37・俺たちは出産に立ち会う
夜が明けた。
俺はリタリに頼んで、子供たちを集め、俺の家の物置に連れて行った。
中は薄暗いが蹲っている灰色の砂狐が見える。
「皆、あの砂狐はケガをしているんだ。 おまけにお腹に赤ちゃんがいる」
「おお」
子供たちの目が輝く。
「だから、皆にお願いがある。
無事に赤ちゃんを産ませてあげたいから、周りで騒がないように頼む」
「はあい!」
「シーッ!」
口を押えた子供たちに俺は微笑む。
でも王子は不満そうだった。
『普通なら野生の獣は子供たちに秘密にするものじゃないのか』
いやいや、完全に野性なら俺のところになんて来ていないと思うんだよね。
「でも元々は家畜だしねえ」
長老からわざわざ俺のところに来てくれた。
それに何かの意味はあると思う。
「子供たちのやさしさに期待、かな」
俺はこの母親狐用の<砂狐・餌用>の魔法陣帳を、砂狐に慣れているサイモンに渡しておいた。
「アラシ、ユキ、交代で側についててやって欲しい」
そう話しているとクロがやって来た。
【私も混ぜて欲しい。 その母狐は身内なのだ】
だよね。 崖の上の一族は皆身内だろう。
「分かった。 なるべく一匹にしないようにしてくれ。
何かあればすぐに連絡を」
三匹の砂狐が首を縦に振る。
おお、念話に頼らずに意思表示が出来るようになってるじゃないか。
偉い偉い、俺は三匹をわしゃわしゃとモフった。
ガーファンさんたちは砂漠の遺跡へと出掛けて行った。
砂狐たちは動かせないので、ソグと海トカゲの青年に護衛を頼んだ。
「砂漠ですが、大丈夫ですか?」
俺の心配に、海トカゲの青年は笑って答えてくれる。
「はい、私は魔力が多いので、普通の海トカゲより乾燥には強いんです」
やはり亜人の彼らは優秀だな、と思う。
そして、つくづく惜しいと感じた。
『惜しい?』
「彼らの能力を最大限に使えたら、きっともっと皆、楽に生きられるのに」
それはを阻んでいるのは何なんだろうな。
俺は相変わらず夜は眠れずにぼんやりと過ごしている。
昼間は何となく忙しくて、何をしているわけでもないのにウロウロしている。
浴場の現場を見に行くと、デザに邪魔扱いされるので、その日は鉱山に行ってみた。
新地区の領主の父親と兄が働いているらしい。
「使えるんですか」
一応、見回りをしているというコセルートに出会ったので聞いてみた。
「使えるわけないじゃないですか」
はあ、そうでっか。
それでも何とか動いてはいるそうだ。
「元々性格は真面目な方々ですからね」
真面目だからこそ、信用している人から唆されて乗ってしまったんだろう。
そういう人こそ、遊びにまで真剣にのめり込むから怖いってことか。
しばらくぶりに見た二人の様子はまるで以前と違っていたらしい。
これからあの家族はどうなるのかな。
そんなことは誰にも分からないけど。
夕方、教会まで戻って来ると、新領主の少年がウロウロしているのが見える。
うん、まるでアイドルの出待ちのようだ。
俺が声をかけようか迷っていたら、どうやら俺を追って来たらしいコセルートも彼を見つけた。
「坊ちゃん、あ、ご領主様。 こんなところで何を?」
おおい、使用人がそんなこと言っていいのか。
「え、あ、いえ」
あーあ、目が泳いでる。 かわいそうに。
「ちょうど良かった。 砂狐を見ていきますか?」
ロシェはまだ出てきそうもないし、少し恩を売っておこうかな。
少年はいつもクロたちを見ているせいか、今さらなぜ?、と首を傾げながら、ついて来る。
俺の家の正面の入り口は噴水広場に面し、真裏に物置の扉があった。
中二階になっている寝室の下にあたる。
天井が少し低めで、床は砂地。
片隅に砂狐が二匹、うずくまっていた。
「ユキ、ありがとう。 大丈夫かな?」
白い砂狐は、俺に気付いて立ち上がると、うんうんと首を上下に振る。
そのユキより一回り大きな灰色の砂狐は荒い息をしていた。
「ケガをしているのですか?」
少年領主はまるで自分のことのように辛そうな顔をした。
「ええ、そして、もうすぐ子供が産まれます」
「子供?!」
砂狐好きのコセルートが、少年の後ろでうれしそうに声を上げた。
シーッと彼を睨み、
「これは預りものですから、群れに返しますよ」
と、彼の野望を挫いておく。
無事に産まれるまで、預かっているだけだ。
「危ないのですか?」
やさしい少年だ。 心配そうに見ている。
外見上の傷は治したが、体内に子供がいるため、詳しく調べられていない。
「このまま、安静にしていれば大丈夫でしょう」
「でも、こんなに苦しそう」
ユキが身体を起こして、側にしゃがみ込んでいる少年の顔を舐める。
彼が心配してくれるのがうれしいらしい。
「これは出産が近いせいですよ。もう間もなくでしょう」
それでも、少年の顔色は悪いままだ。
この世界でも出産は死亡率が高い。
少年の母親については、俺は詳しい事は知らない。
ただ、父親がちゃんと対処しなかったせいで亡くなったと聞いている。
「大丈夫ですよ。 私がついてますから」
少年は俺の顔を見上げる。
少し安心したように、恐る恐るユキの背を撫でていた。
そして、間もなく出産が始まった。
俺は少年とコセルートを母狐から少し離し、ユキにクロを呼んで来るように頼む。
準備はしてあった。
清潔な布や、水、魔法陣。
なるべく手を出さずに、見守る。
まあ、王子はこっそり回復をかけて、体力を維持させていたけど。
クロとアラシがやって来て、いっしょに見守る。
出入り口の扉の向こう、隙間からたくさんの顔が覗いていた。
大人も子供もいる。
その光景に俺は吹き出しそうになった。
王子は神経質そうに、
『あれは排除しないのか』
と聞いてきたが、俺はこの物置には気配遮断がかかってるから、別に構わないと思う。
そして、夜遅くまでかかったが、無事に三匹の子狐が産まれた。
領主の少年は、ずっと他の子供たちといっしょに見守っていた。
安心した住民たちが帰って行き、静かになった物置小屋の中。
俺とユキ、アラシ、クロの三匹と、母子の砂狐たちだけが残っていた。
【長老には産まれたら連れて来るように言われている】
クロは長老から頼まれたらしい。
「そうか。 分かった。 動けるようになったら崖の上へ届けよう」
子狐は母親に縋り付いて乳を飲んでいる。
その乳からは魔力の流れを感じた。
『魔獣というのはやはり魔力が必要なのだな』
俺は王子の言葉に頷き、その様子を眺めていた。
気が付くと眠っていたようだ。
ぺろりと顔を舐められて、目が覚める。
【ありがとうございました】
灰色の砂狐の声のようだ。
俺はただ微笑んで頭を横に振る。
「当り前のことをしたまでです。 無事に生まれて良かった」
【失礼ですが、あなた様の魔力をいただけますか?】
「あ、ああ。 いいよ」
俺は母親に回復の魔力を与える。
【いえ、子供たちにお願いします】
「え、いいのか?。 親を誤認してしまうのでは」
ユキとアラシは俺が最初に魔力を与えた時、親だと思ったのだ。
【大丈夫です。 わたしがここにいますから】
ああ、そうか。 ちゃんと親がいるんだもんね。
俺は子供たちに過剰にならないように気を付けながら、ほんの少し与えてみる。
母狐はうれしそうにそれを見ていた。