58・俺たちは新しい仲間になる
「お帰りなさいませ」
笑顔で迎えてくれる人がいる。
俺は満足だ、うん。
午前中は隣のシアさんとこへ手伝いに行ったそうだ。
「シアさんとキーンさんのお店はうまくいきそうですか?」
リーアは笑って頷いてくれた。
「女性たちだけでお話した時に、色々宣伝をさせていただきましたので」
なるほどね。
「これからも定期的にやろうというお話になりまして」
少し顔を赤くしてリーアが俯いた。
ん?、何か良からぬことでもあるんでしょうかね。
まあ、女性たちのことには口を挟みたくないので、俺はただ、「いいんじゃないですか」と微笑んだ。
食後のお茶を飲んでいたら、ガーファンさんが顔を出した。
「お邪魔でしたか?」
と口では言ってるが、いやらしそうな顔は笑顔だ。
この世界でも新婚さんというのはいじって遊ぶためのものなのかな。
「そんな心配は無用ですよ」
砂族のことは大事な将来を決める案件なんだから。
さっさと話を進めましょう。
「今回の参加者は三家族と、独身が二人ですね」
お年寄りを含めた五人家族が一組、夫婦と子供の三人家族と四人家族がそれぞれ一組。
合計十四人である。
名前や年齢を書いた名簿を受け取る。
「仕事に関する説明はされましたか?」
「ええ、元々、砂漠の開拓という話で募集していますから」
砂漠の真ん中にある水場。
その周辺にある砂族の旧町跡の発掘調査である。
「ただ」
ガーファンさんが少し顔を曇らせた。
「何かありましたか?」
「一人だけ、少し不安な者がおります」
訊くと、どうやら純粋な砂族ではなく、王都の住民との間に産まれた男性。
独身で、年齢もすでに青年というより中年に近く、仕事がないから仕方なく来たということらしい。
「砂族の魔法が使えるのかというと、それも微妙で」
その上、砂漠の開拓にも懐疑的だという。
「王族が緑にした砂漠を今更また開拓するというのはどういうことかと」
王族に対する謀反ではないのか。
ぼんやりとではあるが、そういうことまで口にしているらしい。
「なるほどね」
俺は無表情だが、心の中では顔をしかめていた。
『おそらく、反対派だろうな』
王子がまるで他人事のように言う。
ケイネスティ王子の復権を認めないとする反対派貴族。 その手先、または協力者ということだろう。
まあ、ここまであらかさまだと、ただ操られているというよりバカなんだろうけど。
「分かり易過ぎる」
俺が呟くと、ガーファンさんは首を傾げていた。
「では、いつから始めますか?」
「とりあえず、明日にでも有志だけで向かいます」
ほお、話が早いな。
「何だか嫌な予感がするんですよね」
ガーファンさんも得体のしれない不安を感じているようだ。
「緊急の連絡用に砂狐を一匹連れて行ってください」
「はい、必ず」
おそらくアラシを連れて行ってくれるだろう。
アラシも身体が大きくなって、クロのように荷物を運ぶ荷車を使えるようになっている。
「我々も砂族の魔術で、砂漠にきちんとした拠点をと考えています」
ニコリと笑った高貴なお方は、いつの間にか頼もしくなっていた。
「よろしくお願いします」
俺は荷物用の魔法収納鞄と、資金を渡す。
その日の夕食も、隣のキーンさんとシアさん夫婦のところでいただいた。
魔法収納持ちで、移転魔法陣が使える夫婦だ。
家の中の家具や商品が揃いつつある。
俺は彼らに、この国の仕事斡旋所の仕組みを話し、
「出来れば依頼を出して、子供たちを薬草取りや調薬の助手として仕事を与えてあげて欲しい」
とお願いしてみる。
「私も優秀な弟子が欲しいと思っていました」
シアさんは子供たちの中から魔力がある者を雇いたいようだ。
デリークトでは、砂族や、亜人の弟子もいたらしい。
「ここの子供たちは日頃から基礎訓練しているのがいいね」
キーンさんの目が輝いていた。
んー、また脳筋が増えそうだな。
「おやすみなさい」
さて、隣の家から出たところで、自分の家の前の人影に気付く。
「お帰りなさいませ。 逃げたのかと思いましたよ」
もうさ、パルシーさんはそんなに俺のこと気にしなくてよくない?。
リーアが俺とパルシーさんの顔を見比べて困っている。
「あ、あの、とりあえず中に入りませんか」
リーアが「どうぞ」と案内する。
うん、そうだね。
『どんな用事か、聞いてみないと分からないだろう』
あー、王子は王都で何かあったのかも、って思ってるのかな。
だけど、絶対、王子に構いたいだけだし、この人。
俺は大きくため息を吐いて、家に入った。
リーアはしっかりとシアさんに仕込まれてるらしく、お茶の入れ方もうまくなっている。
その動きを目で追いながら、パルシーさんが頷いた。
「すっかり庶民らしくなられて。
これならデリークトの姫様だとは気づかれませんでしょうね」
ピキッと音がしそうなくらい、リーアが固まる。
「パルシーさん、そんなに煽おっても、私はしゃべりませんからね」
「えー、そうですかー」
どうみても、俺の反応を楽しんでるじゃないですかー。
ふいにオールバックの男性が、雰囲気を柔らかくする。
「安心いたしました。知り合いが皆、奥様がどんな方なのか、気にかけておりましたので」
「ごめんね、リーア。 彼はアブシース王国の宰相の息子さんなんだ」
パルシーさんは、一度椅子から立ち上がり、正式な礼を取った。
「姫様、いえ、奥様でしたね。 ご挨拶が遅れまして、パルシーと申します」
「こちらこそ、申し訳ございません。 今は、リーアとお呼びくださいませ」
リーアはフェリア姫として何度かアブシースの王宮を訪れている。
ただ、パルシーさんは地方文官だし、王都では教会に幽閉されていたりで本人に会ったことはなかった。
こんな時期に文官よりも神官を選んでこの地に赴任してきたのも、俺が結婚したと知って心配になったんだろうね。
「ええ、文官としてこの地方に配属されるのを待っていられなかったんですよ」
パルシーさんは優秀な文官で、ノースターでは領主家の執事をしていた。
俺のせいで、文官でも最下位になってしまったけど。
たとえ宰相の息子でも、転属先を選ぶことなど出来ない。
「で、神官ですか」
「ふふっ、似合うでしょう?」
そういえば、妹のアリセイラの儀式の時、用意されていたパルシーさんの礼装は神官服だった。
準備済みだったってわけだ。
そして、パルシーさんはふぅと大きく息を吐いた。
「それよりも」
パルシーさんが姿勢を正す。
「デリークトの現状を報告させてください」
彼は諜報兵であるラトキッドこと、チャラ男の友人でもある。
「私が入手した情報では、公爵閣下は一線を退くおつもりのようです」
リーアの手が強く握られる。
公爵家が国主となったのは、実をいうと、エルフ族の呪詛のおかげだった。
あの痣があるということで、その一族は国の代表と認められていたのだ。
解呪されたと同時に、国主である権限も消えたのである。
「そ、それでは、あの」
眼鏡の奥の目がやさしく彼女を見つめる。
「ご心配はいりません」
妹姫夫婦がこれからは国の親善大使としての公務を果たす。
「ご両親様は、これからは一貴族として、議会を支えていかれるそうです」
「あ、ありがとうございます」
リーアは俺が差し出した布を受け取り、俯いて涙を拭った。