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70・俺たちは過去を語る


 俺はリーアに今までのことを簡単に話すことにした。


仕方なくっていう言葉は使いたくない。


「これから一緒に生活するってことは、反対派に狙われるのも俺一人じゃなくなる」


『ああ』


俺はリーアを守りたいし、彼女を巻き込む以上、説明しておいたほうがいいと思う。


 王子も分かってくれたみたいだ。


まずは子供の頃の王子の話から。


『む、何でだ』


恥ずかしがらなくていいよ、王子。


いきなり俺の話より、この世界の王子の話のほうが分かり易いと思う。


『では、私が彼女に話したい。 ケンジは価値観がどうも違うからな』


へへっ、すみませんね。


でも王子の言う通りだな。


俺はどうもまだこの世界の常識に疎い。


「ごめん、王子が話したがっているから交代するね」


俺は肩の鳥をテーブルに下ろした。


「あ、はい」


リーアは姿勢を正す。




 俺たちは今、アブシース王国とデリークト公国との境である砂漠にいる。


昔はもっと巨大な砂漠だったみたいだけど、今はそうでもない。


大人の足で歩いて、幅が五日ほど、海岸から山際まで六日くらい?。


個人の足の速さとか季節とかも関係してくるから断定はできないけどね。


とりあえず、過酷な土地であることに代わりはない。


 その細長い長方形のような砂漠の、海岸寄りに水場オアシスがあった。


小さな泉だったそれを、俺と王子が何度も通って徐々に大きくしていったので、今では湖になっている。


そこで俺たちは砂族の遺跡と神殿跡を見つけた。


 神殿跡といっても三階くらいの高い塔だ。


階段は崩れ落ち、壁も所々穴が開いている。


屋根はかろうじてあるけれど、石板が敷かれた床には掃いても掃いても砂が溜まる。


 そんな場所に俺はリーアと二人、いや、ユキもいるか。


砂狐であるユキは砂など気にしないので、俺の足元に寝転がっていた。




 お茶を用意して、お菓子を鞄から出す。


コホンと一つ咳をして、王子が話し始める。


「リーア、いやフェリア姫。 私はケイネスティです。


普段はケンジが表に出ていることが多いから、直接あなたとはあまりお話はしていませんが」


王子は引きこもりだからな。


『うるさいよ』




 王子は子供の頃、王宮で、ただ大人たちの言いなりになって過ごしていた。


母親もおらず、父親も忙しくてなかなか会えない。


唯一の味方が宮廷魔術師のマリリエンだ。


「今思うとマリリエンおばさんは、あの頃、よく周りとケンカしていたな」


それがどういう内容だったかは、幼かった王子には知ることは出来なかった。


ただマリリエンが自分を必死に守ろうとしていることは分かる。


時々王子を抱き締めては、涙をこぼしていたからだ。


 しかし、自分の味方だった魔術師マリリエンは、ある日ぷっつりと姿を消してしまう。


「それから私はもうどうでもよくなったんだ」


見放されたと感じた。


もし、マリリエンが本人の意志ではなく、誰かのせいで姿を見せなくなったのだとしても、自分には何も出来ない。


「すべてを諦めて、死ぬのを待つだけだった」


リーアの顔が悲しみに歪む。


「だけど、十歳のある日、私の中に誰かが入ってきた」


気が付くと、黒い髪の青年がそこにいた。


自分の心の中に。




「怖いとは思わなかった。 ただ不思議で」


魔術師マリリエンによって送り込まれた異世界の魂だと聞いても、驚かなかった。


「そんな者が、今更この王宮で何が出来るんだ、ってね。


私はもう、死んでしまったほうがいいと思い込んでいたから」


 彼の好きなようにと、自由にさせた。


異世界から来たというのは本当だったようで、まるで常識を知らない奴だった。


「最初は状況の把握からだったしね」


王子は声が出ない。


それまではあまりしゃべる必要もなく、首を縦や横に振る程度で済んでいた。


たまに必要があれば筆談になる。


「ケンジは言葉や文字が分からないから、そこは支援した」


リーアは彼らの苦労を想像して、悲し気にコクンと頷く。


 その日からケンジは文字を大量に書いた。


相手に分かり易いように大きめの紙に、挨拶や、返事なんかを予め書いておいて、すぐに取り出して見せる。


その素早さに周りの大人たちが驚いた。


彼が一番多く書いた文字は「ありがとう」だったと王子は思い出す。




「ケンジは大きな争いも、飢えもない国から来たらしい」


そして王子が一番驚いたのは「魔法が無い」という事だった。


わたくしには想像も出来ません」


リーアが目をぱちくりと瞬き、その反応に王子も頷く。


「たぶん、ケンジの常識との一番大きな差がそこなんだと思う」


ここは誰でも最低限の魔法が使える。


それが無いとすれば、どうやって生活をするのだろうか。


「それでもケンジの世界には、ここの魔法とは違うモノがあったようだ」


「そうなのですか。 それはいったい何ですか?」


食いつき気味のリーアに、王子もタジタジになる。


「えーっと、私には詳しいことは分からないが、その知識をこの世界に取り入れられたらと思っている」


それこそが、王子が俺を好きにさせている理由だろう。


王子はいつでもこの国の民のことを考えているからね。




「そろそろ代わってもいい?」


俺はちょっと恥ずかしくなってきて、王子に交代を申し出た。


『分かった』


王子はリーアにその旨を告げて、俺と入れ替わる。


「はあ、リーア、ごめん。 訳わかんないよね」


「あ、いえ」


いきなり態度が砕けて、リーアが戸惑う。




 俺のことを話す、と言っても、俺は元の世界の技術のことをそんなに詳しい訳じゃない。


「魔術の代わりが科学だっていうのは何となく分かるんだけど」


俺は、ずっと病院暮らしで、そのまま社会に出ることもなかった。


だから俺の知識なんて、TVとか本とか、あとは家族との些細な想い出しかない。


「たぶん俺は、王子やリーアが思ってるほど賢くないからさ」


そんなものうまく説明出来ないよ。


期待を込めてじっとこっちを見る彼女と視線を合わせられずに、俺は顔を背ける。


「でも、俺はこの世界の子供たちに少しでも健康で、長生きしてもらいたいと思ってる」


王子も、リーアも、砂狐たちも含めてね。


「そのために何か出来ることを、王子とふたりで探してきたんだ」


自分が生きていた世界とは違うこの世界で。




「今、リーアに一つだけ言わなきゃいけないことがある」


俺は、すっかり冷めたお茶を飲む。


まあ、ここは暑いから熱くないほうがありがたいんだけど。


「ま、俺のことはいいんだ」


俺はちょっと照れながらリーアの顔をもう一度、真っすぐに見る。


「はい」


リーアもお茶のカップを置いた。


「俺は、というか、王子はずっと反対派貴族たちから疎まれてきた」


リーアに見てもらったように、この国は女神様が国王を決める。


どんなに王子が王位継承を否定しても、女神様に「なれ」と言われたら断ることが出来ない。


誰も反対出来ないのだ。


 その前に、と王都の貴族たちは動き出すだろう。


「俺たちがサーヴにいることが分かれば、あいつらはもっと直接的な手段に出てくる」


今はまだ本物の王子かどうかを探っている状態かな。


俺は見た目が金髪じゃなくて黒髪になってるからね。


「もし王子がここにいることが分かれば」


女神様を降ろすことが出来ると知れたら。


「俺はリーアを、王子はこの町の住民を、守りたいと思っている」


「わ、わたくしも、ネスと共に戦います」


あ、いや、そこまでしなくていいんだけど?。



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