48・俺たちは扱いに困る
「王子、すまん」
『ん?、なぜだ』
俺はここにきて、今まで王子に女性の扱いを教えて来なかったことに気付いた。
『女性は恐ろしいが、守るものだと教え込まれたが』
うん、間違いない
俺は、十歳だった王子といっしょに暮らし始めて、十年以上経つ。
その間、ずっと女性には気を付けろと周りからも言われ続けたんだ。
『女性は、か弱いから守るのではなく、厄介な生き物だから扱いに気を付けろ、だったな』
守るのは大切だと思う相手だけでいいんだ、たぶん。
「だけど、王子は女性なら誰にでも甘いんだよなあ」
『む、そこは騎士の礼儀としてだなー』
はいはい、まあ王族だから仕方ないんだろう。
それよりも、だ。
「あ、あの」
今、俺の家の寝室には、王子がさらって来た女性がいる。
移転魔法陣で直接この部屋に来たので、誰にも見られてはいないと思う。
『私が?』
うん。 間違いなく王子がさらってきた。
俺はちゃんとお別れをしたつもりだったし。
『む』
あの老人の態度が気に障って、売り言葉に買い言葉になったぽいけど。
ちゃんと責任とってよね。
『そ、それはやはり伴侶に、ということか』
それしかないと思うよ。
公宮での美しい衣装では、姫は横になることも出来ないだろうと、王子の服を渡す。
大丈夫。 ちゃんと<復元>で新品同様だし、匂いなんかしないからね。
だけど、フェリア姫は戸惑っている。
「ああ、やっぱりそれではご不満ですよね。 すみません」
俺が服を取り換えようとすると、彼女は首を振った。
「い、いえ。 そうではなくてー」
彼女の視線が俺のベッドに向いた。
俺の顔がボッと赤くなる。
「えーっと。 とりあえず、もう夜も遅いので姫はお休みになってください。
私は、その、まだやることがあるので」
俺はユキを呼んで、彼女に付いていてくれと頼んでみる。
【うん、いいけど】
尻尾がふわりと揺れて、不機嫌そうに俺の足をパタパタと叩いていた。
砂狐の尻尾はフワフワなのに、割と痛いんだよ。
俺は階段を下りて寝室を出る。
廊下との壁は腰までしかない一階の部屋へ入った。
殺風景な長方形の部屋のど真ん中に大きな机と数個の椅子。
部屋の隅には小さな台所と収納棚。
その横の勝手口を開ければ、お手洗いと風呂という名のシャワー室。
そして、教会横の井戸と炊事場へと繋がっている。
俺の寝室は中二階で、下は砂狐の小屋代わりになっている物置。
その扉の向かい、俺の家の裏には砂族一家が住んでいる。
家の正面は噴水広場で、右が教会、左は空き家。
広場を越えた向かい側は地主屋敷となっている。
「おおよそ、女性が住む家じゃないよなあ」
改めて見ても男の一人暮らしがせいぜいだ。
まず寝室が一つしかない。
客間なんてない。 今までも誰かが酔いつぶれても、床に転がしてたしな。
俺も王子もきれい好きなところがあるから、古いけどそこそこ補修はされている。
『いっしょに住むのか』
「それしかないだろう?」
だけど、今はそれ以上考えられなかった。
「ごめん。 今日は何度も魔力を使わせたね
王子も休んでくれ」
『分かった。 また明日考えよう』
俺は、王子が眠るのを確認し、お茶を入れて椅子に座る。
窓は遮光のカーテンで、外へ音と光が漏れないようになっていた。
夜明けまではまだ時間があるだろう。
さて、ぼんやりとお茶を飲む。
この世界のお茶は緑茶に似ていて、俺はこの香りだけでもすごく助けられた。
時間つぶしに本でも読もうと思って荷物を漁ると、魔法紙に包まれたものが出て来る。
「ああ、砂族の呪いの本か」
ガーファンさんが王都から持ってきたものだ。
砂族は、一時期、エルフ族と敵対していた。
全盛期の砂族の砂漠はかなり広かったらしいからね。
その砂漠が徐々に拡がるとしたら、そりゃあ、隣の森にも影響は出る。
当然、エルフ族は怒るよね。
その頃に作成されたのだろうと思われた。
当時、すでに「森の神=あのダークエルフ」だったのかな。
「それなら、これを解呪することも出来るんじゃないか?」
それが出来れば、今までの世代は無理としても、若い者には砂族の嫌悪はなくなる。
「神殿へ持って行ってみるか」
邪神様に訊いてみよう。
俺は杖を取り出し、一旦、外に出て移転魔法陣を発動する。
とりあえず、今はこの家にいるのがちょっと辛かったんだ。
視界が暗転し、エルフの森の高台の村に出る。
見張りのエルフの若者に気付かれないよう気配を消して、神殿に入った。
階段を無言で上り、異界の狭間への段に踏み込む。
周りが黒い部屋の中になる。
「こんばんは」
邪神と呼ばれたダークエルフの男性が居た。
「こんな時間に珍しいな」
すみませんと謝って、俺はすぐに本を取り出す。
「また懐かしいものを」
苦笑いするダークエルフに、解呪を頼んでみる。
「構わないが。 もうすでにあまり影響がないように見えるぞ」
王子が作った魔法紙で包んで、外に呪詛の影響が出ないようにしていた。
「ええ、まあ。 でも砂族の資料としては使えるんじゃないかと」
本は大事だ。 もったいない。
「解呪は構わぬ。 私がやっておく」
そういって受け取ってくれた。
「しかし、今夜は何故一人なのだ?」
王子がいないことを不審に思ったようだ。
「はあ、おそらく意識が眠っているだけですよ」
そういえば、俺も王子がいない状態って、この世界に来てから初めてじゃないかな。
あまり意識したことはないけど。
「魔術師のマリリエンさんもいませんね」
「う、うむ。 普段はあまりここにはいないのだ」
へえ、そうだったんだ。
そういえば、王子の魔力に反応して現れたんだっけ。
「お前には世話になった」
ダークエルフの男性が俺の顔を見て微笑んだ。
最初は少し怖い感じだったけど、今では気のいいお兄さんみたいだな。
そんなことを考えたら、俺は思わず、元の世界の兄を思い出した。
三歳上の姉は母親に代わって色々と面倒を見てくれたけど、姉より年上の兄はあまり接点がなかったように思う。
「あー。 でも、サッカー教えてくれたのは兄貴だったな」
いっしょにテレビを見ながらワーワー騒いでたのを覚えている。
俺が遠い目をしていたせいか、ダークエルフが困っていた。
「すみません、少し元の家族を思い出してしまって」
そうか、と短く答えたダークエルフの赤い瞳を、俺はぼんやりと見ていた。
「礼をする約束だったな」
「あ、ああ」
そういえば、王子の声を取り戻せるように調べてくれるって言ってたな。
だけど、俺はそれより聞いてみたいことがある。
「あの」
俺は迷った末に何とか声を出す。
「俺をこの場所に置いてもらうことは出来ないでしょうか」
元の世界へは戻れなくても、王子の身体から抜け出せるかも知れない。
ダークエルフは首を傾げた。
「どういうことだ」
「王子はもう一人でも生きていけます」
うまくいけば、声も取り戻せるだろう。
だから、もう俺など必要ないはずだ。
ダークエルフが難しい顔をする。
「出来るかどうかは分からぬが、下手をすればお前の魂が消滅する恐れがあるぞ」
俺はぐっと唇を噛む。
「それでも構いません」
王子のいない今でなくては言えない言葉。
「呪詛でも何でも構わない。
俺を、王子の身体から解放してください」
呪術の魔力代わりに俺の魂を捧げてもいい。
王子の身体から異物である俺を追い出してくれ。