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60・俺たちは再び、告白する


 そして、ダークエルフは、やんわりと自分の懐から砂族の本を取り出す。


俺が先日預けた呪詛のかかった本だった。


でももう普通の本らしく、魔力は感じなくなっている。


まず、それを俺に返してくれた。


「俺はこの本を解呪したことで、もうこの世界に未練がなくなってな」


何を言い出すのかと、俺はダークエルフの顔を見る。


「はあ」


「まあ、あのダークエルフのお嬢ちゃんが未練といえば未練だが」


何故かダークエルフの兄貴は良い笑顔で笑う。


そして、手のひらに乗るくらいの珠を俺に差し出した。


「これをあの娘に届けてくれ」


俺はますます首を傾げる。


この珠には間違いなく彼の魔力が込められていた。


それも大量に。


「これは俺だ。 俺が生きたすべてをこの珠に込めた」


世界に一つしかないモノ。


「あの娘は、これがあれば俺に会えなくなっても、もう泣くことはない」


俺はダークエルフの最後の生き残りのメミシャさんを思い出す。


この狭間でご先祖様に会えて、まるで子供の様に泣いていた。


「おぬし……」


マリリエンがふらふらとダークエルフに近づいて、手を取った。


「まさか、消える気か」




「えっ」


俺と王子も驚いて、ダークエルフの身体を見る。


すでにその珠に移したせいか、ほぼ自身の魔力を失っていた。


「いや、待ってください。 本当に?」


俺は彼に思いっきり顔を近づけた。


「お前のお陰でな。


どうやったらこの身体がここから出ることが出来るのかを考えたんだ」


この狭間に来たのは、ダークエルフの魔力と心残りが強すぎたせいだ。


「極力、魔力をそぎ落とせば、俺はここから出て自由になれる」


「かも知れない、けど、違うかも知れないじゃないですか」


俺は思わずダークエルフの身体を掴んで揺さぶっていた。


「ケンジ、お前には、ケイネスティ王子という器がある。 大切にしろよ」


ダークエルフは俺の肩を叩いて、身体を引き剥がす。


 そして、小さな子供のような背丈のマリリエンの前にひざまずいた。


「世話になった。 貴女様には申し訳ないこともたくさんしたが、許されよ」


「そうかい、逝くのかい」


頷いたマリリエンさんは、俺にその珠を渡すようにと、手を差し出した。


俺はそっとそれを渡す。


そして、マリリエンさんはそれを持った腕をダークエルフに向け、何かを唱えた。


赤い。


俺が王子のいる世界へ飛ばされた時の、あの真っ赤な魔法陣が浮かび上がる。


そして、魔法陣の中のダークエルフの姿が消えた。




 俺は知らずに涙をこぼしていた。


「お婆さん、彼はどこへ行ったの?」


「さてね。 うまくいけば、この珠の中におるはずじゃが」


それはうまくいかなかったら、魂の消滅を意味するんじゃ。


涙でぐしゃぐしゃになっている俺の横から、王子がその珠を見ている。


「なるほど、器か」


そう言って、王子は魔導書を手に持ち、マリリエンさんを見た。


「今の魔法陣でいいんですね?」


「ほお、一目で分かったのかい?」


俺はただ何も分からずに泣いている。


「お、おうじ、どうなったんだ?、なあ」


「ケンジ殿」


小さな魔術師のお婆さんが俺の足を突いた。


俺はそれに答えるようにしゃがみ込む。


「あの赤い魔法陣で、わたしゃ、お前さんを王子の身体に移した」


俺はウンウンと頷く。


「それをもう一度、やるのじゃ」


王子が魔力の杖を取り出し、ツヤツヤの床に魔法陣を描く。




 王子はインクの代わりに自身の魔力で線を描いていた。


「さすが、魔術の天才じゃな」

 

お婆さんが満足そうに微笑む。


王子が描いた、黄金色の魔法陣の真ん中で。


「王子、待って。 もし失敗したら!」


「ケンジ、彼女の身体はもうこの世にはない。


君と同じなんだ。 もう死んでるんだよ」


王子がわざと冷たい声を出しているのが分かる。


「『邪神』がいなくなった今、彼女はまた一人でこの空間を漂うしかない」


「それは、俺たちがまた来ればいいだろう。


寂しくなんかないよ、いつでも来るからさあああ」


うわあああああああああああ。


訳も分からず、俺は何故か大声をだしていた。


 王子が発動した魔法陣がキラキラと輝きを増す。


その光がマリリエンさんごと、魔導書に吸い込まれる。


王子は、泣き叫ぶ俺と、ただ唖然としているリーアを抱えた。


視界が暗転する。




 気が付くと、サーヴの自分の部屋にいた。


ベッドに横たわる俺を、リーアが心配そうに覗き込んでいる。


「リーア?」


ニコリと微笑んだ彼女の頬には、涙の跡が残っていた。


すでに陽は高く、昼過ぎくらいみたいだ。


「ケンジ、良かった」


彼女は愛おしそうに俺の手を両手できつく握る。


 そして、手を離すと俺の枕元に置いてあった本を手に取った。


「これ、見ていてくださいね」


彼女は満面の笑みで、その本を開く。


 魔導書は、魔力が少ない者、魔術を使えない者を導くための書物である。


「まったく!、泣き過ぎじゃよ、ケンジ殿は」


俺はガバっと身体を起こす。


「あ、あ」


とんがり帽子に小さな杖を手に、衣装はあの本の魔術師の衣装だったけれど、身体はすっかりお婆さんだ。


「あは、マリリエンさん。 またちっちゃくなって」


小さなお婆さんが、さらに小さくなっていた。


俺は、今度は笑いが止まらなくなってしまう。


「あは、あははははは」


安心したら、何だかおかしくなってきたんだよ。


俺は「またね」とお婆さんに言って、そっと本を閉じた。




 やはり、もう一度リーアと話さなければいけない。


「ごめんね、リーア。 みっともないとこ、見られちゃったね」


俺は目の前で、例え生きていない者だろうと、消えてしまうことに耐えられなかった。


自分が死んで、家族を悲しませてしまったせいかな。


「いいえ、みっともないのはわたくしのほうです。


自分の知っていることがすべてだと思い込んで、ケンジ様の話を信じようとしませんでした」


人として恥ずかしい事だと、彼女は俺に謝る。


 どうやら、狭間から出た途端、俺は気が高ぶりすぎて倒れたみたいだ。


神殿からの帰り、王子がリーアに事情を話したらしい。


「ユキちゃんが言ってたことを、やっと理解しました」


その目で世界の狭間を見た。


狭間で二人に分かれた俺たちの姿を。


そして、マリリエンお婆さんの話も聞いて、俺が異世界で亡くなった、魂だけの存在なのだと知る。


「あなたを否定してしまって、申し訳ありません」


リーアが深く礼を取った。



 俺は、ベッドから降りて座り、彼女を隣に座らせる。


「俺、本当は姫に嫌われるのが怖かったんだ」


だって、王子の身体に入っていても、俺は庶民だしね。


いつかボロが出る。


だから、病気だと思われていたほうが、都合が良いと思っていた。


「あの、どうして、わたくしを?」


リーアがそっと俺の顔を窺っている。


「君を見た時、俺は元の世界の家族を思い出した。


懐かしくて、うれしくて、それが最初の印象だったんだよ」


 この世界の人たちの黒髪は、元からゆるくウェーブがかかっていたり、髪の毛がフワフワしていたり。


その中で、初めて見た豊かで真っすぐな美しい黒髪のフェリア姫。


「だけど、そのうち、君の魔力がすごくきれいで、それが君の魂の色だと気づいた」


痣なんて気にせずに笑って欲しかった。


たぶん、俺の手には届かない人だと分かっていても。


「幸せになって欲しいと、心から思ったんだ」


リーアはただ静かに聞いていた。



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