75・俺たちは謝り倒す
そしてもう一人女性が来ていた。
「ピティース、お前何しに来たんだ」
少し離れた場所でドワーフの革職人のピティースと煉瓦職人のデザが話している。
「うん、ちょっとね。 あ、鞄。
ほら、大事な鞄をクロに預けたままだったから取りに来た」
そう言うので、俺はピティースの鞄を持って二人の側へ行った。
「ピティースさん、何かあったんですか?」
彼女は自分の工房を持っている。
それを放り出してここまで来るには、何か理由があるはずだ。
『恋人のデザを追って来た、ではないのか?』
いやいや、そこまでこの二人は親密じゃなかったと思うけどな。
「んー」
背の低い彼女は、何故か申し訳なさそうに俺を見上げる。
「あの、教会の神官さんの従者?。
あの男の子のほうがさ、大声で私がドワーフじゃないかって」
俺は「あちゃー」と空を見上げた。
「すまん」
「ネスが謝ることじゃないでしょ」
つまり、ピティースは内緒にしていた種族をバラされて、町に居ずらくなったのだ。
「あの子もどうやらドワーフの血を引いてるらしくって」
同じだと思って声を掛けて来たらしい。
「アブシースは亜人には冷たいから、あの子も苦労したんだと思うよ」
いや、あいつは『祝福』持ちなので、王都に行ってからはそんなに苦労してないと思う。
でも自分がドワーフの血を引いていたとしても、他人にそんな話はしちゃいかんだろう。
しかも女性相手に亜人の疑いまでかけるとは。
「それで、店はどうしたんだ?」
「ドワーフみたいだって言われてから、客足が減った」
今までは身体の小さな女性ががんばって仕事をしていると思われていた。
だが、ドワーフだということになると、少し事情が違ってくる。
ドワーフは元々成人しても体格が小さいのが普通なのだ。
俺は土下座したくなった。
「ほんっとにすみません」
「いや、なんであんたがそこまで謝るのさ」
俺は、ピティースは遊びに来ていることにして、ゆっくりと休んでいてもらうことにした。
特に仕事は振らず、住みたい家があれば充てがうと約束する。
俺が出来るのはこれくらいだけどね。
その日の夕食は少し豪華にした。
ドラゴンの肉も出しちゃうよ!。
塔の外に簡易の竃を作ってもらい、バーベキューだ。
「すげー美味しいです、これ。 なんの肉ですか?」
ポルーくん、世の中にはね、知らない方がいいこともあるんだよ。
次から次に焼いて、最後にはデザートでリンゴも出す。
今年もノースターから木箱が大量に送られて来たからね。
それを切って子供たちに渡していたら、リーアが側に来て囁く。
「これを使ったお菓子、私の大好物なのです。
今度、作り方を教えてくださいませ」
そう言って、俺の口元にそのリンゴの一切れを差し出す。
おお、これはあの有名な「あーん」というやつだ。
うれしくて、満面の笑みで口で受け取り、リンゴを頬張る。
「おいひい」
今年のノースターのリンゴは豊作のようで良かった。
「なんだか住民が増えましたね」
翌朝、リーアと塔に上り、町を見回している。
住民というより労働者だけどな。
「皆に助けてもらっているのだと、はっきり分かりますね」
王子が頷いているのが分かる。
『こうして町が出来るのだな』
そうだといいね。
「衣食住か」
俺が呟いた言葉にリーアが反応した。
「それは何ですの?」
「生きていく上で最低限必要なこと、だったかな」
『元の世界の言葉か?』
うん、そうだよ、王子。
「衣、というのは服の意味で、たぶん、身を守ることだと思う」
むき出しの裸のままではケガや病気の元になる。
「食、は食べることだし」
食べないと死んじゃう。
「住、は家。 まあ住むところは必要だよね」
しっかりとした家、町といった共同体があって初めて安心出来る環境が整う。
『ここが町として必要な物はまだまだ足りないな』
ああ、そうだね。
少しずつ増やしていこう。
俺はミランやハシイスたちに宛てた手紙をクロの鞄に入れる。
ピティースに鞄を返したので、普通の鞄だけどね。
「頼んだよ」
【分かった】
クロは、名残惜しそうにユキを見ていたが、そのうち思い切って駆けて行った。
砂族の皆さんには石塀と並行して、地下の家の改築も見てもらっている。
ピティースがそれについて来て、
「あ、ここ広いねえ。 工房に良さそう」
と声を掛けて来た。
倉庫前の家で、一人用寮の向かいに当たる。
普通の家にあるような仕切りの壁がなく、ずっと奥まで見渡せた。
「なるほど。 では、ピティースさんがここにいる間の仮工房にでもしましょう」
「え、いいの?」
これくらいはお詫びのつもりで優遇させてもらうよ。
一緒にいたポルーさんに、ピティースさんの好きなように部屋の間仕切りを作ってくれるように頼んだ。
「本当にいいの?。 私ひとりだけ、こんなにしてもらって」
モジモジと申し訳なさそうな顔をするので、
「じゃあ、共同工房ということで、ここにデザもぶちこみましょう」
「ふぇええ」
そんなに赤くならなくてもいいのに。
別に一緒に住む家というわけじゃないと分かると、ようやく落ち着いた。
そのうち、鍛冶用の炉や、革製品用の作業台といったものも追加しよう。
これもあれも皆お詫びということで。
『ケンジ、ピティースをここに置く気満々じゃないか』
うん。 だって、いろいろ便利だからさ。
サイモンをはじめとする子供たち三人には、なるべくリーアとユキがついている。
この場所で生き倒れていたサーラの娘は、砂漠でのことはあまり覚えてはいないらしい。
何故かサイモンの服の裾を掴んで、いつも一緒だ。
「お母さんは忙しそうだから」
俺は彼女のことは少し気になっていた。
サーラはデリークトの砂族の村で、ほとんど愛情の無い結婚をした。
そのためか、時折、自分の娘に対する態度がおかしい時がある。
おそらく表情や仕草が、夫だった男性に似ているのだろう。
「そんなことありませんでしょう、ご自分が産んだ娘なのですから」
無償で愛情を注いているはずとリーアは言う。
俺はデリークトの公爵妃の顔を思い出す。
公宮で、彼女は娘であるリーアが必死で俺を守ろうとしていたのに何もしなかった。
それが貴族というものかも知れないけど。
「彼女の中にも葛藤があるのかもしれないね」
彼女自身がそれに気づいて自分自身を責め続けている。
ミランとの結婚を前に、少し距離を置いたほうがいいなと思う。
砂族の兄妹も、将来家族四人で住めるようにと家を選んでいた。
「ご自分で改装されるのなら構いませんよ」
俺はここに住んでくれるのなら文句はない。
セカンドハウス?、別荘っていう感じでもいいのかもしれない。
日用品は持ち込んでもらう必要があるけど、寝具などの大きなものはまだ在庫がある。
「しかし、よくこれだけ物が揃えられていますね」
「すごいですよね」
ガーファンさんとは時々倉庫のチェックをしている。
復元したとはいえ、作られた時期が古いので使えないものも多少あったりする。
「でも何だか懐かしいです」
大きな布地の反物が出て来て、うれしそうに微笑むガーファンさんは、
「これを捨てて町を出るほど、切羽詰まってたんでしょうけど」
だんだんと顔が険しくなる。
「もう二度と、こんなことが無いことを祈っています」
俺は、その言葉に「大丈夫」と答えられない自分が悔しかった。