73・俺たちは受け入れの準備をする
今回もやって来たのは砂族の男性五人だった。
まだ町に慣れていないというのもあるが、女性たちはガーファンさんから渡された支度金で色々と揃え中らしい。
「例のあの男は酒ばかり飲んでますけどね」
どうやら警戒されているとも知らずに、もらった金で飲んだくれているそうだ。
同じ独身ということで同じ家に住む青年が困った顔をしている。
「俺、もう嫌ですよ」
青年の物を勝手に使ったり、持ち出したりするそうだ。
「分かった。 何とかしよう」
砂族のまとめ役であるガーファンさんが青年を慰めていた。
ガーファンさんには塔の外で、改めてテーブルや竈を作ってもらい、それを運び込んだ。
寝所用の仕切りも作って設置した。
塔の中はすでにきれいになっていて、動かせる砂が無くなったからね。
ソグが、預けた丸太からベンチのような椅子を作ってくれた。
顔に似合わずといったら失礼だけど、案外器用だったよ。
リーアとユキには地下の家に戻って休んでもらい、俺とソグはガーファンさんたちと打ち合わせに入る。
「お疲れのところ、すみません」
「いえ、大丈夫ですよ」
アラシがガーファンさんの足元に寝転がっている。
「サイモンがすごく一緒に行きたがって拗ねてしまいまして」
「あははは」
その光景が目に浮かんで笑い声が起きる。
「しかし、こう、きれいになってしまうと、私たちの仕事がないような気がしますが」
「いえいえ、とんでもない。 まだまだこれからですよ」
俺はメモ書きを取り出す。
「まず、砂漠とこの町の境界を作りたいんですよ」
おそらく、以前の町でもどこかに外周の柵か石垣はあったと思う。
「それを探してもらい、出来れば少し高めの石垣が欲しいです」
この塔を含むのかどうかは発掘次第だ。
「ソグが周りを警戒してくれますし、砂狐がいれば砂嵐を察知してくれますので」
安心して発掘調査に専念して欲しい。
「もう一つが、皆さんの家です」
「はい?」
俺は地下の部屋のカギを見せる。
「地下の町には約二十五軒の家があります。
皆さんはサーヴの町に住んでもいいし、ここに住んでも構いません」
食料、その他は定期的に砂狐に運ばせるようにしたいと思っている。
緊急の場合は俺が移転魔法陣で飛べばいいしね。
「それで、その家を改装したいんですよね」
地下の家は大きさがバラバラだったり、色々な部屋があったりと、好き嫌いが別れそうだ。
「気に入って住んでくれる者がいるなら、その方に合わせて作り直したいんです」
大工のおにいちゃんに出張してもらうか、誰か他に紹介してもらえればな。
あー、でもあんまりサーヴの町の人に知られても困るのか。
「地下の家は砂壁ですよね?。 それなら我々だけでも出来ると思いますよ」
「ああ、そうか」
家のことは大工だと思ってたけど、この世界じゃ違うんだな。
木造なら大工だが、ここなら砂族だけでやれる。
「よろしくお願いします」
ニコリと笑って握手を交わす。
残りはまた後日にしよう。
これからまた三日間、彼らは砂漠の町にいる。
その間にどこまで出来るか。
「とりあえず、町の周囲の境目を探して、目印を打ち込んでいきましょう」
ガーファンさんが指揮してくれて、仕事が進む。
ソグとアラシが彼らの周囲で警戒、俺とリーアとユキで食事や休憩の世話をする。
その合間に俺たちは自分の家の改築も進めていた。
「うっわ、いいなあ、ここ」
外の暑さから逃れて来た砂族の青年が、俺を探していたようで家のほうに来た。
「ふふ、砂漠の真ん中とは思えない涼しさですよね」
リーアが微笑んで彼を家に入れる。
地下の家はすべて土壁に囲まれている。
入り口は魔力カギで開く扉。
玄関と居間が兼用で、そこから他の部屋へ行く。
台所、シャワー室と兼用の洗面所とお手洗い。
「水はどこへ流れるんです?」
さすが王都育ちの青年。
魔道具は見慣れているようだ。
「ここの地下には何本かの地下水脈が流れています」
ここは海が近い。
お手洗いには、使用した時だけ反応して処理する魔法陣を設置。
「排水用と決めた水脈に落とし込んでいるんです」
海の出る前のところで、将来的には処理場みたいのを作ろうかなと。
公衆浴場の地下に作った貯水槽みたいなもので、一度に処理できるといいな。
まあ、今のところは人数も少ないからそこまではいらないんだけどね。
「それで匂いとかしないのかー」
匂いか。
下水の匂いが気になるということは、この青年は王都でも下町に近い場所にいたのかな。
「皆さんの寝床も考えたので、見てもらえますか」
リーアとユキには休憩に戻って来る人たちの世話を頼んで、俺は青年を連れて、通路を倉庫のほうへと歩く。
「ここなんですが」
倉庫の前の一軒の家を開ける。
普通の家とは違う、細長い感じの造りだ。
「広い廊下のような場所が共有の居間で、片方の壁に数個の扉がありますね」
普通の一軒家は部屋同士は扉の無い出入り口が切られているだけだ。
俺はその扉を開ける。
「一つ一つが同じ造りで、一人用の部屋になっているんです」
元の世界のワンルームってやつだ。
俺は住んだことはないけど、憧れだったんだよね。
家具は無いが、壁に棚を作り、荷物を乗せたり吊るしたり出来る。
少し狭いがお手洗いと洗面所も設置したいと思っている。
「出来れば寝床用の台をお願い出来ないかなと」
ベッドを置きたいけど、まず型がいる。
「ああ、形を砂で作ればいいんですね」
「ええ、寝具は予備があるので、それを乗せられる枠が欲しいんです」
俺は倉庫から持ち出した寝具を見せる。
「これを乗せたいんですが」
「うん、分かった。 これを皆に見せて、人数分作ればいいんだね」
「ええ、お願い出来ますか?」
「もっちろん」
ベッドマットのようなものを抱えた彼は、皆のところへ走って行った。
夜までには人数分が揃い、部屋に設置した。
「しかし、寝具まであるとは思いませんでした」
ガーファンさんと在庫のメモを見ながら倉庫を歩く。
リーアが調べてくれて、しっかりと見やすくまとめて書かれていた。
しっかりと魔力結界で守られていた倉庫。
何年放置されていたのか分からないが、王子の魔法陣のお陰で保存していたものも新品同様だ。
「おそらくですが、持ち出し出来なかった大きな物が残っているのではないかと思います」
「ああ、なるほど」
敷き布団になるマットや、重い農機具などが残っている。
逆に食料品や、衣料品など、軽くて持ち出しし易いものが無い。
「しかし助かりました。 もう硬い床で寝なくて済みます」
「すみません。
本当は昨夜でもよかったんですが、すぐに全員分を揃えるのは難しくて」
彼らが到着したのが夕方だったので、疲れている彼らに作ってもらうのはちょっと気が引けた。
「いえいえ、十分です。 お気遣いありがとうございます」
ガーファンさんの笑顔に俺はホッとした。
砂族の一行は食料品などの日用品を三日分だけしか持って来ていない。
五人もの荷物だ。
いくら魔法収納鞄でもガーファンさんに渡した物にはその程度が限度だった。
砂族の一行が帰り支度を始めると、
「あ、俺、残りたいです」
と一番若い砂族の青年が手を上げた。
ガーファンさんたち、他の砂族の男性は家庭があるが、彼は独り身だ。
「俺は構いませんよ」
砂漠の臨時の町の住民がひとり増えた。