35・俺たちは魔法陣を作る
解呪の夜から数日が経った。
気にしても情報は入って来ない。
俺たちは待つしかないんだ。
俺は公衆浴場の地下の水槽の設置も終え、煉瓦職人デザ、ドワーフのピティースと話をしている。
このサーヴの町はアブシース王国の最南端のせいか、魔道具があまり発達していない。
最北端だったイトーシオもたいがいだったが、領主だったせいか、あまり苦労はしてないな。
ま、俺と王子は王都では魔道具に囲まれていた。
そういう意味では、改めて恵まれた環境だったんだと思う。
公衆浴場の建物はほぼ出来ている。
あとは地下の温水の水脈から水槽へ貯めたお湯を、汲み上げるポンプのような魔道具の設置だ。
「鉄で菅を作れと?」
ドワーフのピティースは見かけだけは、背が低く若い女性だ。
この国では人族以外は認められていないので、彼女は自分の種族は隠している。
鍛冶が得意なのに革製品の店をやってたりするのだ。
「二本、お願いします」
頼めばやってくれる。
腕もいいので信頼出来る職人のひとりだ。
あとはその鉄菅に<防錆、防破壊、防菌、循環>などを王子が描き込む予定だ。
うーんと顔を顰めながらも、「分かった」と頷いてくれた。
「ネスさんには鞄の借りもあるしね」
小さな声でこっそり囁いてくる。
あはは、まあ、あの魔法収納鞄は国宝級の魔道具だしな。
デザには床に描いた魔法陣に呆れられた。
「ネスさん、これいったいいくつ魔法陣描いたんだ」
王子が俺の懇願で作成したやつである。
「いいじゃないですかー。 どうせ、この上に煉瓦を敷き詰めて隠れますし」
そういう問題じゃない、とイケメン煉瓦職人は頭を抱えた。
俺たちの足元には大きな魔法陣が一つと、小さな魔法陣が五つ。
すべて一部が重なるように、床一面に魔法陣が描かれているのである。
花びらのような形で、王子のお気に入りだ。
大きいのは<清潔>、うん、風呂の基本だよね。
あとは、<室温調整、防水、防汚、破壊不可、魔法隠蔽>
王子が開発した浴場用の魔法陣をワンセットにした。
砂漠の遺跡にあった魔法陣を参考にしている。
たぶんおそらく、王子がやってみたかっただけだよなあ、これ。
俺は別に構わないけど。
「これだけの魔法陣、どんだけ魔力が必要なんだよ」
デザは、自分が作った煉瓦が魔法の発動に耐えられるかどうかが心配なようだ。
「あー、えっと、一つ一つはそんなに魔力は必要としませんよ」
<破壊不可>があるので、煉瓦が壊れることはないはず、はずだ。 うん、たぶん。
<清潔>は基本発動として、毎日の掃除は人力でいいので、常時発動しているのは<破壊不可、魔法隠蔽>。
使用時自動発動が<室温調整、防水・防汚>。
地下の水槽のほうはもっとえげつない魔法陣になってるのは内緒だ。
あっちはすごいぞー。
防菌、防錆、隠蔽、温度調節、湯量調整、破壊不可に魔力防御、その他、諸々。
一番すごいのが、魔力の貯蓄だ。
王子によると、普通は土地自体に魔力があるのであまり必要ないらしいが、砂漠はその魔力が乏しい。
そのため、このサーヴも魔力が少ないらしくて、念のため、魔力を貯めておこうということだった。
魔力を通す棒付きの台が地下からにょきり出ている。
誰でもいいので、暇なときに余った魔力を貯めてもらう方式だ。
「こうか?」
ピティースが四角いA4ファイルくらいの台に手のひらを当てる。
「お、おお、魔力が吸われるううう」
「あはは、無理しなくていいよ」
王子がいなくても使えるように考えて作ったらしい。
浴場を利用する人に魔力を登録してもらう。
個人個人の魔力量を測り、魔力を吸い尽くされないようにする。
登録用の装置と、魔力吸引用の装置の二つのボタンがあるので、ちゃんと説明しておく。
ミランには、すぐ横に注意書きを設置するように言われている。
実はこれ、町の住民の魔力の登録も狙っているんだ。
そして、その魔力のある住民の管理はミランと領主様ということになる。
(王子、見えないからって無茶するなあ)
イトーシオで作った自重しない魔力測定魔法陣が役に立っている。
『てへっ』
おおう、いたずらっ子みたいなところが、最近、国王陛下に似てきたね。
そう思っただけでちょっと嫌そうな顔をするのもかわいいよ。
夜、ソグに呼び出されてウザスへ向かった。
ユキを置いてくるのに一苦労して遅くなったので、移転魔法で飛ぶ。
以前、来たことがある亜人だらけの店だ。
俺はローブのフードを深くかぶる。
ソグは奥の席で、海トカゲの青年と共に待っていた。
「こんばんは、先日もお世話になりました」
何故か礼儀正しい青年だ。
「いえ、こちらこそ助かります」
南方諸島連合の情報を得るために好きなだけ食べさせた。
彼はその恩を覚えていたらしい。
「あの、デリークトの最新情報ですが」
俺はすぐに盗聴避けの魔道具を発動させた。
気配察知が優れているトカゲ亜人が、ぶるりと身体を振るわせる。
「えっと、姉姫様、フェリア姫様のことですが」
ソグに話を進めるように頼む。
やはり自分が住んでいた国のお偉い人の話なので、躊躇しているらしい。
「我も姫の護衛だったが、この青年も護衛の一人だったのだ」
ソグの言葉に俺は納得した。
「ああ、そうだったのか」
「つまり、あなたもフェリア姫様がお好きなんですよね」
この海トカゲの青年も、フェリア姫のファンだということね。
俺はニッコリと笑って頷く。
「ええ、あれほど優しい女性もいませんからね」
「そうなんですよ!」
うれしそうな青年に俺は酒を注ぐ。
一息に飲み干して、青年は明るい顔で言った。
「フェリア姫様の呪いが解けたんですよ!」
タンッとテーブルに置いたカップの音が俺の心に響く。
ああ、解呪は成功したんだ。
良かった。
俺は椅子の背もたれにぐったりと寄り掛かる。
ソグが心配そうな顔を俺に向けているのが分かった。
「でも、国民にはお披露目はなしでさ。
私はそれが納得できない!。
あのお美しい姿を皆にも見せてあげれば、今まで『呪われた姫』なんて笑ってた連中を黙らせられるのに」
青年は唾を飛ばしそうに俺に食ってかかった。
悔しそうに肩を震わせる青年に、俺は酒を注ぎ、料理を勧める。
「私にはこのまま姫様を南方諸島連合に渡すなんて出来ない」
は?、いや、それはどうなんだ。
「だって、あの姿なら公女になられても誰も文句は言えませんよ」
俺は憮然とした顔になった。
「あなたはフェリア姫が姿だけの美しさで公女になるとお思いですか」
「は?、あ、いえ」
青年は俺の様子が急に変わって驚いたように目を丸くした。
「フェリア姫が南方諸島連合に嫁ぐことは本人も承知のことでしょう。
あなたは姫の決心を台無しにするおつもりですか」
「そ、それは」
青年の目が泳ぎ出す。
彼女が、公女に決まっている妹姫に代わって公女になりたいと思っているはずはない。
「とりあえず、情報はありがとうございました。 助かります」
好きなだけ飲み食いをして欲しいと、金を置いて席を立つ。
ソグが追いかけて来て、店の外で俺に追いついた。
「悪い奴ではないのですが」
「いや、こちらこそ余計なことを言ってすまん」
俺はしばらくの間、暗い海を見つめていた。