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6・俺たちは呪術師と交渉する


 小さな村だった。


丘の上に丸く開けた広場があり、その周辺に建物が密集している。


大きな神殿の他には目立った建物もなく、粗末な家が十軒ほど見えるだけだ。


サーヴの旧地区とほぼ変わらない。


家は、木の上にあった森の中のエルフの村と違って、ここはきちんと地面に建っている。


 丘の上にあるため、例の洪水には無縁らしい。


「あなたの村もこういう高台に住めばいいのではないですか?」


同行した白髭のエルフに訊いてみた。


「先祖代々の土地を離れるのを嫌がる者が多いのだ。


それに、村ではすでに太い木の上に家を作るなど、洪水の被害を最小限にするような仕組みが出来上がっている」


安全よりも伝統をとる。


エルフとは本当に古臭い生き物らしい。




 その呪術師一族の村には若者が多かった。


いや、俺がそう思ったわけじゃない。


エルフの年齢は見かけじゃ分からないからね。


 巫女の話では、いつの間にかエルフの村を抜けようとした罪人をこの村に連れて来るようになったというのである。


村を出ようとする気概のある者は若者が多い。


だからこの村には活動的な若者が多いのだという話だった。


お爺さんは困った顔をしているが、他の村の者たちは彼らがこの村で普通に生きていることを知っている。


誰もが知っていて、見て見ない振りをしているという。


「私の村では呪術で操られているなどと言われているがな」


そのおかげで、親兄弟がいても元の村に戻ることは出来ないそうだ。


まったく、なんて不自由な生き方をしているんだろう。


 俺が呆れている間に、縛られて連れて来られた若い罪人のエルフが解放された。


「ほ、ほんとうに良いのですか?」


彼は戸惑い、きっと何かもっと恐ろしいことが起こるのだと怯えている。


「出て行きたければ出て行けば良い。


一人で生きていけるのならそれも神の意志じゃ」


巫女の台詞はいつも同じなのだろうと思う。


森の中には魔獣がうろついている。


ここから出るためにも強くなるために修行をしている若者が多いのだ。




 巫女の女性が、俺とお爺さんエルフを客用の小屋へ案内してくれた。


「自由に使ってくれ」


よく手入れされている小屋だ。


客用の小屋がある辺り、やはりこの村は呪術師の村として他のエルフの村と交流があるんだろう。


 罪人として連れて来られた者は皆、黒い服を着せられていた。


呪術師の弟子として一目で分かるようになっている。


「いや、弟子といっても呪術を学んでる訳ではないよ」


そんな黒服の一人が教えてくれた。


彼らは森で生きていくために戦闘術はもちろん、罠や狩り、採集、料理といったことを学んでいるそうだ。


「え、それって普通に親から教わることじゃないんですか?」


普通は大人から子供へと受け継がれることじゃなかろうか。うちの王子は別だけど。


 だが、あの森の中のエルフはそんなことは教えないらしい。


「村から出ることを恐れるあまり、村の外で生活するすべを教えなくなったのだ」


エルフのお爺さんの言葉に俺は本当に呆れるしかなかった。


あのエルフの村では、子供たちは檻の中にいるのと同じだ。


『出て行きたくなるのは当たり前だ』


王子も不機嫌そうである。


「そりゃ住民の数も減るよな」


俺のつぶやきに黒服の若者たちは苦笑する。




 俺は昼間はずっとフードをかぶり、口元をバンダナで覆っていた。


夜になってようやくローブを脱ぎ、赤いバンダナを黄色い鳥に変えて肩に乗せる。


白い肌に金髪緑眼のエルフに近い姿で一族の前に現れると、彼らは興味深そうに近寄ってきた。


「そっちの話も聞かせてくれよ」


夕食の時間になり、俺を囲んで黒服のエルフたちが集まる。


木で作られた大きなテーブルに、丸太の椅子。


この村では家族単位ではなく、村全体で神殿の前にある広場で食事を摂る。


俺はサーヴの町で教会横で子供たちと一緒に食事を作っていた頃を思い出す。


最近じゃ皆バラバラで、俺が手伝うこともなくなってしまったけど。




「この森の向こうに何があるか、知っていますか?」


俺の言葉にエルフの若者たちは首を横に振る。


皆、せいぜい森の中しか知らない。


俺は西を指差し、森の向こうの砂漠や、その向こうにある港町。


そして遥か北にある雪国の話をする。


「へえ、本当にそんな場所があるのか」


「一度でいいから行ってみたい」


黒服たちだけじゃなく、呪術の一族の者たちまで話の輪に加わっていた。


ここは好奇心旺盛なエルフが多いな。




 巫女の孫娘に会った話もした。


人族に騙され、奴隷にされそうになったが、呪術のお陰で彼女は救われた。


その話には呪術を学んでいるという黒服たちもうれしそうな顔をする。


「誰かの役に立つなら学ぶ甲斐もあるというものだ」


エルフ族の中で呪術が嫌われていることは、皆、知っている。


 呪術の話になると俺は王子と交代した。


呪術師の巫女が王子の姿を改めてじっと見る。


「声は、その、呪詛の影響か?」


「そのようです」


肩の鳥が返答する。


森の中の村でも見ていたはずだが、あそこでは見張られていたのでじっくりと観察出来なかったそうだ。


「かなり特殊な術だな。 今、この村でこの呪詛を使える者はおらんだろう」


王子は、元は自分の母親に対する『死産』という呪詛だったと話す。


「そのことわりを無理に捻じ曲げて出産したということか。


お前の母親も、手伝ったという魔術師も恐ろしいほどの魔力の持ち主だな」


だけど、二人とももうこの世界にはいない。




「この呪いを解いてもらうためだけに来たのではありません。


私はエルフの呪術というものがどんなものかが知りたいのです」


解呪するにもまず呪術自体を学ばなければならない。


 呪いといえば恐ろしいと思いがちだ。 だから他の村の民から嫌われていた。


「だけど、私は使い方次第だと思います」


実際に、鉱山を理不尽な貴族たちから遠ざけ、巫女の呪詛は彼女の孫娘を守った。


「術者の魔力を糧とするか、他のモノを魔力代わりにするか、だけの違いだと思います」


 森の中の村で、王子は巫女が呪術を行う場面を目にしている。


「呪術は魔術の一つであることは間違いありません」


王子がエルフの呪術師たちの前で、呪術は魔術の一種だと言い切った。


「魔術であるなら、それを恐れることはないと思いませんか」


いつも自分たちが使っている魔術とは違うと思い込んでいるから、恐れるんじゃないだろうか。


得体が知れないものは誰だって怖い。


黒服たちは顔を見合わせる。




 それは少なくとも呪術師として生きて来た巫女の女性にとっては衝撃だったんだろう。


彼女の顔色がかなり悪く見えた。


 客用の小屋に戻り、寝る用意をしていると、巫女のエルフが静かに入って来た。


「先の話は真か?」


俺は大きく頷く。


「あなたの呪術を見せていただきましたが、きちんとした魔法陣が見えました」


女性は驚きの表情をしている。


「魔法陣だと?」


「ええ」


普通、言葉を発して魔法を発動する魔術師は魔法陣を意識していないことが多い。


声を出せない王子だからこそ、その魔法陣を目で見て、描いて、研究してきた。


「今夜はもう遅い。 明日、私にその魔法陣を教えてもらえないだろうか」


女性呪術師の言葉に王子は頷く。


「はい。 私に呪術を教えてくださるなら、ご協力いたします」




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