25・俺たちは報告を聞く
ずいぶん久しぶりに来た感じがする。
「ケイネスティ様、お待ちしておりましたよ」
「マリーおば様」
王子と魔術師のお婆さんが抱き合って喜んでいる。
そのお婆さんの隣に、すっかりおとなしくなったダークエルフが立っていた。
なんていうか、ほんとにあの威勢の良かったあいつはどこへ行ったかと思うくらいだ。
「ほほ、ケイネスティ様。 さっそくで悪いがの」
そう言うと、時間がないとばかり、お婆さんは王子に向けて杖を振る。
「え?」
真っ赤な魔法陣が王子の足元に浮かぶ。
ああ、懐かしいな。
俺がこの狭間に呼ばれた時に見たやつだ。
同じ魔法陣ではないだろうけどね。
赤い魔法陣の中で王子が目を閉じて何かを感じている。
何も言わずにぐっと唇を引き締め、その顔に汗が流れているのが分かる。
「お、おい。 大丈夫なのか?」
俺は魔術師のお婆さんにこっそり聞いてみる。
「ほほ。 大丈夫じゃよ。 王子殿下ならきっと耐えられるはずじゃ」
へ、それって大丈夫とは限らないってことじゃ?。
俺の心配をよそに、魔法陣が消える。
「王子!、大丈夫か」
ふらりとした王子に俺は急いで駆け寄った。
「あ、ああ、大丈夫だ。 それより」
王子の視線はダークエルフに向かっていた。
俺は頷いて、あとは白髭のエルフに王子を任せる。
「えっと、ダークエルフさん。 ひとつ聞きたいことがあります」
「な、なんだ」
「ダークエルフ族は本当に、もう一人も残っていないのでしょうか?」
褐色の肌に白い髪のダークエルフは首を傾げる。
「ああ、今のところ、森にはいない」
そうか。 彼は森以外を探したことがないのか。
「実は今回、デリークトの沖合にある南方諸島へ行って来たのですが」
俺はずいっと彼に近づいて行く。
「あなたによく似た女性を見ました」
「なっ」
俺は見たままを伝えた。
そして、その女性がおそらく俺たちに向かって魔力で殺気を投げて来たことも。
何の罪もない女性たちを集め、いたぶるのが趣味だということも。
この場にいた俺たち以外の者は皆、顔を顰めた。
「なんということだ」
ダークエルフはその場に座り込んだ。
「俺たちのいうことが本当かどうか、分かるのでしょう?」
ここは魔力だけの精神の部屋。
感情は筒抜けだ。
「もちろん、お前たちが嘘を言っていないことは分かる。
だが、私にはどうすることも出来ぬ」
そうだった。
彼はここから出られない。
んー。
「では、手紙を書くことは出来ますか?」
俺は魔術師のお婆さんに訊いてみるが、首を横に振られる。
どうやらこの部屋には持ち込めなさそうだ。
「そうだな。 直接書けなくても、われが聞いて書きとめることは出来よう」
巫女がそう言って代筆を請け負ってくれた。
それを南方諸島の彼女のところへ送ってもらおうと提案する。
「もし相手が信じてくれなかったらどうしよう」
オロオロするダークエルフに、俺はニッコリと微笑む。
「信じなくてもいいんですよ。 彼女はきっと確かめようとするはずです」
それまで、何度でも手紙を送り続ければいい。
そしていつか、ここで会える日が来る。
「分かった」
ダークエルフも頷いてくれた。
「我が一族の生き残りがいるなら、我の望みも叶うだろう」
うれしそうに微笑むダークエルフは、悔しいがイケメンだった。
「もし、その者に会えることが出来た時は、お前の声を取り戻す術を探し出しておく」
は?。
俺と王子が目を見張る。
王子の呪詛の元は亡くなった王子の母親だ。
術者が亡くなっている場合、どんな術なのか分からない。
「それを何とかするのが『邪神』とまで呼ばれた私の仕事だ」
『邪神』と呼ばれてることで胸を張るなよ。
そういえば、王子の母親に呪術を教えたのはこのダークエルフだった。
それなら何とかなるかも知れない。
「よろしくお願いします」
俺が深く礼を取ると、王子は複雑な顔をしていた。
神殿から出ると、俺は朝食もそこそこに自分たちの小屋に戻った。
「どうした?」
王子が何か言いたそうだったからだ。
『大丈夫なのか、あんな約束をして』
「ん?」
王子の心配なことって何だろう。
『あの女性のダークエルフが南方諸島連合から誰かを連れて来たらどうするんだ』
そういえば、南方諸島の者たちがエルフの村を襲ったことがある。
デリークトの貴族たちに唆されたんだっけ。
「そうだな。 念のため、この高台の村の皆を鍛え直してもらおう」
俺は白髭のエルフの強さを知っている。
彼に指導してもらえればもう少し戦えるだろう。
それに、森の中ならエルフのほうが有利なはずだからね。
【そういうことなら、我も手伝おう】
ああ、精霊様がいた。 これは頼もしいな。
「よろしくお願いします」
そういえば精霊様の答えを聞いていなかった。
「えっと、失礼なことを聞いてもいいですか?」
俺は恐る恐る精霊様に声をかける。
【む、さっきも言ったとおりだぞ】
「あーいえ、森の管理についてです」
【ふむ】
精霊様は俺の肩の鳥から離れて、無表情のエルフの姿になった。
【お前たちの言う通り、我は少し時の流れを甘く見ておった】
その上で、これからどうすればいいのか、俺たちの意見を聞きたいと言う。
俺は精霊様に話をすること自体、少し気が引けていた。
でも今のままでは森は暗いままだ。
俺は元の世界の映画で見た、美しいエルフの森が見たかった。
「では一つの意見として聞いていただけますか?」
『ケンジは何か思いついたのか?』
「うん。 精霊様が心配していらっしゃるのは、まずは魔獣の被害だと思います」
【ふむ】
俺はまず人族の町ではどうやっているのかを説明する。
「町に魔獣が入り込むことを避けるため、魔法柵を設置しています」
【森には設置出来ぬぞ】
「ええ。 でも代わりになるものならありそうです」
精霊様は無表情のままだが、その気配は戸惑っている。
「精霊様の洪水です」
『え、それをどうするんだ?』
「まずは不定期に水を流すのを止めてもらいます」
俺は紙を取り出して簡単に図を描く。
「これが森だとします」
大きな円を描く。 実際にはどれくらいの大きさ、形なのかは知らない。
「精霊様の池がどの位置かは分かりませんが、その池から、こう砂漠方面に向かって常に水を流してもらいます」
池が移動できるなら尚いい。 なるべく森の反対の端から流してもらいたい。
『川か。 それなら魔獣が渡れないような川にすればいいのか』
「んで、精霊様ならその水に魔獣が入り込めば反応出来るでしょうから」
そこで退治してもらえばいい。
【魔獣のいる地帯とエルフの森を分けるということか】
「ええ、出来ればそうしていただきたいですね」
【魔獣以外の侵入者はどうするのだ?】
「精霊様、数日間で学んでいただけたと思いますが、エルフたちも戦えるんですよ」
森の民であるエルフは森で生きることに長けている。
【彼らに任せるということか】
俺は頷く。
王子に頼んで紙に書いてもらう。
「まずは魔法柵の代わりになる川を作ってもらいます」
精霊様が頷く。
「川からエルフの森の中、村の周辺に結界、もしくは侵入者に対する罠を仕掛けます」
中身についてはエルフたちの魔術によるので俺が決めることじゃない。
「あとは常に森の中を複数人で巡回し、危険な魔獣を排除。
川がちゃんと機能すれば、これ以上は増えないと思われますので」
【なるほど】
俺が考えた案が受け入れられるかどうかは分からないけどね。