがいいと思うんだがな。
俺がのんびりお茶を啜る。
はあ、ほんとにここの緑茶はうまいなあ。
「アブシース王国、第一王子ケイネスティ、殿下」
ミランが低い声で王子の名を呼ぶ。
久しぶりにフルで呼ばれると少し照れるね。
「お、王子様っ」
ロシェ、その驚き方はないんじゃない?。
顔が真っ青だよ。
「も、申し訳ございません。 し、し、知らな、存じ上げなかったとはいえ」
「あー、そういうのはいらないよ、ロシェ」
俺はやさしく微笑む。
「知らないのは当然だし、今、ここにいる俺はただの研究者なんで」
王宮とは十四歳の時に決別した。
関わりを断ちたいと思っているのに、いつまでも何かが俺たちに付きまとう。
俺は一旦、変身を解いた。
「なるほど、ケイネスティ王子は母親がエルフだったな」
美しい金髪に宝石のような緑の瞳。
透き通るような白い肌のエルフのような華奢な青年。
「ええ、その通りです」
「そりゃ、王都じゃ生活しにくいだろうな」
ミランはため息を吐き、完全に書類から手を離した。
仕事を諦め、俺の前に座ると、ロイドさんがお茶を差し出す。
「私も子供のころから背が伸びず、ドワーフだと言われておりました」
ロイドさんが突然、王都から逃れて来た理由を告白した。
「そうだったんだ」
どんなに仕事が出来ても、教会から疑いをかけられたら終わりだ。
自分自身には何の非もないのに。
「で、でも、どうしてこのサーヴへ」
ロシェがどうしても知りたいらしく、ためらいがちに訊ねる。
「砂漠の研究ですよ。
王家に伝わる伝説が本当なのかどうか、知りたかったんです」
魔力量チートである『王族の祝福』を使った、砂漠の緑化。
そのせいで多くの砂族が迷惑を被り、呪いの本の効果もあって、いわれのない迫害を受けることになった。
「砂漠は決して悪ではないと思っています」
そこには古くから生きる知恵があったはずだ。
「やり過ぎたご先祖の尻ぬぐいか?」
「いえ、そこまでは考えていませんでしたけど」
ミランに苦笑いで答える。
それでも俺は砂族や砂狐たちは救済したい。
「自分が出来る範囲のことがしたかっただけです」
「それなら、王子という身分がありゃ簡単だろう?」
ミランの言葉にロシェもウンウンと頷いている。
俺はどう説明しようか悩む。
「先ほどミランが言ったように、私はエルフの血を引いている」
子供のころ、そのせいで死にかけたのだ。
「王位継承権などいらないと言っても、教会は女神様から指示が出れば、受け入れなければならない」
王都へ行ったことがあるミランには分かるだろう。
毎年、建国際には大勢の国民が祝福をもらいにやって来る。
その慈悲深い女神様のいうことを聞かなければ国はいずれ滅びるのだ。
「滅びる?」
俺はロシェに頷く。
「『祝福』は国を動かすほどの影響力がある」
それは女神が与えるもの。
だから女神の意志に反すれば、当然その祝福は無くなる。
それを持っていない者が多いのだから、必要ないのでは?、とロシェの顔に書いてある。
「多くの者が持っていない祝福を、持っている者が手放すことはないよ」
「あー」
ロシェが少し嫌そうな顔をした。
富や権力と同じだ。
無ければ無いで済むが、持っている者は自らそれを手放したりしない。
「例えば、私が持っている『王族の祝福』は魔力量が無限だ」
「え?」
ロシェだけでなく、ミランやロイドさんも驚いている。
「これを手放したいやつはいないだろう?」
三人ともウンウンと頷く。
「では、そんな者をどうやって排除するか」
一番早いのはこの世から消す事だ。
「ケイネスティだとバレると、色々と不都合でしょ?」
自分だけじゃない。
「下手をすると誰かを巻き込んでしまう」
それが俺たちが一番、避けたいことだ。
「ですから、皆さんは知らなかったということにしてくださいね」
王子がニコリと天使の微笑みを発動する。
「あ、ああ、分かってる」
俺は頷いて立ち上がる。
「夜分遅くに申し訳ありませんでした。 これで、失礼します」
軽く礼を取り、俺はその部屋を出る。
地主屋敷を出ると、ハシイスとエランが待っていた。
どうやらパルシーを送って戻って来たようだ。
「何か、まだ話があるのか?」
俺は教会に向かって歩きながら訊く。
「はい。 あ、通信魔法陣でしたら俺が確認して来ました」
そう言ってハシイスは懐から書簡を取り出す。
蝋印が無いことから、それがクシュトさんからだというのは分かる。
「部屋で聞く」
二人は頷いて、俺は自分の家に入る。
俺の寝室は常時、遮音が掛けられているからだ。
俺が台所に行ってお茶を入れようとすると、ハシイスがすぐに動く。
そこを任せて、魔力の扉を開ける。
「はあ、その金色の髪と普段の黒髪と、威圧感が違いますよねえ」
後ろからついて来たエランがそんなことを呟く。
「どっちも私だ。 気にするな」
「そりゃそうですけど」
肩から念話鳥を降ろし、部屋着に着替える。
ハシイスが三人分のお茶を持って部屋にあがって来た。
俺は黒髪に戻し、ベッドに座ると、ハシイスとエランは床に座った。
お茶を受け取り、零さないようにゆっくりと飲む。
「エラン、南方諸島連合の様子はどうだ?」
「はい。 今のところは落ち着いています」
第一夫人は離縁を申し出たそうだが、代表と新妻が拒否したそうだ。
「政治的なことはまだまだ未熟ですからね」
そりゃあ、あの脳筋じゃな。
妻になったばかりのメミシャさんは、まだ南方諸島についてはよく分かっていないだろうし。
今までは復讐にばかり目を向けていた女性だ。
これからは甘い生活ばかりじゃないだろうけど、がんばって欲しい。
「エラン、悪いけどもう一度、南方諸島に行ってもらいたい。
新しい奥さんに、俺から渡したいモノがあると申し上げてくれ」
許可が出れば移転魔法陣で飛ぶ。
「分かりました。 では、明日の朝一で向かいます」
「海トカゲの青年を連れて行くといい。 彼なら何かあっても自力で逃げられるだろう」
頷いたエランを家に帰し、ハシイスと二人になる。
「ネス様、俺は行かなくて大丈夫ですか?」
「南方諸島連合は脳筋の集まりだからな。 エランにがんばってもらうさ。
それより、前領主の王都への引き渡しは済んだのか?」
「はい、キッドさんが向こうで手続きを終わらせています」
俺は、さっき受け取った通信紙を広げて目を通す。
「は?」
変な汗が背中に流れるのを感じる。
「ガストスさんが王都を出ただと?。 それから何日経つ?」
「おそらく、まだ出立したばかりだと思います」
ハシイス自身もそれが気になっていたんだろう。 俺の質問に即答する。
さすがにこれは予想出来なかった。
「クシュトさんも予想外だったようです」
癖のない文字が若干流れるように書かれている。
「あと四日……」
その間に何が出来るだろう。
王都からの兵の受け入れ先は、おそらくウザス領にある国境警備隊の本部だろう。
「表向きは、南方諸島連合の密貿易の調査だということですが」
「実際はサーヴ潰し、ということか」
俺は手に持っていた紙を握り潰した。