27・俺たちは砂を止める
森でエルフに出会う前は、王子はこの案をじっくり読み込んでいた。
「これ、確かに良いと思いました。 実際にやってみたいと思います」
「ほんとですか!」
ガーファンさんは興奮気味に顔を輝かせている。
「やれるかどうかをまず検証して、出来るとなったら遺跡に飛んでー」
手順を確かめるようなガーファンさんの言葉に、王子は、
「いえ、明日にでも、直接遺跡へ飛びましょう」
と言い出す。
え?、ええええっ。
王子、早過ぎない?。
ガーファンさんの目が点になってる。
「い、いいんですか??」
王子はしっかりと頷く。
そして新しい魔法陣用の大きな紙を取り出した。
鞄からコンパス型魔道具を取り出し、魔法インクも出す。
ガーファンさんが唖然と見ている前で、王子はさっさと二重円を完成させる。
「ここにガーファンさんの魔法陣を描きだしますね」
相変わらず王子の字ははっきりとしていて、分かり易い。
フリーハンドなのに記号まではっきりくっきり。
あまり時間もかけずに出来上がった。
「これを直していきます」
王子の集中は半端ない。
ガーファンさんもガッツリついてってるところを見ると似たり寄ったりか。
俺はすでに遠い目をしている。
テーブルの下にいたユキを足でもふっていた。
気が付いたらガーファンさんはもういなかった。
『寝るよー』
王子は立ち上がり、ユキを連れて寝室に入る。
いつの間にか終わってた。
「で、遺跡へ行くの?」
『ああ。 明日朝食後、ミランに承諾をもらってから、だな』
ふむふむ、了解です。
やっと自分の部屋でのんびりとユキをもふっている。
王子もユキのことはかわいがってるからね。
寝転がって目を閉じると、ユキがベッドを下りて足元に横になった。
もう寝台の上はユキには狭くなったもんな。
今度、ユキ用に毛皮でも敷いてやろうと思う。
何だろうな。 眠いのに、身体は疲れてるのに、意識が眠らない。
「いよいよだと思うと、何だか落ち着かない」
『ああ、そうだな』
遺跡の魔法陣だけじゃない。
王子がフェリア姫の呪詛を解いてくれると思うと、精神的に不安定になる。
うまくいくのか。 いや、絶対成功させる。
だけど本当は自信なんてない。
天窓から星を見る。
エルフの森で見た星空が、もうずっと以前の事だったみたいだ。
『ケンジ。 心配しても始まらない。
いつもならやってみようって言うのはケンジだろ?』
うん、そうだね。
「王子、よろしく」
『ああ』
何だか、最近、王子のほうが年上っぽいや。
翌日、俺はガーファンさんとユキを連れて遺跡へ飛ぼうとしていた。
サーヴに戻ったばかりだった俺は、色々と忙しくて午後になってしまったけどね。
「同行させていただく」
武装したソグがやって来た。
「ミラン様からの依頼だ」
はあ、そうでっか。
仕方なく、三人と一匹で遺跡へと移転した。
一旦、湖の側に出て、そこで遺跡の外を点検する。
この辺りは砂嵐で頻繁に地形が変わるからだ。
王子は以前露出した砂族の遺跡の壁に保存用の結界を張っておいた。
「おー、大丈夫ですね」
湖の西側に遺跡があり、その周辺にボコボコと崩れた石の壁が立っている。
これもいつかは復元したい。
「この辺りはおそらく村の跡ですね」
ガーファンさんは周りを見回している。
「でも神殿は地下ですよね」
俺がぽっかりと開いている地下への入り口を指差す。
今は崩れて入れなくなっているけどね。
「ええ、砂族の集落はおそらく地下ですよ」
「は?」
「遺跡の神殿も地下だったでしょ?。
砂漠の砂嵐を避けるために、砂漠にある砂族の家は地下にあるんです」
俺は点在する石の壁を見ながら、「ではあれは?」と訊く。
「えっとですね。 あれはおそらくわざと作った空き家ですね」
砂族の古い集落では、地下に家はあるが、その地上部分には普通に小さな家があるそうだ。
「つまり、実際の生活は地下で、地上にあるのは見せかけの家だったと」
俺が驚きながら訊くと、砂族の高貴なお方は頷いた。
現在ではそういうことはしないが、昔はそれが当たり前だったそうだ。
地上は砂嵐ですぐに地形が変わってしまう。
そうなると外に出ていた者は村の場所が分からなくなる。
「そのために神殿や集落の一部は地上にあったのです」
「な、なるほど」
「それに他の種族や魔獣に襲われた時も地下に逃げるのが楽でしたからね」
地上部分はどんなに壊されても構わない。
地下の家が残ればそれでいいのだ。
俺は砂漠の砂が止まったら、この辺りの地下集落を調べてみたくなった。
今回はソグもユキも一緒に地下へ飛ぶ。
俺は<強制解除>して容姿を金髪緑眼の王子に戻す。
<変身>の魔道具は黒髪黒目にしていると、わずかだがずっと魔力を消費し続けるのだ。
俺は、王子が大きな魔力を使う時はなるべく余計な魔術は止めている。
肩の鳥だけは会話が必要になるので出しているけどね。
あとは王子にお任せだ。
「ガーファンさん、これを使ってください」
王子は魔法陣帳から<浮遊>の魔法陣を渡す。
「ありがとうございます」
王子もそれを使い、魔法陣の上に浮かぶ。
元の世界の体育館くらいの大きさの部屋の床。
長方形のその床の真ん中に巨大な円形の魔法陣がある。
その四方の隅に中心の魔法陣と一部が重なるように小型の魔法陣がある。
中心の大型魔法陣は砂の製造。
周りの四つは、魔力、範囲、速度、量の指定だ。
今回、王子たちはこのうちの量の数値をいじることにしたようだ。
「砂を一定量を作り出すというところをゼロにします」
王子は、俺がイメージを伝えた消しゴムを魔道具にしたものを持っていた。
上空からガーファンさんに見てもらい、王子が必要な場所を描き直す。
慎重に魔法陣の一部の溝を埋めて消し、そして上から細く細く、魔法インクを垂らしていく。
床を削らないのはまた元に戻したい時が来るかも知れないからだ。
ソグとユキは息を潜めてそれを見ている。
王子とガーファンさんが顔を見合わせて、ソグとユキが待機している階段まで戻って来た。
「ふうう」
<浮遊>を解除して足を付けると二人は大きく息を吐いた。
「とりあえず終わりました。 あとは外で確認するだけです」
王子は移転魔法陣の杖を取り出して発動する。
どれくらいの時間がかかったのだろう。
長かった気もするし、短かった気もする。
地上に出たが空は暗かった。 もう夜になっていたようだ。
「ほら、遊んでおいで」
俺はユキを解放して走らせる。
ユキはうれしそうに湖の周りを走ってた。
ソグはすぐに火を熾して食事の用意をし始める。
俺とガーファンさんは緊張し過ぎたせいか、身体がガタガタになっていた。
座り込んだ俺にソグは暖かいお茶を入れてくれた。
季節は夏に近いが砂漠の夜は冷え込む。
俺たちはソグが作ってくれたスープとパンで食事を摂る。
「どうですか、砂の移動を感じますか?」
ガーファンさんに訊いてみるが、力なく首を横に振られた。
元々砂が増えてる速度が微妙なのだ。
そんなにはっきり感じることは出来ない。
「そうだよなあ。 すぐに効果が分かるはずないよな」
王子が疲れて引っ込んでしまったので、俺は黒髪に戻っている。
「お疲れ様。 今日はゆっくり休んでください」
俺たちはソグが張ってくれたテントで眠った。