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その頃、町では 3


 黒い砂狐が町の中を歩いている。


その身体には荷車が馬車のようにつながれていた。


「クロ、どうだ、重くないか?」


【大丈夫だ。 砂族の子よ、そう伝えてくれ】


「うん。 トニー、大丈夫ってクロが言ってるよ」


「そっか、ありがとサイモン」


二人の少年が、荷物を載せた荷車を体格の良い砂狐にかせていた。




 研究者で魔術師であるネスの弟子を自称するトニーは、まだ成人前の十三歳。


師匠であるネスが現在不在のため、彼に言いつけられている砂狐の指導をしていた。


この町は細い坂道が多いので馬が使えない。


そのため運搬に砂狐を使いたいという話を聞かされた。


「砂狐は昔は砂族と共に暮らす家畜だった。


おそらくクロたちはその末裔だと思うから、ちゃんと指導すれば出来るようになるはずだ」


魔力を持つ獣、魔獣はあまり人に馴れないというが、砂狐はそうでもないらしい。


「俺に魔力があれば、お前の声も聞こえるのにな」


わずかな魔力しか持たないトニーは、魔獣である砂狐と会話する砂族の少年サイモンを羨まし気に見ていた。




 毛色が黒く、手足と尾の先が白いクロと呼ばれている砂狐は、生まれ初めての作業に最初は忌避感があった。


しかし自分ががんばることで人族の者たちに好かれる。


すると、すでに人族と仲の良い白い雌狐のユキに近づける気がしてがんばっていた。


 魔獣である砂狐は魔力に惹かれる傾向がある。


ユキは一緒に暮らす人族の魔術師に幼い頃から魔力を与えられていたせいか、その身体からは極上の魔力の匂いがした。


美しいユキにクロは一目惚れだった。


どうしても伴侶にしたい。


そう考えたクロは一族の群れを抜け、人族の町へと降りて来た。




【クロにいちゃんもだいぶ慣れたね】


黄色の強い茶の毛色の若い砂狐がクロの隣へやって来て声を掛けた。


【ああ】


この砂狐は荷車の前や後ろを行ったり来たりと忙しく走り回っている。


あれでも一応、この一行の護衛をしているつもりらしい。


正直、クロにとってはうざい存在だが、ユキの身内なので無下には出来ない。


「こらっ、アラシ。 クロの邪魔しちゃだめだよ」


砂色の瞳と髪をしたまだ八歳のサイモンは、アラシの世話係だ。


砂族といわれる種族であるサイモンは、砂狐とは相性が良い。


魔力のある種族なので、魔獣である砂狐とも会話が出来る。


【えー、邪魔してないよー】


アラシは大好きなサイモンに抗議しながらトコトコと荷車の後ろをついて行く。





 しばらくして一行は荷物の配達を終え、小さな教会のある広場にやって来た。


噴水のある広場は日頃から複数の子供たちが身体を鍛えたり、商売の相談をしたりしている。


「おや、お帰り」


新地区の領主館の使用人であるコセルートが出迎えた。


「ただいま。 どうですか、今日は」


「うん、大丈夫だよ。 そっちはどうだい?」


トニーはクロを放し、荷車を片付ける。


「ええ、まあまあです。 では、斡旋所に報告して来ます」


コセルートと軽い挨拶を交わす。


「ほーい」


サイモンはトニーを見送ると、クロとアラシを連れて教会横の建物へ向かった。




 その建物は横長で天井が高めになっている元・兵士用休憩所。


そこの裏口に一匹の砂狐が蹲っていた。


「ユキ」


【サイモン、ネスまだ来ない】


白い砂狐のユキは、自分の親代わりであるネスという青年を待っている。


いっしょに行きたかったが、拒否された。


「大切な勉強に行ったんだ。 ここは我慢してやってくれ」


共に置いて行かれたトカゲ亜人のソグにそう言われて、ユキは後を追うことを泣く泣く諦めた。


「でもご飯はちゃんと食べなきゃいけないよ、ユキ」


サイモンが出かける前に渡しておいたリンゴも水もあまり減っていない。


 クロが心配そうにユキの隣に座る。


サイモンは砂狐の餌用と書かれた魔法陣に手を乗せた。




 コセルートはまだ成人前の領主に頼まれ、一日に一回はこの教会の子供たちの様子を見にやって来る。


そしてそれには時々、彼の雇い主であるまだ十四歳の少年領主も同行していた。


「あのー、ロシェさんはー」


「ご領主様。 申し訳ありませんが、ロシェは仕事中なので」


広場に面した地主屋敷の前で、モジモジと執事である老人とそんなやり取りをしている。


 金髪に青い瞳の美少女ロシェが前々領主の娘であることを知らない者も多い。


彼女の両親は、少年領主の父親の放火が原因で亡くなっていた。


少年領主は、自分の父親がそんなことをしたとは知らない。


 ロシェのほうも、当時この町にいなかった無関係の彼に問い詰めるようなことはしないが、それでも心象はあまり良くないのだろう。


雇い主である地主の命令や恩人である魔術師の青年の願いであれば、少しは現在の領主である少年に微笑んだりもする。


それでもロシェは好んで近寄りたくはなかった。


 断られた少年領主は諦められず、一目ロシェに会いたいと屋敷の裏手、中庭へと回る。


井戸の側にロシェがいるのではないかとキョロキョロしていた。


「ご領主様、今日はもう帰りましょうよ」


使用人であるコセルートの呆れた声に促され、少年は肩を落として歩き始める。




 その後姿を、屋敷の中から小さな影が見送っていた。


「お姉ちゃん、あの人、帰ったよ」


ロシェによく似た金髪に深い青の瞳をした五歳のフフは、せわし気に働いている姉に声をかけた。


「そう。 そんなことしてないで、フフも手伝って」


「うん」


姉は両親を亡くしてから町の浮浪児たちと一緒に隠れるように生きて来た。




 あの日、ロシェはたまたま隣町のウザスに居た。


母親に頼まれ、使用人の老人と一緒に産まれたばかりの妹に必要な物を買いに来たのだ。


思ったより時間がかかり、荷物を持って行くには次の船を待つ必要があった。


「申し訳ありません、クローシア様。 次の出航は明日の早朝だそうです」


「分かりました、仕方ありませんね」


当時はクローシアと呼ばれていたロシェは、その老人と共にウザスの大きな町に一泊することになった。


 その夜、領主館は焼け落ちた。


ロシェがそれを知ったのは翌朝、船でサーヴの町に戻った後だ。


不穏な空気を感じとった使用人の老人が、すぐに主のお嬢様であるクローシアを自分の知り合いの家に匿った。


「様子を見て参ります。 しばらくの間、ご辛抱を」


そして、戻って来た老人の話を聞いてロシェは気を失った。




 それからロシェは自分がどうしていたのか、ほとんど覚えていない。


使用人だった老人は職を失い、ロシェのために懸命に働いてくれたが、身体を壊して二年後に亡くなった。


今のフフより少し上の年齢だったロシェは長かった髪を切り、わざと汚して、男の子の服を着る。


浮浪児の集団に紛れ込み、情報を得るためだ。


 妹の行方がやっと分かった時は、ただただ泣いた。


あの老人が手をまわしてくれたのかも知れない。


自分だけが生き残ったと思っていたロシェはずっと死にたいと願っていたが、その日から妹のために生きると決めた。


自分の大切な家族はまだ生きている。


犯人に対する暗い思いはあったが、それでも妹への愛のほうがロシェを生かしていた。


「それにしても、ネスさんはいつ帰って来るんだろう。


いっぱい相談したいことがあるのに」


少年領主に見張られているような生活に、ロシェは困り果てていた。



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