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13・俺たちは馴れ初めを知る


 呪術師としての修行が始まった。


黒服のエルフたちに混ざり、王子も熱心に学んでいる。


俺も最初のうちは一生懸命覚えようとしたけど、この世界の言葉はやっぱり苦手だ。


喋れるけど、読んだり書いたりは王子任せだ。


「王子、あんまり根を詰めるな」


『ああ、分かってる』


いや、分かってないな。


昼も夜も<回復>を掛けながら、いつまでたっても何かを描いている。


「とにかく、少し休んでくれ。 俺も少しやりたいことがあるんだ」


今も夜中だが部屋の中には明かりを点けている。


『う、うん、そうか』


王子がしぶしぶ考えることを止めたのを確認して、俺は外に出た。




 交代で夜の見張りをしている若者たちに手を振って、広場を横切り、俺は高い木の側へ行く。


「さて、<跳躍><浮遊>」


魔法陣帳から抜き出した紙を発動させる。


木の枝をいくつか渡りながらてっぺんまで駆け上がった。


「うお、何だ」


「あはは、こんばんは。 お邪魔します」


白髭のエルフのお爺さんがいた。


「あなたも夜がお好きですか」


俺は肩の鳥と共に空を見上げる。


星に手が届きそうだ。


「ああ、そうだな」


俺は、枝に腰を降ろしたお爺さんの横に座って話しかける。


「少し、お話をさせていただいてもいいですか?」


「ん、何だね?」


「ソーシアナさんのことで」


お爺さんの肩がピクリと震えた。




 ソーシアナは王子の亡くなった母親の名前だ。


王宮でその絵姿を見たけど、とってもきれいな女性エルフだった。


「何故、その名を知っている」


不機嫌になるかと思ったが、案外落ち着いて話を聞いてくれそうだ。


「ある国の王妃の名前です」


「ああ」


知っている、とお爺さんは頷いた。


 お爺さんの白い髪と白い髭が風に揺れる。


遠い夜空を見上げる顔はどこか悲し気に見えた。


「その女性には呪詛が掛けられていて、王子を産んですぐ亡くなりました」


お爺さんはただ俺の言葉を聞いている。


「その呪詛は、本当は彼女の命を奪うモノではなく、子供が産まれてもすぐに死ぬというモノだったそうです」


母親にとっては子供は自分の命より大切なものだ。


その女性エルフは自分の命と引き換えに子供をこの世に残した。


「ですが、子供は母親と声を失いました」


とても重い呪いだ。


こんな呪いにはどんな代償が必要だったのだろう。




 お爺さんは俺の顔を見た。


「お前さんはとうに分かっているのだろう?」


俺はその皺だらけの顔を見返す。


「いいえ。 俺は何も知らないんです」


嘘は言ってない。 他の世界から来た俺にはこの国の事情なんて分からない。


まして、命を奪うほどの呪いなど、どうしたら思いつくのだろう。


 お爺さんは深いため息を吐いた。


「いつかは誰かに話す時がくると思っていた」


そしてまた空を見上げて、ポツリポツリと話し始める。


「ソーシアナは、私にとって大切な女性だった」


俺は黙ってお爺さんの話を聞く。




「私と、この村の巫女と、ソーシアナは、昔は仲の良い友人だった」


お爺さんはエルフ族の若者の中でも弓の腕が良く、一人でもよく狩りに出かけていた。


当時はまだ見習だった巫女とソーシアナは布を織ったり、魔獣の素材で魔道具作りに精を出していた。


そして三人ともエルフの森の外に興味があった。


 その頃はまだこの高台の村はなく、森の中に大きなエルフの町があったそうだ。


「ある日、私たちは洪水の後の狩りで人族の数名の一行に出会った」


何名かは捕らえた。


「その頃はエルフの娘が人族の男性をたぶらかして、村へと連れて来ていたんだ」


ソーシアナはその中の一人の男性に興味を持ってしまった。


たくましい身体に似合わず、仲間を守り、剣を振るう姿はまるで舞うようだったという。


「彼女はその男性を弱らせる振りをし、私たちに隠れて逃がしたのだ」


お爺さんはそんなことまで教えてくれた。


「その男性がソーシアナさんを森の外へ連れて行ったのですね」


俺の言葉に大きく息を吐き、「ああ、そうだ」とお爺さんは頷いた。




「あの男はソーシアナのお陰で元気を取り戻すと、村を強襲し、仲間を助け出した」


そして逃げる際にソーシアナの手を取ったのだ。


「私と巫女の女性はソーシアナを連れ戻すことにした」


見習い巫女はエルフ族の中でも魔力が高く、魔術が得意だった。


「私の弓と彼女の魔術で人族の町に潜入して、何とかソーシアナを見つけることが出来た」


そこでお爺さんは何故か自嘲気味に笑った。


「それから私たちはどうしたと思う?」


「いえ、分かりません」


俺は首を傾げた。


「なんと、私たちはその男性と一緒に旅をしたんだ」


「はあ?」


俺は呆れた。


これがミイラ取りがミイラになるってやつか。




 豪快な男性だった。


ただ戦うことが好きなのではなく、良く考えるし、計算も早い。


細かいことは気にせず、女子供は特に大切に扱う。


「連れの他の男性から、どこかの国の王子だと聞いて納得したよ」


どことなく品も有り、信心深い面もあった。


エルフや獣人や亜人たちにも分け隔てなく接する珍しい人族の男。


「私はソーシアナの気持ちを知っていたし、二人のことは祝福したよ」


旅の途中で二人が結婚し、仲間内で盛大に祝った。


「今思えば、あの頃が一番楽しかったな」


その横顔は遠い昔を思い出している。




「だが、そんな幸せもすぐに終わってしまった」


ある町で大勢の軍に囲まれ、彼らは王都へと連行されることになった。


「逃げるなら今しかない、とそいつに言われ、エルフである私たちは町を出る準備をした」


しかし、ソーシアナは逃げなかった。


「あいつの子供を宿していると言って」


お爺さんの顔が歪んでいた。


「私が巫女見習いに頼んだのだ。 子供を呪い殺せと」


その声は震えていた。


巫女見習いはまだ本当の呪術師にはなっていなかった。


しかし彼女は魔術師としての腕はかなり高い。


「呪うなんて出来ない」


そういう彼女を説得し、魔術でソーシアナの子供に縛りを発動した。


「縛り……」


「産まれても息が出来ぬという制限の魔法だ」


俺の喉がひゅっと鳴った。


もしかしたら、王子が死ななかったのは、息が出来なくなるという縛りが気管から声帯へずれたせいか。


「呪詛ではなく、かなり高等な魔術だったんですね……」


「ああ」


お爺さんは王子から目を逸らす。




 その後、何も知らない王族の男性はエルフ二人を命がけで脱出させた。


ソーシアナだけは自分の意志で彼の側に残ることになった。


「私たちは何度も振り返った。 巫女見習いは泣いて泣いて、それでも私は後悔などしなかった」


お爺さんは人族の男性を選んだソーシアナと、苦労させることになる王族の男性に怒りを覚えた。


「我々も旅をして、その国ではエルフ族があまり良く思われていないことも知っていたからな」


 しばらくの間、森へも帰らず、お爺さんたちは旅を続けた。


村へ戻りづらいのもあったが、ソーシアナのことをどう説明していいか、分からなかったからだ。


二人はエルフの森へ戻ってから、ソーシアナが亡くなったことを知る。


お爺さんは「すまない」と、俺に小さな声で謝った。


「おかしいですねえ」


俺はお爺さんの話に矛盾があることに気付いていた。



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