33・俺たちは相談を受ける
終わったのかな。
俺はその日、夜明けと共に戻って来た。
足元にすり寄って来たユキに魔力を与えながら撫でる。
着替えるというより、ただ脱いで、下着のままベッドに横になる。
「ふぅ」
ため息がこぼれた。
王子はとっくに眠ったようで、反応がない。
俺は天窓を初夏の雲が流れて行くのを眺めている。
ただ、ぼんやりと。
眠ったのか、どうなのか、覚えもないまま起き出した。
着替えて顔を洗っていると、子供たちの声や建築現場の音が遠くに聞こえる。
トントン。
裏口の扉を叩く音がした。
「はい」
反射的に返事をしてしまう。
扉を開けると黒い毛並みの狼獣人のエランが立っていた。
「お帰りになったと聞いて、少しお話を」
「ああ、うん。 どうぞ」
昼食の時間はとっくに過ぎていた。
お茶を出すと、大きなテーブルの隅に向かい合わせに座る。
現在、エランと息子のカシンには定期的に森で調査と狩りをお願いしている。
俺が不在の場合はミランが承認の手続きをしてくれていたから、賃金は払われていたはずだ。
その他、ミランの手伝いや、トカゲ亜人のソグといっしょに畑の世話もしてくれていた。
「今年の作付も順調です」
口数の少ないソグと違い、彼は人前で話すことも苦にしない。
ただ、自分たちを警戒したり、良く思わない相手の気配にはとても敏感だった。
「うん、ありがとう。 助かるよ」
義理堅く、自分の気持ちに反することに手を出すことはない。
ぎこちなく微笑んだ彼は、何かを決心しているようだった。
「あの」
「うん」
俺はただ彼の言葉の先を待つ。
「カシンをお願いしたい」
「うん」
何となく分かっていた。
俯いている彼を、俺はただ見ていた。
ぼんやりしていた俺の頭が少しづつ冴えていく。
「奥さんを、探しに行くんだね」
「どうしてそれを」
顔を上げたエランは、初めて俺を警戒していた。
彼の妻は犬獣人だったと聞いている。
ある日、突然いなくなった。
側にいたはずの息子だけが血だらけで見つかったという。
「死んだ、そう思っていました」
そう思ったほうが楽だったと、彼は言葉を濁す。
「ではなぜ今になって探しに行こうと思ったの?」
「この町に来て、ネス様に会えて。
ようやく安心してカシンを預けることが出来る者に巡り合えた」
この町で俺の後ろ盾があれば、カシンは一人でも生きていける。
そう思ったと言う。
彼はひとりで行く気なのか。
「めどはついてるの?」
何も語らないのは、確信が持てないからだろう。
俺は大きくため息を吐く。
紙と文字板を出す。
「特長を教えてくれないか。 王都なら伝手があるから探せる」
「いえ、でも」
手を振って断ろうとするエランに、俺は苛立ちの表情をする。
「やみくもに探しても仕方ないだろう」
このアブシース王国は亜人は少なく、彼はどこへ行こうと目立つ。
どこかで勝手に野垂れ死んでもらっては困る。
そう言うと、項垂れたエランは、ボツボツと話してくれた。
年齢、毛色、背丈、目の色、何年前のいつ頃いなくなったのか。
それに似顔絵を添えてもらい、確認させる。
「これでいいかな?」
「あ、はい」
少し恥ずかしそうに、懐かしそうに、目を潤ませる。
「アブシース国内は任せられる者がいる」
俺のほうで手配をするので、動くなと言いつけた。
「デリークト国内はどうせ自分で捜しまわったんだろう」
妻がいなくなってからアブシースに来るまで三年ほどかかっている。
成人前の息子を連れて、探せる範囲は探していたはずだ。
「問題は南方諸島連合か?」
俺は両手を組んで、テーブルの上に肘をつく。
エランは悔しそうに口を歪めた。
俺はふいに立ち上がり、エランについて来るように言って外に出る。
「ミラン様、お土産持ってきましたよ」
ロイドさんに通してもらい、ミランの仕事用の部屋へと入る。
「あー?」
高く積まれた書類をロシェと二人で処理していたミランが顔を上げた。
俺は酒の木箱を見せ、目配せをする。
ミランは頷いて、無理矢理ロシェを部屋から追い出した。
ブツブツ言いそうなロシェに、俺は王都からの土産を渡して、皆に配るように頼む。
「わあ、すごい。 ありがとう、ネスさん」
子供たちが好きそうなお菓子を適当に詰め込んだ袋だ。
喜んで持って行ってくれた。
ハンナさんがお茶を運んできて、俺とエランはミランの向かい側の椅子に座る。
「王都はどうだった」
木箱に入った貴族専用に作られたアリセイラ姫成婚記念の酒を渡す。
それなりの金額がするものだ。
ミランは「おっ」と呟いて、ニヤリと笑った。
そして、俺はそっと小さな箱を出す。
細かい模様が浮かび、女性受けの良さそうな小綺麗な白い箱。
「耳飾りです。 指輪はご自分でご用意してくださいな」
「む、わ、分かった」
少し赤くなって狼狽えたミランを、エランは不思議そうに見ていた。
「で、今日は何の用だ。 ただ土産を持ってきたわけじゃないだろう」
エランがいるのだ。 それだけじゃないのは分かったのだろう。
俺はお茶を冷めないうちに啜る。
うん、他の人が入れてくれるとまた違う味がするなあ。
当たり前だけどさ。
俺がまったり茶を飲んでいると、ミランはエランをチラリと見る。
エランは少し居心地が悪そうにしていた。
「南方諸島にはいつ頃行かれますかね」
その時にはぜひ、このエランを連れて行って欲しいと交渉する。
俺の言葉にミランが首を傾げた。
「は?。 何で俺が行かなきゃならないんだ」
あー、じゃ言い方変えるか。
「ミラン様にお願いがあります。 サーヴの町と南方諸島とで交易がしたいです」
ぐふっとミランがお茶にむせる。
「お、お前、何を言い出すんだ」
普通なら小さな町が他国との交易なんて出来ない。
必ず国の許可がいる。
「どうしても欲しい作物があるんですよ」
俺は南方諸島に行ったときに手に入れたモノを鞄から出す。
中心にある島には代表が住んでいる。
観光に力を入れていて、土産物として香辛料や調味料が売られている。
決して安くはないが、他国で売っているよりは安く手に入る。
俺が欲しいのは砂糖の原料になるものだ。
路地で販売していた中に、甘い香りがするものがあった。
茎っていうのかな。
細い竹の筒みたいなものを切ってある。
エルフの村へ持ち帰って調べたら、思った通り、砂糖の原料だったんだ。
ただ栽培用の苗とか種は売っていない。
国外へのお土産じゃ、そんなものは売ってはもらえないしね。
「何もおおっぴらに取引しようというんじゃないんですよ。
こっそりでいいんです。
確かお身内がいるとおっしゃってたでしょう?」
苗さえ手に入れば、栽培が可能じゃないかな。
一度でもいい、取引が出来ればいいのだ。
「はあ、お前は何を考えてるんだ」
ミランが頭を抱えている前で、何故かエランが震えていた。
「どうした、エラン」
様子が変わった狼獣人に声をかけると、
「こ、これは」
そう言って、俺が買って来た土産物を指差す。
「うん、南方諸島で買って来たんです」
「ほ、本当ですか!」
何故か中年狼に迫られた。
「こ、これから、妻の、妻の匂いがする」
「はあ??」
狼の獣人であるエランの臭覚がそういうのだ。
間違いではないんだろう。
「売り子なのか、栽培した者なのか、包装したりした者なのか」
どこかでエランの妻が携わっている。
エランは希望に満ちた目を輝かせた。