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32・俺たちは解呪を決行する


 夕食を適度に腹に入れる。


緊張で味なんて分からなかったよ。


ユキを一生懸命説得し、いつもは与えないお菓子まで渡すと、


【仕方ないわねえ、もう】


と、ベッドの下にうずくまった。


 俺はもう一度、自分の装備を確認する。


誰かに見つかっても大丈夫なように、いつもと違う色に染めたフード付きローブ。


極力足音を消すための靴は、皮球用で新しく用意したものだ。


変身の魔道具は片付け、金髪緑眼の王子の姿のまま赤いバンダナを口元に巻く。


今日のバンダナは念話用ではなく、睡眠の香を吸い込まないためのものだ。


そして念のため、使い慣れた短剣と、魔法陣帳を腰に装着。


全身に一度<砂除去>をかける。


「行って来る」


ユキの頭をそっと撫でた。




 デリークトの北の館。


侍女用控えの部屋に出ると、まだ夜は浅いが、館の中は静まり返っていた。


ルーシアさんが用意してくれたのか、小さなカンテラが一つ、光を揺らしていた。


俺はその部屋から隣の姫の部屋に続く扉を開ける。


一度、<夜目>で部屋を見回し、真っすぐに姫のベッドに向かい、顔を確認する。


彼女の枕元にも睡眠の香が置いてあった。


窓にカーテンは無く、月の光が明るく部屋内を照らしていた。




 俺は一つ頷いて呼吸を整える。


「王子、頼む」


『分かった』


王子は寝台の横にある台の上に、トレーに乗せた魔法インクの瓶と、筆と魔法陣消しを置く。


今回は予備を含めてそれぞれ三本ずつ用意してきた。


『さて、呪詛の確認だ』


王子は姫の布団を引っぺがす。


布団といっても上質の薄い布だけだ。


冬が近くなって寒くなるとこの上に毛皮で作った布団もどきが乗る。


何を言ってのるかというと、姫のなまめかしい寝姿を直視出来ないので気を紛らわしているのさ。


 王子が何かをブツブツと唱えていた。


やがて、『ケンジ、見てみろ』と声がかかる。


俺はそっと視線を彼女に向けた。


「こ、これは」


薄い夜着を着たフェリア姫の全身に、いくつかの青黒い模様が浮かんでいる。




「これが呪詛の形?」


『そうだ』


王子はこれからこの呪詛の形を変える。


『呪詛直しというらしい』


ただ魔法陣を消しても恨みが残れば再発の恐れがある。


『異界の狭間でマリリエンが私に与えたのは、呪詛を上書きする呪詛だ』


あのダークエルフは自分が教えた呪詛のあらましを覚えていなかったそうだ。


「まあ、それだけ長い時間が経ってしまったんだろうね」


恨みは募っても、それを解消する気がなければそうなるな。


 だが、こちらは彼女の全身に浮かぶ呪詛の魔法陣を、すべて描き換えなければならない。


もしかしたら、一族への恨みが、彼女ひとりの身体にすべて集まっているのかも知れないと思う。


「そういえば、妹君は痣が無いそうだね」


『たまたまなのか、フェリア姫が特殊だったのか』


俺は後者だと思う。


アブシースの王宮で初めて彼女に会った時、ものすごく、その魔力に惹かれた。


『公爵家は元々魔力が高い家系なのだろう。


その中でもフェリア姫は身体に纏う魔力が他の者と違っていた』


王子の妹のアリセイラも彼女が大好きだった。


その心のように清浄で美しい魔力。


「それを呪詛で汚すにはそれだけ集めなければならなかったのかも知れない」


『では、我々も一つとして残すわけにはいかないな』


王子と俺は改めて気合を入れる。


彼女の白い肌に浮かんだ模様のような魔法陣を、俺は睨みつけた。




 王子が集中している間、俺は周りの警戒を怠らないようにする。


そして、王子が集中し過ぎて暴走しないように。


あるいは疲れを自覚していないようなら、途中で適度に休憩をはさむようにする。


声をかけ、様子を見る。


それくらいしか出来ないんだけどね。


『ふぅ』


どれくらいの時間が経過したのだろう。


『ケンジ、魔法陣の描き換えに抜けがないか確認してくれ』


「あ、ああ」


王子と交代すると、彼女は一糸まとわぬ姿をしていた。


『仕方ないだろ、そうしないとすべて調べることが出来ないんだから』


王子も少し赤くなっている。


でも照れよりも魔術師としての責任感のほうが強かったんだろう。


俺も恥ずかしがってなんていられない。


「うん。 大丈夫だ。 ありがとう、王子。 少し休んでてくれ」


『分かった』


王子が引っ込むと、ここからは俺の仕事だ。



 

 フェリア姫はひどく汗をかいていた。


王子の作業は一つ一つの呪詛を描き換えるものだ。


つまりは描き直した魔法陣を、一度起動させる必要がある。


魔力を身体全体に纏わせているのだから、彼女は今高熱にうなされている。


当然といえば当然だ。


 俺は彼女の身体に<浮遊>をかけて少し浮かせ、全身に効果のある布を巻いていく。


元の世界でいう包帯のようなものだ。


全身を冷やす必要があると聞いて、俺はこれを作ってみた。


残っていた特殊魔法布をほとんど使って、それに<生命維持><癒し>の魔法陣を描き込んでおいた。


そして彼女の身体が正常になったと判断したら、自然に消えるように魔法陣も組み込んだ。


その魔法陣はなるべく胸、心臓に近い部分に来るように巻き付ける。


細かい脚や指などの部分は細い包帯にしておいた。


 今のフェリア姫はまるでミイラのような姿になっている。


顔に出ていた痣はすべての呪詛の一部でしかなかったのだと思い知る。


かなり大変な作業になったが、夜明け前には間に合った。


 あとはルーシアさんに頼んで用意してもらっておいた、ベッドのシーツや布地をすべて交換する。

 

外したものは先ほどの侍女の控えの間に放り込んでおく。




『ケンジ』


俺は気が付かないうちに姫をじっと見ていたらしい。


包帯で顔は見ることは出来ないけど。


『もう行かないと』


「ああ」


空が薄明るくなり始めていた。


自分が持ってきた物をすべて片付け、部屋の中に<洗浄><清潔><換気>をかける。


 館の人々が動き出す気配がする。


おそらく真っ先にルーシアさんが来るだろう。


俺は、王子が書いた注意事項の紙を枕元に置き、侍女の控えの部屋に戻った。


「今度こそ、本当にさようなら、だね」


解呪が成功すれば、彼女は嫁ぐ。


幸せに。


そう祈ると胸にチクりと痛みが走る。


王子が杖を取り出し、移転魔法を発動した。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 



「はっ」


思ったより眠り込んでいたルーシアは、目を覚ますとすぐに動き出した。


部屋に駆け込むと明らかに昨夜までと部屋の匂いが違う。


清浄な空気に溢れ、見慣れた部屋がまるで何もかも新しくなったような気がした。


「姫様、フェリア姫様」


寝台に駆け寄る。


 一歩遅れて、護衛騎士であるアキレーが部屋に入って来た。


顔や頭、そして足や手の指にまで巻かれた白い布。


その異様な光景に絶句する。


「ひ、姫様はいったい」


ルーシアは姫の枕元に置かれていた紙を読んでいた。


「魔術師様からの伝言です。


姫様が回復すると、この布は自然と消えるそうです。


それまでは何があっても外してはならないと」


ルーシアはそっと白い布が巻き付いた手に触れる。


「生きて、生きてください、フェリア姫」


今更ながら、彼女は我が主である姫が生死の境をさまよっているのだと感じた。


それほど大きな呪詛であり、それを覆すための術だったのである。


そして彼女は解呪の成功よりも、思わず生きてさえいてくれればと願ってしまう。


涙をこぼした侍女の手の中で、魔術師の伝言の紙は静かに消えていった。



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