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64・俺たちは斡旋所を考える


 まずは斡旋所の話を片付けたい。


俺はトニオさんのいる自警団の詰め所へ向かう。


 この噴水広場の海側の出入り口、網元の家の裏手に小路がある。


網元は店と作業場、そして自宅と従業員用の寮とかなり広い敷地を持っている。


広場側は石塀になっていて、それが途切れると小路がある。


 その小路の奥は、以前は宿屋を兼業していたが、今は酒場になっている老夫婦の店。


トニオさんの家はその小路の角にある二階屋で、下がテーブルと椅子しかない詰め所、上が自宅だ。


彼は元は国境警備の兵士で、峠の見張り台で隊長をしていたが、色々あって辞めている。


今は息子のトニーと二人、この町で暮らしていた。


 元兵士ということで、その腕を買われ、今はサーヴの町の自警団の代表だ。


トニオさんは、今まで仕事がなくてフラフラしていた若者や、食べていく腕のない猟師などに声をかけた。


彼らも顔を出すだけでも手当が出るのでしぶしぶながらやって来る。


そうやって出来た自警団は町の見回りや、揉め事の処理、簡単な住民の手伝いも任務のうちだ。


トニオ親子はミランが雇っているので、給与はちゃんとミランから出ていた。


 いつもユキに求愛している砂狐のクロも、普段はだいたいここにいる。


どうやら今はトニーと一緒に見回りに出ているようだ。




「おや、ネスの旦那。 どうしたい」


いや、その呼び方は止めて欲しいんだけど。


そんな年齢じゃないと思うし、王子に悪い。


「失礼いたします」


リーアが軽く礼を取ると、トニオさんが目を見張る。


「ほお、奥様もご一緒ですか」


うん、ごめん。 リーアだけじゃなくて、ユキもいるんだけどね。


 中に入ると、昼間はほとんど人がいない。


休日や夜は「盤上の戦略」という、元の世界でいうチェスのような遊びがあって、それをやる男性たちのたまり場になっている。


トニオさんは危なげない手つきでお茶をいれてくれた。


大柄で武骨な男性だが、気配りが出来る人なので人望があるんだよね。


「実はちょっとお訊きしたいことがありまして」


「ん?、なんだね」


俺は肩の鳥といっしょに部屋の中を見回す。


 リーアとユキは俺の邪魔をしないようにと、少し離れたテーブルに座ってお茶をもらっていた。


俺はのんびりとズルズルとお茶を啜る。


「ここを仕事斡旋所にしちゃダメですかね」


お茶を飲んでいたトニオさんが噴き出した。


「おい、そりゃあ、ミランの旦那には訊いたのか?」


「いえ、まだです」


だって、ロシェが怖いんだもん。




「おい、ミラン。 こいつを何とかしてくれ」


俺は地主屋敷までトニオさんに引きずられて来た。


ロイドさん、ちょ、目を逸らさないで。


ユキもリーアも、なんでおとなしくついて来るのかな。


文句の一つも言ってやって。


 トニオさんの乱入に、ミランの仕事部屋は慌ただしくなる。


「はあ、今日はいったいなんだ」


昨日も祭りのこととか、色々持ち込んじゃいましたもんね。


「すみません。 お忙しいでしょうから、また後日に」


俺はチャラ男を真似してヘラヘラしてみた。


「ネスの旦那。 仕事斡旋所の件はそう簡単に片づけられることなのか?」


トニオさんが俺の肩を掴んで、ミランの前に座らせながら聞いてくる。


「えーっと、おそらく引き継ぎに一年以上はかかるかと」


俺たちの会話を不穏に感じて、ミランが書類から顔を上げる。


「あ?、何の話だ」


ああ、ミランの横に座っているロシェの視線が冷たい。


それに気づいていないのか、トニオさんが俺の横にどっかりと腰を下ろした。


「こいつが俺んとこに来て、うちの一階を斡旋所にしたいと言い出したんだ」


サーラさんがお茶を運んできて、ロシェが諦めたように大きくため息を吐く。


部屋の隅ではリーアとユキがサーラの娘と遊び始めた。




 俺は経緯を説明した。


「ああ、あの娘に赤子が出来たっていう話は聞いた」


おかげで大工の青年がはりきって仕事をしているらしい。


「食堂の手伝いだけでも大変でしょうし、大切なひとり娘ですからねえ」


ロイドさんもウンウンと頷きながら納得してくれる。


「斡旋所のサーヴ出張所を辞めるとなると、ウザスまでわざわざ行くのは面倒だな」


ミランが困った顔をする。


俺がこの町に来た頃は依頼も少なかったので、食堂との兼任でもやれた。


だが、今は鉱山で住民も増え、そうなると仕事も増える。


「親父さんも食堂との兼業は難しくなったのではないですか」


娘の代わりに誰かを雇うのではなく、斡旋所の仕事自体を辞めたいというのだ。


「うーん」


ミランは腕を組んで考え込んだ。




「状況は分かった。 だけどな、ネス。


そりゃ、仕事斡旋所が考えることで、俺たちが口出しすることじゃねえと思うんだが」


ミランはチラチラと俺とロシェの顔を見比べる。


ロシェが見張ってるから仕事の手を止めるわけにはいかない。


 俺は一年以上、国中を旅して気づいた。


アブシースの国は、町の規模によっては斡旋所が無いところもある。


「仕事斡旋所はおおやけの機関じゃなくて、確か一つの商会だったはずです」


ロシェが口を挟んで来た。


早く終わらせろと言いたいらしい。


 国が出資しているので、儲けが少なくても商会は安泰らしい。


それでも利益がなければ意味がないので、小さな村や仕事の少ない町では斡旋所自体が無い。


本当はサーヴ出張所があることのほうが珍しいのだ。


「確かにそうですが、サーヴは元々ウザス領斡旋所の出張所でしょ?」


つまり、ウザスの斡旋所が支店で、サーヴはそれより小さな出張所。


だけど、今の仕事量だと支店に格上げも出来るんじゃないかと思う。




 サーヴは国境に近いこともあり、国としても重要な拠点の一つ。


「大元の商会に申請を出せば、通るんじゃないかと思うわけです」


「それには準備が必要だと」


俺はロイドさんの言葉に頷く。


「ウザスはたぶん動かないと思うんですよね」


あのハゲ頭の領主は、サーヴには色々と思うところがある。


「あー」とミランも諦めたように顔を伏せた。


「だから完璧な準備をして、あとは許可だけっていう感じにしようかなと」


ミランの手が完全に止まってしまう。


「それ、誰がやるんだ」


う、目がマジだ。


「俺がやりまっすー」


ミランとロシェの視線がやわらいで、俺はホッと息を吐いた。




 トニオさんたちに開放されて、地主屋敷を出る。


「少し散歩でもしましょうか」


「はい」


自然に手をつなぎ、海岸通りを抜けて、山方面へ向かって歩く。


町自体がそんなに大きくはない。


 新地区の教会の側を通ると、パルシーさんの従者二人組がいて、軽く挨拶をする。


少し言葉を交わし、パルシーさんには見つからないように峠に向かった。


坂道を上ると、ウザスとの境にある峠の見張り台が見えてくる。


海の警備の拠点なので、遠くまできれいに見渡せた。


「きれいですね」


潮風で髪が揺れる。


「俺が来た頃は、まだ畑も牧場もありませんでしたけどね」


今は峠まで魔法柵が伸び、魔鳥やヤギもどきの放牧が盛んに行われている。


見張り台の宿舎の側にチーズなどの乳製品の加工場が出来た。


小鬼や賊除けのため、兵舎の側なのだ。


しばらくの間、二人でその景色を眺めていた。


俺はその間にこっそりとユキに頼んで、ハシイスに手紙を届けてもらう。


「帰りましょうか」


再びリーアと手をつないで歩き出した。


もう用事は終わったので。



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