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78・俺たちは教会に反発する


 俺はその夜、ミランの仕事部屋で書類仕事をさせられていた。


王子が律義に一枚一枚確認するので、時間がかかるんだよなあ。


『名前を書くのだ。 責任は重い』


うん、そうなんだけどね。


だけど、これだけの量を一晩でって無理な気がするよ。


「失礼いたします、ネスさんにお客様ですが」


そう言ってロイドさんが入って来た。


俺は客用椅子に座ってお茶を飲んでいるハシイスをチラリと見る。


目を逸らしやがった。


 ミランが構わないというので入れてもらうと、やはりパルシーさんだった。


「こんばんは、お邪魔します」


パルシーさんはじっと俺を見る。


いや、実は今、王子が出てるんだよ。


必死に書類に目を通しているので、パルシーさんに気がついても無視してるな。




『ケンジ、これ、どういう意味?』


しゃべる気がないらしく、肩の鳥も机に下ろしたまま黙っている。


(たぶん、花火に関して、どういうものを使っているのかっていう問い合わせだね)


海上なんだから、家が燃えるとか心配しなくていいのにな。


『火の魔術だと思ってるってことか』


そうそう。


「お、コホン、ネスさん。 書類を読むだけでしたら私がしますよ」


ミランへの挨拶もそこそこにパルシーさんが俺の側に来た。


「ネスさんは、あちらでお茶でも飲んでいらしてください。


重要なものは回しますので」


「うん」


王子が書類から目を離さずに立ち上がり、客用の椅子へと移った。


お茶を持って来たサーラさんもポカンとしている。


ああ、王子とパルシーさんの関係を知らない人はそうなるよな。


事務机に座り、バリバリと書類仕事を片付け始めるパルシーさんを見て、ロシェが目をぱちくりしている。


これ、北の領地の再現だよなあ。




「お気遣いなく。 パルシーさんは元・私の執事なので」


王子が書類から目を離さずに言うと、パルシーさんが少し顔を上げた。


「ネスさん、私は今でもそのつもりですよ」


眼鏡の奥の瞳がじろりと睨んだ気がしたけど、王子は完全無視してる。


「お好きなように」


『どうせ、文官だの執事だのいっても、彼は王都の宰相様の使いに過ぎない』


おおお、王子がまとも過ぎる。


 山のように積まれていた書類が消える。


「ネスさん、これに目を通してください。 こちらは署名だけお願いします」


交易用書類の署名と、祭りに関する陳情みたいなものがある。


「その後でミランさんに見ていただいて、決裁となります」


ロシェがその手際の良さに驚いている。


「ロシェ、とりあえず座れ」


ミランが、立ったままのロシェを座らせた。


「あれが本物の文官だ。 あれくらい出来なきゃ王都じゃ務まらん」


ミランは小声で呟いた。


「は、はい」


いやいや、ロシェ、君はまだ文官じゃないから。


地主の手伝いはさせてるけど、将来はまだ未定だからね。




 王子が几帳面なのを知っているので、パルシーさんはその後ろで立ったまま待機している。


ロイドさんが座るように勧めても、完全に執事の態勢に入ってて遠慮していた。


「パルシーさん、何か御用があったのではないですか?」


王子は署名を続けながら声をかけた。


こんな夜更けに地主屋敷を訪ねて来たのは、王子のためだけではないのだろう。


「はい。 ピティースさんの件で、お詫びをと思いまして」


「ピティースがどうかしたのか?」


ミランが不思議そうに、書類から顔を上げる。


 ドワーフであることを隠していた革細工職人のピティースは、今、砂漠の町にいる。


「私の従者の一人が彼女に言いがかりをつけてしまいまして。


気分を悪くされたようでお店も閉められて、数日、姿が見えないようなのです」


そうなのか、とミランが自分の執事であるロイドさんを見る。


「はい。 確かに革細工の店はしばらく休んでおられるようですが」


「ですが、ピティースさんは新地区の住民ですし、謝罪でしたらご本人か、ご領主様に」


ロシェは戸惑いを隠せない。


「いえ、私が謝罪すべきはネス様ですから」


おいおい、様付けになってるよ。


照れ隠しなのか書類から目を離さない王子に対し、パルシーさんが深く礼を取った。


パルシーさんがそのまま顔を上げようとしないので、王子以外の皆が顔を見合わせている。




「眼鏡さん、どうしてあの子たちを連れて来たんですか?」


王都で何かやらかしたのかと王子は心配しているらしい。


「あの二人の随行は教会の指示ですが」


「ふうん」


『ケンジ、何か言いたいことがあるんだろう?』


おおう、王子、ここで俺に振るのか。


分かったよ、言ってやる。


「確かにあの子たちを王都の教会に送ったのは俺だけど」


書類をテーブルに置き、俺はパルシーさんを見上げる。


後ろだから見にくいな。


「あの子たちが、ろくに教育されていないのは何故?」


俺は立ち上がった。


北の領地にいたときは見上げるばかりだったけど、今は多少身長は追いついている。


それでもまだ少し足りないけどさ。


「やっぱり俺のせいで、あの子たちまで苦労したのか」


多額の寄付を付けて送った子供たち。


だけど俺の名前で送ったせいで、彼らはまともに扱ってもらえなかったのかもしれない。


「いえ、そういうわけでは」


俺が俯いてしまったので、パルシーさんが慌てて首を横に振る。




「あの子たちは、その、亜人疑惑がかけられたのです」


俺は驚いて顔を上げた。


「なんだって」


王子の怒りが俺よりも強く表れた。


「男性のほうはドワーフの血が入っていたことが確認されています。


女性のほうは、その、容姿があまりにも美しいので、エルフの血が入っているのではないかと」


お陰で二人はまともな教育を受けられなかった。


『祝福』持ちは証人が三人いる。


教会は二人を手放すことも出来ず、かといって高待遇も出来なかったということか。


 王子、落ち着け。


静かな王子の怒りが身体を駆け巡り、俺は意識を失いそうになる。


「何の罪もない子供に、そんなことで」


しかも『祝福』持ちはそれだけで国の財産といわれるほど貴重な人材なのに。


俺は強く手を握り込んだ。


「分かりました。 それでは俺がこの町で面倒見ればいいんですね」


パルシーさんは二人に俺の指示に従うように言いつけていた。


「そうしていただければ助かります」


パルシーさんは再び深く礼を取った。


「条件があります。 あの二人を教会から完全に切り離すこと」


俺はパルシーさんの足元に、あの日、北の領地を出る時に受け取った金庫を出現させた。


「好きなだけ寄付します。 ですから、必ず約束は守ってください」


「はい」


地主屋敷の中にノースターの真冬のような風が吹き抜けた。




 誰も俺たちの間に入ることが出来ず、王子の怒りに恐れおののく。


「ハシイス」


「はい」


俺が声をかけるとハシイスはすぐに立ち上がった。


「あの少年の面倒を見てやれ」


「それは仕事ですか?、それとも一般的な?」


諜報に使うかどうかを訊いてくる。


「裏には役に立たないだろう。 常識の範囲で頼む」


「承知しました」


騎士の礼を取り、ハシイスはパルシーさんと共に出て行った。


そこでようやく王子の怒りが収まる。


「お騒がせして、申し訳ありませんでした」


俺はミランに対して礼を取る。


「いや、あははは」


部屋に居た者全員が顔を引きつらせていた。


ん?、なんだこれ。



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