16・俺たちは昔話を聞く
邪神、と呼ばれたのはエルフの巫女に呪術を教えたからだっけ。
「ダークエルフは何故、呪術を教えたんだろう」
エルフは元々魔力が高く、昔は魔力布など魔道具を作って他種族と交易をしていたそうだ。
だけど、人族との間に争いがあって今は孤立している。
「他の種族に強い恨みがあるのは確かだよね」
それを餌に呪術を教えた、ということかな。
エルフ族は今、森の中に引きこもり、海の側に住む亜人たちとも、砂漠の砂族とも離れている。
「なあ、エルフ族のほうが人族よりも多くて強かったら、今のデリークトはどうなっていたかな」
『なんだケンジ、唐突だな』
「いや、考えたんだけどさ。 亜人の中にエルフ族も獣人もいるだろ?。
人族は圧倒的に少ないのにデリークトは人族だけの貴族が治めているが不思議でさ」
しかも他の種族を見下しているらしいじゃない。
「おかしいよね。 亜人たちのほうが腕力も優れているのに」
亜人と呼ばれる種族はどちらかというとおとなしく、素直なので騙されやすい。
『魔術が得意なエルフ族がそこにいたら、きっと人族は大きな顔をしていられなかったろうな』
そうなんだよ。
森と海に挟まれた土地に住んでいた人族が、どちらからも襲われないように考えたんじゃないかとさえ思えた。
『わざとエルフ族と他の亜人を引き離したと?』
「うん。 それと邪神がどう関係あるのか、そこが分からないけど」
王子は俺の考えが突拍子もないことだと否定出来ず、考え込んでいた。
「精霊様は何かご存知ありませんか?」
俺がそんなことを言い出すと、王子が慌てた。
『ケンジ、精霊様になんてことを!』
えー、いや、精霊様がどんだけ偉いのか知らないんだけど。
「えと、ご無礼な質問だったらすみません。
ただ、どうせ俺たちの心の中なんて見透かしていらっしゃるんでしょ?」
ふむ、と無表情なエルフは首を傾げていた。
【別に言葉遣いなどどうでもよいが。
お前は本当に変わった気配をしておるし、この森の事情を知らないようであるな。
いいだろう、昔話を一つしてやろう】
そう言って森の精霊様は俺たちに話をしてくれた。
座ってて良かった。 長そうだもん。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その昔、デリークトには様々な種族が住んでいた。
海の周辺で暮らす亜人たち、森のエルフ族、そしてわずかな土地に人族が住む国だった。
その中でもエルフ族は森の奥に住み、その魔力を持って多くの魔道具を作り出す優秀な種族である。
人族は農作物や魚介などの食料品を持って、森のエルフと交易をしていた。
しかし、エルフは排他的でどこか人族を見下している。
海に近く、他国との貿易で力を付けつつあった人族の一部が、それに反発を強めていく。
ある日、彼らは一つの小さなエルフ族の村を襲った。
亜人や海賊と呼ばれた周辺の島国の粗暴な男たちを呼び込んで雇い、強行したのである。
「ざまあみろ」
エルフの女性たちを捕らえ、魔道具を奪い、男性たちを亡き者にしていった。
デリークトの代表である貴族たちは、それを黙認した。
多くの者が彼らから貢物として女性たちや魔道具を受け取ったからである。
それをエルフ族が黙っているはずはなかった。
彼らとの交易は途絶え、森に入った者はことごとく還らぬ人となる。
そして当時の公爵の婚礼の日のことだった。
多くの国の主要な者たちが集まった祝賀の祭典中に、公宮に侵入者が現れた。
侵入者であるエルフの男性は宴席の広間、中央に浮かんでいる。
その美貌故に怒りの形相は凄まじい。
『我らの怒りはお前たちの一族の末代にまで降り注ぐだろう』
その姿は一瞬で砕け散り、エルフの呪いを振りまく。
華やかな祝いの席に、血と肉片が恐怖と共に降り注いだ。
そのエルフは自身の身をもって呪詛を発動したのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その壮絶な場面は想像するだけでも気持ち悪いというか、吐きそうになった。
だけど俺はぐっと堪えて、頷きながらも口を挟む。
「えーっと、エルフの呪いというのは、具体的には何だったんですか?」
サーヴの町、鉱山の呪いは鉱山主の一族の身体機能の一部を捧げ、誰も鉱山に近づけなくしていた。
デリークトの公爵家の一族に向けた呪いは、痣だけなのだろうか。
命をかけた呪詛が痣?。
よく分からない。
【む、何かおかしいか】
「ええ。 実はデリークト公国の国主である公爵家には呪いを受けたという女性がいるんです」
若い女性であるにも係わらず、顔の半分に醜い痣を持って産まれた。
だけどそれだけだ。 命にかかわるようなものじゃない。
鉱山主だった老婦人に比べれば軽い気がしたんだ。
「その呪術を使ったエルフの狙いが分かりません。 彼は何がしたかったのでしょう」
公爵家だけを恨んでいたのだろうか。
娘を醜くすることが何の恨みを晴らすことになるのか。
【ふむ】
それ以上、王子も精霊様も黙ってしまった。
え、なんで?。
そういえば、腹が減ってきたな。
「そろそろ村に戻ったほうがよくない?」
『う、うむ』
俺たちがそんな会話をしていると、無表情のエルフがゆらりと揺れて姿を変える。
「は?」
小さな水滴のようになった精霊様が、俺の肩の鳥の羽の下に隠れるようにして取り付く。
【わしも勉強不足だったようだ。
そのダークエルフとやらにも会いたい。 連れて行け】
えええええええええええええ。
マジっすか。
『畏れ多い』
ほら、王子も嫌がってるし。
【気にするな】
いやいやいや、こっちが気にするんだって。
王子には諦めてもらった。
精霊様が力を貸してくれるなら解決は早い気がするし、俺はまあ、別にいいかなとは思ってる。
だけど、村へ連れて行くには少しばかりお願いをしておく。
「いいですか。 エルフの皆さんは魔力に敏感ですから」
くれぐれも表に出ないようにお願いする。
【ふむ、分かった】
高台の村が見えて来た。
かなり離れていたんで、<浮遊><飛行>で近くまで戻って来たんだけどね。
【なるほどな。 自ら身を守る術を身に着けておるのか】
当たり前じゃないですかー。
俺は精霊様がまるでエルフたちを幼ない子供みたいに扱ってる気がした。
なんか過保護なモンスターペアレントみたいだ。
子供本人はもう大きいのにいつまでもべったりでさ。
何か家庭の事情でもあったのかも知れないけど、俺から見たら子供の成長を阻害してるように見えた。
その子供もただ言いなりで、何も分かってなかったみたいだったけど。
『諦めてたんじゃないか』
そうなんだ、ふーん。
村に戻ると住民たちにかなり心配されていた。
そっか、日帰りの予定だったからな。
すぐに巫女の女性に、「明日の朝も神殿に同行したい」と申し出る。
少し怪しまれたが「まあ、よい」と許可はもらった。
「なあ、王子」
俺は王妃様と神の話で疑問に思うことがあった。
「王子のことをお爺さんや、この村の巫女は神様から守ろうとしてたはずだよね」
『会ったときに知らぬ顔をしていたのはソーシアナの子供だと知られないためだろう』
うん、そうかも知れない。
「でも今は神殿へ入れるんだよなあ」
神様から目を逸らせるために母親が王子の声を奪った。
ならば、神様に近づけさせないんじゃないか。
『こちらから強引に呪術を学びに来たんだが?』
王子が望んだから、ということか。
「それならいいんだけどね」
うー、なんかモヤモヤするなあ。