106・俺たちは共に生きていく
最終話なので、少し長めです。
デザたちが下りて行った後、今度はハシイスとパルシーさんが来た。
二人は示し合わせていたのだろう。
揃って俺に対して片膝を折って礼を取る。
「ケイネスティ陛下、国王就任おめでとうございます」
俺は胡散臭そうに振り返った。
「ここはアブシースじゃないんだから、そんな礼は不要だよ」
そう言っても二人は姿勢を変えず、俺はため息を吐く。
この二人が新しい国の文官と兵士のトップということになるのかな。
「私はもう王都へ戻る気はありません」
パルシーさんがきっぱりと答えた。
「師匠の行くところなら、私はたとえ魔獣の森でもついていく覚悟です」
ハシイスは、アブシースの女神様からいただいた祝福さえ惜しくないと言い出す。
まあ、それは本人の才能なので国が変わっても変わらないから安心してね。
だって、王子の『王族の祝福』さえ、変わらなかったのだ。
そして最後にはリーアがやって来た。
「あの、一つだけ、私の魔法を見ていただけませんか?」
彼女は魔導書で勉強した成果を王子に見て欲しかったようだ。
俺は王子と交代する。
リーアは、祈るように手を組んで目を閉じた。
魔法陣ではなく、小さな声で詠唱している。
やがて自身の身体に魔力を纏わせて、王子に抱きついた。
王子の心臓の音が早くなる。
「どうでしょう」
少し赤い顔で王子の顔をじっと見上げてくる。
「え、何が?」
あ、声が。 王子の声が聞こえるよ。
「マリリエン様がダークエルフ様から教わったそうです」
それをマリリエンさんが魔導書に記憶させ、リーアが指導を受けたらしい。
王子の呪いは亡くなった母親がかけたものだ。
「心を込めて、お母様の呪いの元に語りかけましたの」
『母親の才能』を持つリーアには王子の母親の気持ちがよく分かるのだろう。
「あなたの息子はもう自分自身で悪意に立ち向かえますとお伝えしました」
それが王子を守っていた母親の心に届き解呪された。
「あ、ありがとう」
王子は、初めて自分からリーアの身体を抱き締めた。
建国宣言から数日。
アブシースの王宮からは、ギルザデスが来た以外は特に何も言って来ない。
他の国からも同様で、思ったより静かな毎日を送っている。
サーヴの町からは公衆浴場の経営が順調だと知らせが来ていた。
俺たちにもたまに入りに来いとミランからお誘いが来ている。
そのうち落ち着いたら行こうかな。
クロが教会の通信魔法陣から手紙が届いていたと持って来た。
「うわっ、これは」
北のイトーシオ国へ嫁いだアリセイラの手紙だった。
「建国、おめでとうございます」
夫であるロイ王太子と共に、ケイネスティの砂漠の国を承認すると書かれている。
そして、どうやらギルザデスから砂狐のことを聞いたらしい。
「魔獣である砂狐を飼っていると伺いました。
是非、会わせてくださいませ」
王子のたった一人の妹にそう言われては断りにくい。
「子狐争奪戦がまた激しくなりそうだな」
『むぅ、すまない、ユキ。 兄弟が迷惑をかける』
【だいじょーぶ。 いっぱい産めばいいのー】
クロの顔が一瞬よぎったが、ユキは相変わらずかわいい。
その子狐ならきっとかわいいに決まってる。
ユキのお腹が少し目立ち始めていた。
俺はこの町でも出来るだけ朝は身体を鍛える時間にしていた。
砂は足に負担がかかるので、朝の鍛錬は塔の階段を上り下りして走っている。
三角屋根の塔の最上階。
俺はそこで身体をほぐし、町を見下ろす。
「ん、あれは?」
町の近くに小さな砂嵐の渦が見えた。
時折、町をかすめるようにして砂嵐が通るのだ。
しかし、今日はその周辺に小さな影があった。
「砂狐だ」
本来警戒心の強い砂狐が、砂嵐の中でフラフラしていることはない。
この砂狐たちは慣れていないのか、必死に風の渦から逃げようと走っている。
俺は慌てて塔を下り、鞄からローブと魔術師の杖を出す。
「こっちだ!、早く」
走りながら結界を展開。
その中に砂狐たちを迎え入れる。
四頭の砂狐を抱え、俺はしばらくの間、結界を維持した。
「ふう」
嵐が去ると、町のほうからアラシとユキが飛んで来た。
【ねすー、だいじょーぶー?】
【だいじょーぶー?】
「あれ、君は」
俺が守っていたのは、あの灰色砂狐の母親と、濃い茶の毛並みをした父親狐だった。
【すまぬ、急いでいたので警戒を怠っていた】
大柄な雄の砂狐がそう言って立ち上がる。
この一家は、俺の家の物置で三匹の子狐を産んだ。
だが、群れの掟で二匹しか育てられないと一匹を俺に託した。
彼らはあの時産まれた他の二匹の子狐を連れていた。
子狐といってもすでに大人の砂狐とほぼ変わらない。
【長老から町が出来たようだと聞いて、様子を見に来たのだ】
ああ、そうだったのか。
俺は長老に砂漠に町が出来たら、その昔、砂族に飼われていた頃のように一緒に住もうと誘っていた。
今、砂狐の一族は魔獣の棲む山の端に住んでいる。
その場所は自然が美しく魔力も豊富だが、魔獣も多く危険なのだ。
「良かったらゆっくりしていってくれ」
俺はそう言って砂狐の一家を町に案内した。
ユキのお腹を見て、灰色砂狐は寄り添い、何やら話している。
何となく予想はつくので、俺たち男性陣は見て見ぬふりだ。
リーアが塔で食事の用意をしながら待っていた。
砂族の皆や、町の住人たちも手を振っている。
俺たちは新しい仲間として、砂狐の一家を受け入れた。
俺は一人塔に上る。
白い朝もやの中、最上階に到着すると何故か目の前に光の珠が浮かんでいる。
良く見ると、光の中に小さな赤子がいた。
俺は手を伸ばし、その子を抱く。
白いふわりとした服に見覚えがあった。
「まさか」
服を捲り背中を見ると、天族の証である羽があった。
まだ小さくて、飛べそうもないが。
先日、呼び出した時の女神様の顔が浮かんだ。
「この子を育てろということか」
俺は兄弟げんかで女神様を呼び出した時、『新しい国』を創りたいと申し出た。
その時に色々と訊いてみたのだ。
『祝福』はどうなるのか。 王子は王族のままでいられるのか。
「『祝福』に関しては、国を離れても個人の素質なので問題ないわ。
我からも一言、よいか?」
俺も王子も真剣な表情で聞いている。
「新しい国を創造するためには、新しい神、つまり我らの仲間が必要となる。
そして、その国のモノを供物として与え育てるのだ」
この世界では、一つの国には一柱の神が必要なのだろう。
『それがこの子ということか』
新しい国のために、新しい神が降臨したのだ。
俺と王子は頷いた。
そして目を覚ます。
「あれ?、夢だったのか」
隣にはリーアが寝ていた。
起き上がり、外を見る。
俺は陽の光があるほうが気が休まるので、緊急時以外は地上の家のほうで生活していた。
あの夢の中のように砂漠に白い靄が流れていた。
着替えて外に出る。
「夢だったとしても、きっと女神様が見せたものだろうね」
『ああ、そうだな』
王子と話しながら塔に上る。
きっとこの塔には、姿が見えないだけで、あの小さな赤子の天族がいるのだろう。
俺たちは持ち込んだ台を設置し、その上に真新しいカップに湖から汲んだ水を入れて供える。
この町のモノといったら、まだこの水しかない。
あとは他の土地から持ち込んだモノだからね。
『あとでラスドさんに祭壇を頼もう』
「供物は何がいいのか。 まずは畑と、牧場の整備かな」
神の赤子を育てるために、これから俺たちはこの町を発展させていくのだ。
「王子。 常識外れの俺を助けてくれてありがとう。
まだまだ大変だけど、これからもよろしくな」
『ケンジ。 助けられたのは私のほうだ。
これからもお互いに助け合っていこう』
生きている限り、俺たちの周りの問題は消えて無くなったりはしない。
だけど、俺はこれからも王子と共に生きていく。
この異世界でー。
〜完〜
本当に長い間、お付き合いいただき、ありがとうございました。