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その頃、王都では 1


 ここは王都の歓楽街近くにある老舗の雑貨屋。


すでに深夜を過ぎているが、老人が二人、お茶を飲みながら話をしている。


「良い知らせかい?」


すっかり諜報兵たちの裏の連絡所になっている店の奥で、痩せた老人が手紙を読む男性に声をかけた。


その影のような黒い服の男性が無表情で読んでいるのは部下からの報告書。


「次にサーヴに向かう荷物の便はいつ頃だ」


見かけは地味で大人しそうな男性に見えるが、その声は恐ろしいほど冷えていた。


「そうだなあ。 荷は集まっておるし、いつでも出せるぞい」


痩せた老人はこの雑貨屋の女主人の夫である。


高齢ではあるが、冷ややかな男性の声にも飄々(ひょうひょう)と答える。


「あとで部下への指示書を届ける」


「分かった。 それを入れりゃあいいんだな」


老人たちはお互いに頷き、黒い影はいつの間にかいなくなっていた。




 雑貨屋の老人は南の辺境から手紙と共に届けられた荷を開ける。


「気をつかいおって」  


元・王宮の庭師だった老人は、サーヴの青年から届いたお金を受け取った。


こちらが勝手に荷物を送っているのだから代金は不要だと言ってあるのだが、こうして荷に紛らわせて送られて来る。


それを受け取る度に、老人は次はそれ以上の珍しいものや青年の好きそうなものを入れて送る。


そしてまたその代金が送られ来るというやり取りが続いていた。


「さて、坊は元気そうかな」


さっきまで話しをしていた黒い影のような老人が置いて行った報告書を読む。


そこには淡々と、南の辺境地で過ごす青年の様子が描かれている。


「ほお。 とうとうエルフの村を見つけたか」


痩せた老人がニヤニヤしながら読んでいると、店先から身体の大きな男性が入って来た。


その体は服の上からでも胸や腕の筋肉がかなり鍛えられているのが分かる。


店の床に雑多に置かれた品物を避けながら奥へと歩いて来た。


「爺さん、楽しそうだな」


「ほっほっほっ、お前さんも爺さんだろうが」


その大柄な老人も届けられた手紙を楽しみにしている一人である。


「どれどれ、坊主は元気でやっとるか」


「おい、まだワシが読み終わっておらん。 もうちょっと待て」


雑貨屋の老人は、顔を顰めた客の茶を使用人に頼み、続きを読み始めた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 



 その頃、王宮の一室でもその報告を楽しみにしている女性がいた。


「ラトキッドさん。 例の手紙はまだですの?」


珍しく、簡易だがきちんとした軍服を着た諜報兵は、今日はいつものヘラヘラとした様子もない。


真面目な顔で国王の一人娘であるアリセイラ姫に目配せで声を落とさせる。


「あ、ごめんなさい」


王宮でケイネスティの名前は禁句である。


姫であればまだ許されるが、文官や兵士がその名前を出せば罪人にされる恐れもあった。


「もうしばらくお待ちください」


他の者たちが目を離した隙に渡す予定である。


彼は姫に近づき、声を潜めて答えた。


そして彼女の目の前に華やかな菓子の乗った皿を置き、すぐに離れていく。




 アリセイラは十四歳。


十五歳の成人の儀式が終われば、次は隣国の王太子との婚姻が待っている。


大切な身であるため、周りの従者や護衛騎士はピリピリしていた。


同じ国の兵士であってもラトキッドも迂闊うかつに近づくことは出来ない。


 今日は料理長の息子であることを利用し、菓子を届けに来ている。


姫の自らの依頼で、彼は定期的に新作の菓子を届けることが許されているのだ。


「ありがとうございます」


少女から美しい女性へと成長した姫は、花のように微笑んだ。


ラトキッドはいつかこの笑顔をサーヴの青年に見せてやりたいと強く思った。




「あ、いいなあ。 ラトキッド。 私にもその菓子の味見をさせてくださいよ」


濃い茶色の真っ直ぐな髪を肩の下で切りそろえた、賢そうな顔の青年が護衛を引き連れて、アリセイラの部屋へ入って来た。


「クライレスト兄様、勝手に入って来ないで!」


いきなりの訪問に驚いた姫が声を荒げる。


「あはは、ごめんごめん」


 アリセイラの兄の一人、クライレスト。


四人いる王子のうち三番目の王子である。


ケイネスティは第一王子であるが王位を放棄しているため、現在の王位継承権第一位は第二王子であるキーサリス王子、そしてその次にクライレスト王子となる。


「今度の成人の儀のことで、ちょっと内緒で話があるんだ」


クライレストは自分の護衛たちも、アリセイラの護衛たちも部屋から出す。


ラトキッドも出て行こうとしたがクライレストがどうしてもと止めた。


王子に懇願されると誰も断れない。


ラトキッドは他の護衛たちの嫉妬の視線を浴びながら、平然とした顔で部屋に残った。




 人払いが済むとクライレストは盗聴避けの魔道具を起動させた。


従者たちも下げられたので、ラトキッドはクライレストに席を勧め、追加のお茶とお菓子の用意をする。


うれしそうにパクパクと菓子を頬張る兄に妹は胡乱な目を向ける。


「どうせケイネスティ兄様の件でしょう?」


兄が妹の成人の儀などで本人に相談する要素はない。


 お茶を飲んで一息ついて、クライレストはようやく口を開いた。


「ふふ、よく分かったね」


アリセイラはこの兄が自分と同じように長兄であるケイネスティを慕っていることは知っている。


「アリセイラばかりケイネスティ兄様の手紙を受け取っているなんて、ずるいよ」


確か今年で十八歳であるが、まるで無邪気な子供の様に笑う。


しかし、アリセイラはこの兄が一番、策略家であることも知っている。


「ラトキッド。 私にも兄様についての報告書を見せてもらえませんか」


クライレストは、無表情のままのラトキッドを見上げる。


「はあ、そんなに警戒しないでください。 私だってケイネスティ兄様の王位継承権復活を望んでいるんですから」




 クライレストは、一つ歳上の兄であるキーサリス王太子と仲が悪いという訳ではない。


ただ王としては力量は今一つだと思っているのも本当だ。


本人はやる気に満ちていて、子供のころから一生懸命、国政を勉強をしたり、身体を鍛えたりしている。


「キーサリス兄上はどうも空回りしている気がするんですよねえ」


クライレストは次期宰相候補といわれ、ローレンス宰相から直接指導も受けている。


やはり周りの文官たちのキーサリスの評価は、クライレストとそう変わらない。


しかし、父親である国王は早くキーサリスを王にして、自分は引退しようとしている節があった。


クライレストも兄が国王になり、自分が宰相となることを期待されているのだということは分かっている。


それでもケイネスティに対する反対派貴族を見ていると不安を消すことが出来ない。


いつ、自分も同じように排除される身になってもおかしくはない。


「このままでは国が危ないんじゃー」


「クライレスト殿下」


ラトキッドは咎めるように口を開く。


「それはケイネスティ様と何の関係もないかと」


控えめに俯いたまま平坦な声を出す。


「そうかなあ」


クライレストは何やら楽し気に瞳を輝かせる。


「私はケイネスティ兄様こそ国王に相応しいと思っているんだけどね」


「クライス兄様!」


妹が子供のころのように愛称で呼ぶと兄はニコリと微笑む。


でもそれは、思っていても口に出してはいけない言葉だった。


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