22・俺たちは船に乗る
エルフのお爺さんは俺の腕を掴んだ。
「何を考えてるんですか!。 そんな危ないこと、させられません」
「ただの旅行ですよ?」
俺はニコリと微笑む。
フードからは目しか見えないだろうけどね。
お爺さんはワナワナと振るえて俺を睨む。
俺は言葉にはせずに文字板を出し、お爺さんにしか見えないように書いた。
「異世界人が何を勝手なことを、って思ってます?」
しばらくすると文字は消える。
お爺さんは文字を読んでから顔を上げた。
「いや、だが、そんなっ」
しかしもう一度、俺のフードの中を覗き込んで固まる。
このままではお爺さんが引かないと思ったんだろう。 王子が出てきたよ。
「イシュラウルさん、でしたね。 私とケンジは二人で一人なんです」
お爺さんにだけ聞こえるように王子が囁く。
「私たちは二人で考えて二人で行動しています。
どうぞご心配なく」
緑の宝石のような目が輝いた。
王子にそこまで言われたお爺さんは反論出来ずに、
「分かりました」
とだけ答えた。
森へ戻る前にと、黒服に着替えたラスドさんを連れて、移転魔法陣の目印を付けに行った。
俺は貴族街の中と、港の近くで人気のない場所を選んで目印の杭を打ち込んだ。
「ありがとうございました」
ラスドさんはやり遂げた顔で満足げに帰る準備を完了した。
俺は港で船の手配をしなくちゃならない。
定期船とかあるのかな。
港へ向かって歩いていると、お爺さんはやはりどうしても俺と一緒に行くと言い出した。
「あれえ、ネス様じゃないっすかー」
何故かデリークトの町中でチャラ男にばったりと出会う。
「お、おう」
タイミング良過ぎじゃね?。
俺は今更だけどアブシースの諜報部隊が怖くなったよ。
俺とチャラ男で町の出入り口で二人のエルフを見送った。
お爺さんは一目でチャラ男の力量が分かったのか、おとなしく引き下がってくれた。
「キッド。 何やったの?」
「えー、ネス様、酷いっすよー。 俺、何もしてないしー」
嘘だあ、絶対何かやったに決まってる。
『おそらくアブシース軍の者だと気づいたのだろう』
日頃はチャラチャラしてるけどやる時はやる奴だしねえ。
「はいはい。
それより、もう船の手配してありますから行きますよ」
マジか。
俺たちは港の船着き場に急いだ。
「はあ、間に合いましたね」
ハァハァと息を弾ませながら船倉に下りる。
二人で隅に座り込んで、俺は<遮音>の結界を張った。
次の港に着くまでに時間があるので、俺はしばらくの間キッドを質問攻めにする。
「何してたんだ、こんなところで」
それはこっちの台詞ですけどねえ、とチャラ男は苦笑いを浮かべる。
「俺はギルザデス殿下の護衛でっす。 もちろん影ですけどね。
昨夜、公宮で宴があったっしょ」
王子の弟で、国王の四男ギルザデスは、ごつい名前に似合わぬ美少年だ。
『私は一度しか見たことはないけどね』
うん。 妹のアリセイラの従者のふりをして、王族の新年の行事に紛れ込んだ時だ。
「金色の髪と紫の瞳がきれいだったね」
人当たりの良さそうな、元の世界でいうジャニーズ系の顔だった。
「ギル殿下は今、他の国に留学されたり、招待されて短期滞在されたり、色々やってるんすよ」
四男といえば王位継承権も下位だが、可能性が無いわけでもない。
よほどのことがなければ、死ぬまで王宮で飼い殺しらしいけどね。
だからこそ、自分が出来ることを探しているんだろう。
彼は何でも音楽や美術関係に秀でて、そういうものが大好きらしい。
将来は芸術家か、しゃべりが達者なら外交官もいいかも知れないな。
「頼もしいじゃんね」
『まあな』
でも彼もまだ成人したばかりだ。
しばらくは派手に動くことはないだろう。
「んで、もうすぐアリセイラ姫様のご成人とご成婚の儀がありますんで、その招待状のお届けに来たんす」
本来ならデリークトの招待相手は仲の良いフェリア姫のはずだった。
だが、彼女は病気療養ということで公宮を出ている。
そのため、ギルザデスという王族を使者に送ることで直接内情を確認したかったのだろう。
第四王子だとしても貿易相手国の王族に嘘の情報を教えるわけにはいかない。
バレたときに困るからだ。
「まあ、予想通り、妹姫様がご夫婦でご出席されるそうですけど」
それを知ったらアリセイラはがっかりするだろうな。
かといって、フェリア姫がお忍びでというのも無理そうだし。
いや、行けなくはないかな。
俺たちがちょっとがんばったらー。
『ケンジ、フェリア姫を危険にさらすようなことは考えるなよ』
ふぇーい。
昨夜のパーティーは使者であるギルザデスの歓迎の宴だったそうだ。
「港にはうちの国の船を置いてあるんで、港の見回りしてたんっすけどね。
ここでネス様に会うとは思ってもみませんでしたよ」
たまたまラスドさんと歩いていた俺を見つけたらしい。
なんかそこは怪しい気がするなあ。
「実は俺も南方諸島に行く予定だったんで、ついでにお誘いしたわけっす」
会話はこっそり聞いてたと。
それで第四王子の護衛は他の者に任せて、自分はこっちに来たと笑う。
はあ、まあそうなるよな。
「きな臭いっすよねえ、あの国は。
ていうか、あの代表の男が、なんっすけどね」
うん、俺も相当気になってる。
「知ってます?。
色々と好みの女性を攫って来るくせに、妻として連れ歩くのは一人なんっすよ。
じゃあ、攫ってきた他の女性たちはどうしたんだってことになるんす」
「え?」
俺は目を見開いてキッドを見た。
「本当に?」
「あ、やっぱり知らなかったっすか。
いやね、幽閉されてるとか、もうこの世にいないとか言われてて。
まあ、今回はそれの確認に行くんす」
色んなところから調べて欲しいという要請はきていたらし。
がくんと船が揺れる。
俺はその揺れに身体を任せて、そのまま船倉の床に寝転がった。
「仕事の邪魔はしない。 連れてってくれ」
南方諸島に行きたいと思ったのは、ただ相手の男性が見たいと思っただけだった。
でも噂を聞いてしまうと、どうしても真実が知りたくなる。
「はあ、まあいいっすけどー。 危なくなったら逃げてくださいよ」
俺は空を見つめたまま頷いた。
最初に着いた島は、南方諸島連合の入り口に当たるためか、上陸の審査が結構厳しかった。
「敵の多い国っすからねえ」
ボソリと俺にだけ聞こえるようにキッドが呟く。
俺は余計なことをしゃべらないように魔道具を片付け、普通の黒髪黒目の旅人を装う。
キッドは元々誰にでも好かれる男だ。
俺は口数の少ないおとなしい連れということで一緒に島を歩く。
宿を取るとチャラ男はいつの間にか姿を消していた。
俺は宿でゆっくりしようかな。
一階にある食堂のようなところで、草で編まれたゆったりとした大きな椅子に座る。
開放感のある柱と屋根だけで壁がない。
海を見ながらぼんやりとしていた。
まるで季節はもう夏だ。
飲み物を運んでくれた女性にやさしく微笑む。
だけど何故か顔も見ずに逃げられた。
今までとだいぶ違う反応に俺は首を傾げる。
周りを見回すと客のほとんどが男性。
そして接客しているのはほとんどが女。
しかも、若くて美しくて、そして何故か薄くて露出の多い服を着ている。
それなりの人数がいるのに、会話というか、女性の声が全く聞こえて来ない。
ん?、なんだろう。 すごく違和感がある。