45・俺たちは戦いを阻止する
一触即発っていうんだっけ。
港には、赤銅色の肌をした海の男と、その一行が数名、降り立っていた。
待ち受けていた軍服姿の壮年の男性は、どうみても軍の偉い人。
そして彼は一人だった。
睨みあう男たちの間に、まるで火花がバチバチ光ってそうだ。
騎士アキレーのお陰で、その二人の間には大きく空間が空いていた。
異様な黄色の光を発光する魔法陣と共に、エルフを率いる王子がそこへ出現する。
さっき来た時にちゃんと目印を打ち込んでおいたからね。
驚いた見物人たちから悲鳴や怒号が飛び交うが、アキレーさんのお陰で予め下がっていたのでそこまで混乱はないようだ。
(王子、あとは任せる)
『ほんとにケンジは……まあいい。 何とかしよう』
俺は心の中で王子を応援してるからね。
エルフの一行の出現に、睨みあっていた二組がひるんだ。
その隙に、王子はダークエルフの女性を連れて前に出る。
「取り込み中のようだが、失礼する」
身長と同じくらいの杖を片手に、深くフードを被った魔術師。
赤いバンダナで隠されている口元からの声は、意外にもはっきりと周囲に響く。
「な、なんだお前は」
南方諸島の者にしては細い身体の若い男が、大きな代表の影に隠れながらこちらを威嚇する。
いやいや、お前、腰が完全に引けてるやん。
その男を完全に無視して、王子は前に進んでいく。
「お、おお」
ミランよりも大きな男性が、メミシャさんを見てフラフラと前に出て来た。
それを見た王子はメミシャさんを自分より前に出し、彼女の心配そうな顔に頷いて見せる。
メミシャさんは思ったより港に大勢の人がいて、驚いていた。
本当に戦闘になりそうな雰囲気だったからね。
彼女は、おそらく本当の戦いというものを見たことがないんだろう。
この殺気の中心に出ることを恐れていた。
「大丈夫。 あなたにはご先祖様がついておられます」
王子が小さな声で囁くと、彼女はコクリと頷いた。
「ツーダリー。 あなた、ここまで迎えに来てくれたの?」
先ほどまでの不安そうな顔は見せずに、妖艶に微笑む。
「あ、ああ。 お前の姿が見えないと護衛たちが騒ぐのでな」
うふふ、と笑いながらメミシャさんはゆっくりと代表に向かって歩いて行く。
しかし、南方諸島連合の一行が少し動こうとするとピタリと止まった。
「なあに、私がこの者たちに何かされたとでも思ったの?。
いやねえ。 ちょっと里帰りしてただけじゃない」
パサリと髪を掻き揚げると、彼女の髪の間からエルフの耳が現れる。
驚いているツーダリーにメミシャが目を細くする。
「あら、エルフはお嫌い?」
「い、いや、そうじゃねえ。 お前は俺と同じだと思ってたから」
少し狼狽えたように代表の男は目を泳がせた。
なるほど、彼は自分と同じ赤い瞳に親近感を持っていたのか。
この世界では赤い瞳は魔獣に近いと言われ、嫌われている。
この代表の男性はおそらく、どこかでダークエルフの血を受け継いでいたのだろう。
しかし、彼はその赤い瞳が野蛮で魔獣のようだと言われ続けていたのかも知れない。
そして、そう思われているならそうなのだろうと、自分でもそんな風にふるまっていたのかな。
でも彼は同じ赤い瞳に出会った。
ダークエルフ族は褐色の肌に白い髪、赤い瞳が特徴的な種族。
だが、それももう彼女しか残っていない。
つまり、ツーダリーと同じ赤い瞳を持つ女性は、今のところメミシャさんしかいない。
「お前が戻って来てくれるなら、それでいい」
大きな身体に似合わず頬を緩め、メミシャさんに手を差し出す。
「いいの?、また急にいなくなるかも知れないわよ」
いたずらっぽく笑う女性に、ツーダリーは顔を横に振る。
「かまわねえ。 いつでもどこでも、お前を迎えに行く」
「そう」
少し首を傾げ、うれしそうに顔をほんのり赤くした。
肌の色でちょっと分かりにくいけどね。
「お見送り、ありがとう」
こちらを振り向いたメミシャさんが手を振る。
彼女は渡した魔法陣を理解してくれた。
「いつでも会いに来ていいのね」
その方法が手に入ったので、もう森に滞在する必要はない。
王子は軽く礼を取り、他のエルフ一行は、彼女に対してまるで女王様にように膝を折って礼を取った。
「あ、そうだ。 ツーダリー、あとでこの者たちに礼がしたいの」
とってもお世話になったのよ、と彼女が囁くと、代表の男性は大きく頷いた。
「分かった。 後日また会おう」
彼は今、船団を率いて来てしまっているので、それらを国へ戻す必要があった。
「ありがたいお言葉、感謝します。
私はネス。 これからもメミシャ様のお役に立ちましょう」
交渉は終了した。
俺たちは、南方諸島連合の船が引き上げるのを、港に集まっていた群衆といっしょに見送った。
さて、と振り返ると、俺たちを囲むようにデリークトの兵がずらりと並んでいた。
「ほお、我らをどうかしようというのか」
白髭のイシュラウルさんが彼らを威嚇する。
もう、この爺さんは結構戦闘好きだよなあ。
兵士たちを抑えながら、先ほどの軍服の壮年の男性が声を掛けて来た。
「どなたかは存じないが、一応、感謝しよう。
だが、余計なお世話であったな」
へー、あれをどうにかする気だったんだー。
「ほう、それで?」
イシュラウルさんが軍人にニヤリと微笑む。
だからー、爺さんはちょっと引っ込んでて。
「我らはただ彼女を送り届けに来ただけだ」
俺は王子と交代し、軍人の前に出る。
この男性はたった一人で南方諸島連合の代表と向かい合っていた。
きっと腕に自信があるんだろう。
刻まれた顔のシワに対し、身体はなかなか脳筋ぽい。
その姿に、俺はガストス爺さんを思い出す。
「待ってください!」
群衆の中から、慌てたような声が上がった。
睨みあう兵士とエルフ一行の間に、騎士アキレーが割って入って来たのだ。
「将軍閣下、ここはお引きください。
何事もなく終わったのですから、ここは彼らを見逃すべきです」
えー、俺たちって見逃されなきゃいけない者なワケ?。
まあ、不審者には違いないか。
「あはは」
俺は笑っていた。
「デリークトには腰抜けしかいないと思ってたけど、案外強気な者もいるんですねえ」
『おい、ケンジが煽ってどうするんだ』
あ、ごめんごめん、ついね。
だって、軍がいるのに、アキレーさんは私服なんだよ。
もしかしたら、そういうことなのかなと。
「この国は、騎士アキレーを解雇しましたか」
「いかにも。 この者は命令に逆らったのでな」
アキレーさんはぐっと唇を噛んでいる。
まあ、事実なんだろうねえ。
こんな立派な騎士を解雇だなんて、なんて愚かなことを。
「もしかして、魔術師でも探してましたか?」
心当たりは一つ、やっぱりフェリア姫の解呪の件だろう。
侍女のルーシアさんと、このアキレーさんには口止めをお願いしていたからね。
二人はフェリア姫の解呪のためならと、それを受け入れた。
「わ、私は、知らないものは知らないとお答えしただけです」
さすが、男前だなあ。
「なるほど、その魔術師が、例の」
将軍と呼ばれた男性の声に、兵士たちがざっと動く気配がした。
王子が移転魔法を発動する前に、俺はアキレーさんにそっと囁く。
「今夜、北の屋敷で」
ここで暴れるわけにはいかない。
兵士たちが俺たち一行を捕らえようとする前に、移転魔法陣が発動した。