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その頃、王都では 4


「本当に行く気かい」


王都の雑貨屋の奥で、兵士を引退した老人が挨拶をしていた。


「ああ、もう王宮にも挨拶は済ませた。 国王陛下は喜んでいたよ」


「あの国王ならそうだろうな」


ひょっひょっと店番をしていた痩せた老人が笑う。


そして、あれもこれもと旅立つ友に荷物を持たせる。


「……」


睨むように見ていた黒い服の老人に、元兵士の老人がニヤリと笑みを浮かべる。


「お前はどうする、と言いたいところだが、お前の前職じゃ自由に出られんからな」


諜報兵の、しかも頭を務めていた黒い老人は、引退したとしても国からの監視がつく。


定期的に王宮へ出仕する義務があるのだ。


「いつ出立だ」


短い言葉にも何故か怒りがこもる。


「ふふん、それは相手次第だな」




 彼ら三人は同じ目的を持って集まっていた。


それは自分たちが世話を焼き、守って来た一人の青年の復権だ。


「坊は犯罪者なんかじゃねえ。 それを地位のある大人が寄って集って未来を潰しやがった。


俺は絶対それを忘れねえ」


「執念深いことだな」


黒い老人は考えを変えそうにない友人にため息を吐く。


 本来ならここも、青年を見守るだけの集まりだった。


だが、いつまで経ってもあの青年を危険だとする者がいる。


王宮を、王都を去っても尚追い詰め、努力して築き上げた領地も取り上げた。


「坊を危険人物にしたのはあいつら本人だ」


下級貴族の出身ながら王宮の近衛兵まで上り詰めた。


国王陛下の信頼も厚く、お陰でまだ少年だった頃のその青年とも知り合った。


たくましく成った青年の姿を想像し、大柄な老人は目元を緩める。




 その青年が姿を消して二年、ようやく居場所を捉えた。


しかし、やはりまだ雲行きは怪しい。


「どうして、そこまであの坊を危険視するのか、分からん」


「権力というのは恐ろしいのお」


遠い場所であるため、まだ目立った動きはない。


「交易に、女性たちの解放、姫様の解呪。


どれも常人には出来んことだわなあ」


ある意味、王子という身分があるからこそ、だと思われる。


本人にそのつもりはなくても、王族であるという事実がなければ成功していたかといえば、難しい。


そのため、彼の功績はこうして王都にまで流れてくるのだ。


「宰相殿は息子を送り込んだようだな」


準備を終えた友人に、船に荷物を運ぶ手配をしていた商人の老人が答える。


「ああ、嬉々として船に乗り込むのを見たぞ」


黒い老人がますます顔を険しくする。


「あの宰相は何を考えているんだ。


教会から『祝福』持ちを二人も連れ出して行った」


「北の領地の子供らしいな」


「ああ、そうだ。 だが、彼らも教会所属であることに違いはない」


元近衛兵と元諜報頭は、顔を寄せ合って唸る。




「何か問題があるんかの?」


痩せた老人はゆっくりとお茶を啜りながら二人の友人を見る。


「宰相は息子が文官を辞退したがったが、させなかった」


それがどういう意味なのか。


「神官になれば教会の指示に従わなきゃならんからな」


今回は偽装なので、従う相手は文官の最長官である宰相だ。


「やっぱり宰相様も教会が怪しいと睨んでるんかの」


黒い老人が口に指を当てて、周りを見回す。


三人は顔を寄せて小声で話をする。


「王都じゃ教会は絶対の権力がある。


亜人を認めないとしているのも、教会の人族至上主義が根底にある」


本来、神殿の祈祷室で治世の良し悪しを問えるのは王族のみ。


その彼らさえ知らなければ、周りは多少の悪さをしていても罪には問われることはないと思っているようだ。


「それをどこまで理解し、粛清できるかによるの」


次の国王になる予定の王太子は、第二王子キーサリスである。


三人は知っている。


前国王の死去時に起きた二人の王族の失脚劇を。




 現国王は、前国王の三男である。


当時、国を継いでいた長子が祈祷室で女神から『失脚』させられた。


「ひでえもんだった。


利用するだけ利用して、悪事がバレそうになって祈祷室に放り込んだんだからな」


当然のように女神様は国王の力不足と判定する。


 当時、王都では亜人排斥運動が起こっていた。


「人の良い、やさしい国王だったからなあ」


その国王を失脚させて、国民の不平不満をそちらに向けている間に第二王子を操ろうとした。


「あれもひどかったな。


どう考えても自殺に追い込んだのは教会だろう」


拒否し続けた第二王子を、家族を人質にして脅したのだ。


死因は公表されなかった。


「はあ、それに屈しなかったのが第三王子だ。


王妃がエルフだってことで、ひとまず亜人排斥運動は治まったが、人族至上主義は相変わらずだしな」


その一派からすればエルフの血を引く王子など認められない。


「しかし、エルフの呪詛があったからな」


王妃の生死に関わった者は呪詛の瞬間を知っている。


王子に何かあればエルフ族の呪いで国が亡ぶ。


「ああ、そのお陰で王子は生き延びた。


だが、その目に見えない呪詛とやらを怪しんで、実力行使に出る者も後を絶たん」


お陰で忙しかった、と黒い老人が目を伏せる。


「おまけにあの魔力と容姿。 声は出なくとも領地を立て直した手腕」


「第ニ王子である王太子の一派が警戒するのは無理もない」


国民からの不満の声が増えれば、女神から『失脚』させられることになる。


まだ若い王太子を焚きつけて、第一王子である青年を消す。


「おそらく、その後はまた王太子の『失脚』か」


「第三王子のクライレストは確かに切れ者だからな」


宰相の秘蔵っ子だと言われている。


「まあ、宰相様は中立派だ。 表立って教会と対立はしておらんからな」


「何とか丸め込む気なんだろう」


王都はきな臭い話ばかりである。




「その前に、俺たちがなんとかせにゃならん」


太い腕を組んで元兵士の老人がニヤリと笑う。


おそらく、この男は「あの青年の側にいるほうが面白い」と思っているだけだと黒い老人は思う。


「王位継承復権に動いてはいるが、あの王子自体があまり乗り気じゃない」


黒い老人はこめかみを押える。


せっかく復権の許可を取ってもすぐに放棄されては堪らない。


「ひょっひょっ、あの坊なら新しい国でも作りかねんわな」


痩せた老人の言葉に二人の老人が顔を見合わせる。


「ま、まさかな」


「あはは」


空しい声が闇に溶けた。




 後日、王都の港から軍用船が南へと出航する。


ウザス領とサーヴの間にある峠の見張り台、その下には隠された軍港があるのだ。


急遽集められた傭兵たちの中に、姿を変えた元兵士の老人が混ざっていた。


「王太子とはいえ、こんなものを動かすとはな」


不穏な空気の中、老人は傭兵たちを集めて「盤上の戦略」という遊びをする。


兵士ならば当然知っている遊びであり、これが出来る者はただの傭兵ではないといえる。


「金で動くなら雇いようはある。 問題は金では動かない奴らだ」


どこかの貴族家に忠誠を誓う者、家族を人質に取られている者。


 そして一番厄介なのは「教会」だ。


教会は孤児を集めて教育し、訓練する機関を持つ。


そこを出た者は町に出ても教会の名を汚さぬように躾けられているのだ。


教会の教えを絶対として。


この中にどれだけ教会育ちがいるのか。


「まあ、船旅は五日間ある。 その間に調べさせてもらおう」


元兵士である老人は、雑貨屋の老人からもらった酒や菓子で次々と傭兵たちを懐柔していくのであった。



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