104・俺たちは祭りを楽しんでもらう
祭りの当日、俺は早朝まだ陽が昇り切らないうちに少年領主を呼び出していた。
領主の側には執事で魔術師のコセルートがついている。
挨拶もそこそこに、俺は要件を切り出す。
「私は祭りが終わったら他国の者になります。
その前に、ご領主様にお教えしておきたいことがありまして」
俺の後ろにはハシイスとパルシーさん、そして半分寝ぼけたトニーがいた。
この町では建国日の行事などない。
王都から遠く離れたこの地では建国という言葉は使われていなかった。
秋の終わりごろに行われるのは収穫祭りとなっていて、身寄りのない子供たちが一つ年齢を重ねる日とされていた。
それを一年に一度の派手な祭りにしたのは俺だ。
この町に溢れていた浮浪児たちを盛大に祝ってやりたかったからね。
「以前は、ごちそうを食べることくらいしか、お祝いらしいことはしていませんでした」
俺は王都での賑やかな祭を参考にして、雰囲気だけでも隣国のフェリア姫に届けようと思い立った。
それがきっかけだったのである。
パルシーさんが、王都での本来の建国祭りの行事に関する内容をまとめた文書をコセルートに渡す。
できるなら、少しずつこの辺境地でも伝えていって欲しいと頼む。
「パルシーさんは私と一緒に砂漠の町に移動することになります」
新しい神官が来るまでは兼任だ。
「時々は様子を見に参ります」
パルシーさんが軽く礼を取る。
留守の間は教会育ちの従者の紫瞳の少女が教会の雑務をこなす予定だ。
ドワーフの少年のほうは数日後には北の辺境地ノースターへ赴任する。
「王都の教会に行ったことは?」
俺は教会裏へ移動しながら、明日、成人となるご領主様に聞いてみた。
「あ、はい。 たぶんまだ幼い頃に一度」
あまり覚えていないらしい。
まあ、それでもウザスに戻って来ているのなら祝福持ちではなかったということだろう。
「しばらくは内緒でお願いしますね」
俺は静かに祈祷室の扉を開いた。
中に入るとコセルートの顔色が悪くなる。
「これ、祈祷所ですよね?」
王都育ちなのか、コセルートは知っていたようだ。
まあ、教会の祈祷所より小さいから祈祷室なんだけどね。
「女神様から許可をいただきました」
俺がニコリと笑うと、黒髪黒目だったせいか怪しまれた。
「本当に大丈夫なんでしょうか」
教会を敵に回すのではないか、と怪しんだコセルートはパルシーさんのほうを見ている。
む、俺ってコセルートには信用ないなあ。
「女神様を呼ぶために必要なものは三つです」
『建国の日』、騎士、文官、魔術師の『三人の証人』、『祈祷するための場所』。
それさえ揃えばいいのだ。
日程に関しては王族だけは除外される。
「教会は自分たちの権威を高めるために王都でしかやらないのです。
だけど本来は条件さえ整えれば可能なんですよ」
もしこの地で祝福を得られた者がいたとしても、王都に報告する必要はないとの許可も得ている。
運用はまだ先になるだろうけど、まずは試しにトニーに祈らせてみた。
三つの台にはハシイス、パルシー、コセルートを乗せる。
女神像の上のステンドグラスの窓から光が下りてきた。
初めての体験で、トニーはポカンと口を開けている。
「健やかでありますように」
女神様から一般的な健康の加護をもらう。
光が消えると女神の姿も消えた。
俺は唖然としたままのトニーの背中を「良かったな」と叩く。
この国の者なら誰でも一生に一度受けられる加護が、遠い王都まで行かずとも受けられるようになる。
神妙な顔の少年領主は頷き、コセルートと話し合いながら領主館へと戻って行った。
噴水広場にはほぼ去年と同じように、港から教会を経由して、また港に戻る一方通行の通路が作られた。
新しい子供たちの屋台や小さな露店が並ぶ。
休憩所は三か所で、強面の自警団員が交代で立つ。
最初のウザスからの船が港に入った。
峠の兵士たちが看板や大声で誘導している。
俺とリーアは教会横の自宅の寝室の窓からその様子を眺めていた。
隣のキーンさんたちの薬屋にも客が入っているのが見える。
「あのう、私もお手伝いに行ってもよろしいでしょうか」
「もちろん、良いですよ」
なるべく店から外へ出ないこと、無理をしないことを約束してもらい送り出す。
子供たちの売り声、領主の屋台に並ぶ者の列。
町がいつもと違う活気であふれる。
俺も少し見て回ろうかな。
今日はソグやハシイスたちも自警団の手伝いに行かせているので割と自由だ。
日暮れには、ほぼ露店の品は売り切れ、飲み屋の出店が多少残っている程度になった。
酒の匂いをさせた大人たちが増える時間である。
俺は広場を離れ、港に設置した照明の側に子供たちを集めておいた。
夕食用にと露店や屋台から予め買い置きしておいた食べ物を渡す。
まるで遠足のように敷物を敷いて、子供たちは楽しそうに食事を取りながら花火を待っている。
「いいかい?。 上ばかり見てケガをしないようにね」
決して海に落ちたりしないようにと、トニーやリタリに見張りを頼む。
一つ見本に発動させてみせると、目を輝かせていた。
今日は子供たちや他の町から来た者たちにも見せるため、少し時間を早めるつもりだ。
定期船の最終の出航する時間に間に合わせるためにね。
「あの、ネス様」
デリークト国の騎士だったキーンさんが、そっと俺の側に来て小声で話かけてきた。
「何かありましたか?」
今回の建国にあたり、彼は新しい国の近衛のような立場になってもらう予定だ。
もちろん、護衛対象はリーアである。
「はい。 実はお客様が」
キーンさんの真剣な顔で、だいたいは予想できた。
シアさんの薬屋の店舗とは区切られた自宅のほうに入る。
趣味の良さそうな家具が置かれた居間に、シアさんとリーア、そしてデリークトの公爵夫妻がいた。
「ようこそいらっしゃいました」
俺は正式な礼をとる。
「驚かないのですね」
シアさんが、何故か残念そうな顔をした。
建国の挨拶状を送ったのだから、誰かが様子を見に来るとは思っていた。
俺の予想としてはリーアの妹夫妻かな、と思っていたけど、ご両親が来るとは。
「先日は失礼いたしました」
「いや、無礼をしたのはこちらだ。
国を思うあまり、親として娘を守りきれなかった」
挨拶を交わすご両親の顔には後悔が滲んでいる。
「私たちを、どうかお許しください」
リーアの母親は涙ぐみ、謝罪の言葉を口にした。
「止めてください。 私にはお二人に対する怒りも恨みもありません」
キーンさんからは、あの後、公爵夫妻が俺に罪がないことを公に認めてくれたと聞いている。
おかげでデリークトでは俺は罪人扱いはされていない。
「リーアのご家族は、私にとっても家族ですから」
今日は黒髪なので胡散臭くならないように真面目に微笑む。
リーアも涙を溜めた瞳のまま笑っていた。
きっと感動の再会をしたのだろう。
リーアはあれからずっと、俺の手前、平気な顔をしていたけど心残りだったと思う。
ちゃんと親子として話ができたようで良かった。
「申し訳ありませんが、私は祭りの余興がありますので失礼します。
皆様はごゆっくりしていってください」
キーンさん夫婦に目配せして、リーアに頷き、俺は外に出た。
子供たちが花火を楽しみにしているからね。
砂漠でお留守番のユキにも見えるよう、高く大きく、あげてやろう。