77・俺たちは女性が怖い
「リーア、ユキ、申し訳ないけど、留守番を頼めるかな」
砂漠の町では毎朝、全員揃って朝食をとることにしていた。
その日の朝食後、俺は集まっている皆にしばらく留守にすることを伝える。
ソグには不在中に必要なことを書いた紙を渡す。
彼は字が読めないので、ポルーに読んでやってくれるように頼んだ。
塔の内部には調理場を設置してあり、竈がある。
そこで、俺は王都のおばちゃんに感謝しつつパンを焼いたり、料理を作ったりする。
それを低温に設定された食品保存用の棚に、いつでも食べられるように入れて置く。
何日の不在になるか分からないので、とりあえず出来るだけのことはした。
傷みそうな食品に関してはピティースの鞄で保管をお願いする。
もちろん無料で<時間経過停止>の魔法陣を付与させていただきましたとも!。
一日中、料理を作っていて、終わったのは夕方近くだった。
今日はそこにリンゴの箱も置いて、一応、それを使った菓子も用意した。
「これ、皆がいる時にも出してくれればよかったのに」
砂族の青年ポルーが横目で睨んでくる。
「すまん。 今度、来た時は用意するよ」
今回は、リーアとユキが拗ねないように用意しただけだから。
今も絶賛睨まれ中なんだよ。
「こんなものでご機嫌とろうとしてもダメですからね」
【ユキも行くもーん】
いやいや、二人とも、言葉とは反対に目はお菓子に釘付けじゃないか。
「ちょっとどうしても外せない用事が出来たんだ」
ハシイスから連絡が来て、ミランからも念押しが来たのである。
俺は、砂族一行がちょうどサーヴの町に到着するころに飛んだ。
先に手紙の配達をクロに頼んであったので、この時間に戻ることは連絡済み。
なので、目の前にハシイスがいても不思議ではない。
ないけどさ。
「あー、びっくりした」
暗転の直後に目の前にいるとは。
「師匠、全然帰って来ないから心配したんですよ」
詰め寄って来る弟子に、閉口して顔を背ける。
「悪いけど、少し休憩させて」
俺はリタリの姿が見えたので、そちらに移動する。
「お帰りなさい」
こちらもちょうど夕食の時間だ。
「リタリ、食べながらでいいんだけど、話がある」
「うん」
すっかり料理もうまくなったなあ。
教会横の炊事場は、旧地区の教会で寝泊まりしている子供たち用に作った。
「ネス様、いらしてたんですね」
王都から来た紫の瞳の少女が俺を見つけて駆けて来た。
パン屋の袋を持っているから、リタリを手伝ってくれていたようだ。
「私、王都でも小さい子の面倒は見てましたよ」
あれ?、『祝福』持ちは何不自由なく生活出来るはずだが。
「私の『祝福』は『農業の才能』ですよ。
まだ成人前ですので、施設の子供たちと一緒に、庭に畑を作ってたんです」
ああ、まだ子供だったから国の施設に送られなかったのか。
いや、たぶん、農業という祝福を教会の者たちが甘く見たのだろう。
あそこは魔術だの戦闘術だのに力を入れ過ぎなんだよ。
農業はすごく有用な能力なのにな。
彼女の側にナーキとテートの凸凹コンビがいる。
この子たちはこの町の農業担当だ。
「それはちょうど良かった。 この子たちを使ってやってくれ」
「はい。 ソグさんにも頼まれましたので」
ソグは砂漠へ向かう前に、彼女に凸凹コンビを頼んでいったらしい。
「うれしいです。 私でも役に立てて」
俺は不思議に思った。
『祝福』持ちは優遇されるし、その力は国の財産として研究されたり、実用されたりする。
すでに大人の場合は、ハシイスのように所属機関での昇進など、優遇が約束されるのだ。
それなのに、この子たちはあまり優遇されていた気配がない。
「もう一人の少年はどうした?」
「あのバカは、町の人に迷惑かけて、パルシーさんがお説教中」
ピティースの件かな?、ご愁傷様。
「他の子供たちは?」
リタリに聞く。
「今は皆、ほとんどが親のところか住み込みね」
この町ではすでに働く場所がたくさんある。
人手不足を補うため、子供でも働き手として取り込みたいらしく、孤児の場合は住み込みも普通だ。
「そりゃあ、よかったな」
リタリにも仕事の話はあったが、彼女自身が教会の子供たちの世話があるので断っている。
食後のお茶になって、俺はリタリに話を切り出した。
「もし、リタリさえ良ければ、斡旋所の受付をやらないか」
「え、私に?」
すぐにではない。
引継ぎに一年ほどかかるからね。
「食堂の娘さんがお腹に赤ちゃんが出来たから、斡旋所の手伝いを欲しがってる」
本当は引継ぎだけど、最初はお手伝いをして慣れてもらう。
俺は、いずれ斡旋所を旧地区のトニオさんのところに移したい。
そのためには、誰かがまず仕事を覚える必要があるのだ。
「リタリさえ良ければ、しばらく食堂に通って仕事を覚えて欲しいんだけど」
住み込みではないので食事の時間などは、ここに戻って来ても大丈夫。
リタリは横に座る凸凹コンビと、王都から来た少女を見る。
「あら、この二人なら私が面倒見ますよ」
紫の瞳の少女は微笑んだ。 彼女のほうがリタリより年上になる。
「で、でも、魔鳥の世話とか」
リタリはこの旧地区の牧場で魔鳥の世話もしている。
「そっちはあのバカにやらせるわ。 あれでも『獣の祝福』持ちで動物を扱うのがうまいのよ」
俺は黙り込むリタリの肩をそっと抱く。
「トニーと相談してからでいいよ。 決まったら教えて」
小声で囁くと、耳が少し赤くなった。
その様子を見ていたハシイスがため息を吐く。
「相変わらず子供の扱いはうまいですね」
む、まるで子供にしかモテないみたいに言うな。
「お前も恋人が出来れば分かるさ」
ハシイスは首を横に振る。
「目が離せない師匠がいるんで、当分無理ですね」
諜報兵はそのほとんどが独身だ。
国の裏事情を知る者は少ないほうがいいに決まっている。
「それより、ミランさんのところへ行かなくていいんですか?」
「あー、うーん」
そのために来たのだから、行くには行くんだけど。
「遅いほうがロシェがいないとか、思ってます?」
図星なので何も言えない。
「ネス様がいかないと、無理してでも起きてますよ、あの娘は」
ああ、やっぱり。
「仕方ない、行くか」
リタリに後を頼んで俺はハシイスを連れて地主屋敷へと向かう。
「こんばんは」
「いらっしゃいませ、ネスさん」
もう玄関口からロシェである。
「ミラン様がお待ちです」
うん、待ってたのはロシェも同じだよねえ。
仕事用の部屋へ通されると、山積みの書類に唸っているミランがいた。
「失礼します」
入るとすぐに俺はいつもの客用の椅子ではなく、きちんとした事務机に座らされた。
「え?」
目の前にどさりと書類が置かれた。
「これが終わるまで砂漠へは返しませんからね」
「はい?」
どうしてこうなった。
「何の書類です?」
一番上の紙を一枚取る。
「これ、南方諸島連合との交易の許可申請か」
でも、なんで俺の署名が必要なんだ?。
「ツーダリー代表がネスさんをご指名なので」
うおおお、あの色ボケ脳筋、なんてことを。
「一応、国にも許可申請します。 この町で闇取り引きなんてさせませんから」
うへえ、さすが前々領主の娘だ。
バレたらこの町の不利益になることは出来ないってことか。
「他にも祭りの申請に必要なものですので」
俺はおとなしくロシェに従うしかなかった。