76・俺たちは結界を張る
外周の石塀が出来上がる頃、彼らの帰る日になる。
「思ったより早かったですね」
かなり広かったので心配したが、塀を低めに設定し直したら何とか間に合った。
『これで結界が張れる』
うん、王子、よろしく。
塔から海へと緩い楕円のように石塀が囲む範囲。
この範囲が明確だと結界が張りやすいのだ。
王子が変身を解き、肩の鳥も片付けた。
リーアとソグが側にいた全員を塔の中に入れてくれる。
「あ、あの、何が始まるの?」
砂族の女性が、何が起きるのかと怖がって兄の腕に縋り付いた。
「心配はいらない。 我が主が魔術を行うだけだ」
アブシースの王都から来た砂族は、あまり亜人に馴染みがない。
女性はソグを怖がっていた。
ユキたちも魔獣だけど、見た目がほら、あれだしね。
ピティースとデザは職人らしく興味津々の目で見ている。
「王子、準備出来たよ」
『分かった』
俺たちは地上の町跡である大小の崩れた石壁が散乱している場所の真ん中に立つ。
先日、皆に頼んで、この場所に大きな広場を作ってもらった。
その中央に、なるべく平たい石板を並べてもらっている。
この下は倉庫に当たるようだ。
『いくぞ』
王子は杖を出し、魔力を込めながら魔法陣を描く。
魔法紙ではなく直に描くのは、ここに永久的に定着させるためだ。
井戸を復活させた時のように地面に馴染ませる。
魔法陣が完成すると、杖で魔力を注ぎながらの詠唱が始まった。
俺は王子がやり過ぎて倒れないように身体を支える。
ゴオオゥ
一瞬、強い風が吹き、黄金色に魔法陣が輝く。
魔法陣の周囲から魔力が走り、石塀に等間隔に設置されている魔力の杭へと延びる。
俺と王子が散々やってきた魔法柵の杭を応用したものだ。
これで外からの外敵に反応し、悪意のある者は越えられなくなる。
『あ』
「ん、どうした?」
王子が何故か空を見上げた。
「え?」
俺も驚いた。
『塔が反応している?』
魔法柵を強化した石塀に反応したように、塔のてっぺんから何かが拡がる。
「まさか……」
俺はあんぐりと口を開けて、それを見ていた。
塔の三角屋根から、王子の魔力が増幅されて、あふれ出しているのだ。
それは石塀だけでなく、町の上空を覆う膜になっていく。
「うわああ、なにあれー」
塔の中でも混乱が起きていた。
『これはどういうことだ?』
王子が分からないのに、俺が分かる訳ないよな。
「でも、これはすごい。 町全体がすっぽりと結界に覆われている」
結界が張り終わると、俺たちは塔に戻ることにした。
「ネスさん、これはすごいですね」
興奮気味にガーファンさんが俺に食いついて来た。
俺は念話鳥を出し、変身を発動して黒髪黒目にする。
「申し訳ないんですが、私にもよく分からないんですよ」
最初の計画では、周囲の石塀だけに魔力を流して魔力柵にするつもりだった。
それが何故か塔が反応してしまい、上空まで覆う結界になったのだ。
「では、我々は予定通りでよいのか?」
ソグが落ち着いた口調で聞いてくる。
「ああ、お願いする」
「では、皆、行こうか」
ソグはそう言って、まだ興奮状態の砂族の皆を連れて出て行った。
あの、広場の魔法陣の上に、池を作る予定なのだ。
ちゃんと魔法陣の中にはピティースが作った鉄管が出ている。
公衆浴場の時に作ったやつの予備を持っていたのだ。
中央には地下水脈から上がって来る配管。
もう一つは隅っこに排水用の、別の水脈に通じている配管が通っている。
俺はリーアと子供たちを連れて、塔の最上階に上がった。
「わあ、すごいー」「きれーねー」
子供たちが景色に歓声を上げている間、俺とリーアは作業している様子を眺めていた。
大人たちが石を円形に並べていく。
煉瓦職人のデザが石の隙間に防水用に加工した土を入れている。
「サーヴの噴水広場のようですね」
リーアが俺を見上げて微笑んだ。
本当はあれを作りたかったけど、俺にはその知識はないからね。
俺は窓から身を乗り出して、塔の屋根の結界の先を見る。
ちょうど塔の突端に集約しているようだ。
『何か町を守る仕組みがあるのか』
「元々そういう目的の建物だったのかもしれないな」
しかし、そのお陰で砂漠の町はまた完成に近づいたのだから、ありがたい話である。
そして翌朝、今回の砂族一行が帰って行った。
デザと、ピティース、ポルーは残留組である。
サイモンも残りたがったが、まだ子供だからな。
振り返りながら砂漠を行くサイモンに俺は手を振った。
町の結界を確認して歩く。
「これで見張りはいらないですね」
ポルーくん、それは違うな。
「見張りというのはこっちが警戒してると教えるためでもあるからな」
「でも、魔獣どころか、盗賊なんてここまで来やしませんよ」
まあ、そうなんだが。
『この結界なら砂嵐にも耐えそうだ』
そうなのか。
『まあ実際に遭わなければ分からないけど』
そうだよね、うん。
ここ最近、砂嵐には遭遇していない。
ソグやユキにしてみれば小規模なものはあちこちで発生しているらしい。
「天災は忘れたころにやって来るというし」
結界に何かが触れれば警報が来るらしいし、そもそも悪意がなければ出入りは自由だ。
そうでないと、必要な雨や風なんかも防いじゃうからね。
「砂嵐は悪意なんですか?」
「うん、一定以上の風量は人や物に危害を与えるからね」
そういうふうに王子が設定したんですよ。
夜になるとソグとデザ、そしてポルーくんは一人用寮に戻り、ピティースは工房の奥の部屋で寝泊まりしている。
俺とリーアとユキは、塔に一番近い家に住んでいる。
次回、砂族ご一行様が来たら今度は地上の町の復興だ。
そのための計画を練っている。
跡地を見る限り、家は一軒一軒が小さく、最低限の部屋しかない。
そして家の中に必ず地下への出入り口があるのだ。
この家は塔に一番近く、外から来た者には目に付く位置にある。
「少し大きめにしてもいいかもしれないな」
来客用の部屋がいるだろう。
地下の家はなるべく隠したいからね。
俺がブツブツ言いながら紙に向かっているので、暇になったリーアが声を掛けてきた。
「申し訳ありませんが、何かご本とかお持ちでしたら見せていただけますか?」
おお、ごめんごめん。
俺はだいたい毎晩こんな調子で、あんまりリーアに構ってあげられていない。
眠くなるとバタッと倒れるように寝てしまうらしい。
その後は、王子に任せたいところだけど、実をいうと王子も夜中は魔法陣を描いている。
独身時代の習慣が抜けないんだよな。
だって、祭りまでに花火の魔法陣を完成させたいもんな。
ごめんよ、任せっきりで。
『いや、あの花火は私も好きだ。 子供たちにも見せてやりたいしな』
よろしく頼む。
「そうだ。 リーア、これ」
俺はマリリエン様の魔導書を取り出す。
「今更だろうけど、魔法の勉強になるから読んでみるかい?」
マリリエンお婆さんが出て来て話し相手になってくれるしね。
あの若い頃の姿より、今の魔導書のマリリエンのほうが優しいと思う。
「まあ、よろしいのですか?。 うれしい」
リーアはほんとに勉強が好きらしい。
「私、これで勉強して、子供たちに魔術を教えられるようになりたいのです」
なるほど、それはいいかもしれないな。
「がんばって」
頷いて本を広げる彼女に、「でも、あまり無理しないでね」と付け加えた。