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100・俺たちはケンカを終わらせる


 クライレストに殴られた酷い顔のままのキーサリスを連れて、俺は祈祷室から直接、砂漠の町に戻った。


下手に祈祷室のある場所を知られるとまずいのでね。


 湖の側の移転魔法陣の目印である杭の横。


王太子付きの護衛が塔の中ではなく、その場所に何人か転がっていた。


「あ、ネス。 お帰りなさい」


「うん。 ただいま帰りましたー、って何この人たち」


ケガの治療をしていたリーアと、護衛に付いているらしいクライレスト付きの兵士。


「あ、あの、この人たち、結界の中に入れなかったのでー」


リーアが微妙に顔を逸らす。


あー、それはこっちの落ち度だ。


「ごめん、そうだった。 俺に悪意を向ける者は結界に入れないもんね」


では、と俺はキーサリスに顔を向けた。


「悪いけど、ケイネスティと和解したことをこの人たちに教えてあげて」


少なくとも忠誠心のある者なら分かってくれるはず。


「何を今さら!」とケガをしているくせに元気な声が上がる。


あ、これは無理。


キーサリスも苦い顔してるし。




「こんなところで寝ころんでいたら干からびますよ」


俺は、彼らの中で一番地位がありそうな者の傍にしゃがみ込んで、真正面から顔を見る。


「砂漠は甘くないんです。 あなた方が住む王都や、教会の中のように」


上の命令を聞いていればいい訳じゃない。


「慣れていない者は自分が生きることで精いっぱい。


誰も他人のことになど気にしてる暇はないんですよ。


まして、遠い場所にいる者がこの現状を知っているとでも?」


自分でどうするのか判断出来なければ死ぬ。


「わ、我々は次期国王となられる王太子をー」


「へえ。 その大切な王太子をこんな危険な場所へ連れて来た人がいう言葉かな」


俺なら絶対王都から出さないけどな。




 キーサリスが俺の横に来て座り込んだ。


砂、熱いだろうに。


「すまない。 皆を連れて来たのは私だ」


そして遠い目をする。


「どうして私はここへ来てしまったのだろう。


何かに追われるように急かされて」


「殿下は間違っておられません!」


はあ、こいつまだ元気そうだなあ。


『ケンジ、今は口を出さないでくれ』


うん、分かってる。


この兵士が王子の大事な弟にちょっかい出さないか、見張ってるだけ。


 キーサリスはふいに着ていた服の袖を捲る。


彼の腕には青黒い痣があった。


それを見たリーアが口に手を当てて驚いた表情になる。


「私はこの痣をケガの跡だと言われていた。


いつケガをしたのか覚えていないが、私が生まれた時から一緒にいるお前なら分かるのか?」


「それはー」


その側近の兵士の目が泳いだ。


俺もクライレストも大きくため息を吐いた。




「フェリア姫の顔を見て、私は思い出した」


さすが王太子だ。 ちゃんと他国の姫の顔は覚えていたか。


 キーサリスは、今まではこの痣はあって当然なのだと思っていた。


しかし、痣が消えたリーアを見て、もしかしたらこれも誰かから受けた呪いなのではないかと気づいたようだ。


「ケイネスティ兄上。 呪詛は誰にでも行えるものですか?」


キーサリスの言葉に王子が頷く。


「ああ、呪術を学んでさえいればエルフ族でなくても出来る」


王都に術者がいるとは思えないが、利用するために連れて来られたかもしれない。


以前の王都の教会は亜人を捕えて処刑していた過去があるそうだからね。


 キーサリスはその側近の兵士にもう一度問う。


「お前たちがかけた呪詛は兄弟げんかさせるためだったのか」


小さな痣だった。


幼い王子に付けた傷は、最初はただ単に兄に対する嫌悪感だけだったのかもしれない。


しかし、それは成長とともに身震いするほどに大きくなった。


砂族の、あの何とも言えない噂が広がったのと同じように、じわじわと精神を浸食して。


兵士は言いにくそうに顔を俯かせたまま答える。


「そ、それは生母様がー」


「分かった」


兵士の話を遮って、暗い顔のキーサリスは立ち上がる。


たとえ事実でも母親の嫌な話は聞きたくないんだろう。




「兄上。 私はこの呪詛に負けはしない。


声は出せなくても立派に生きているあなたのように」


腕の痣を見せて、脳筋弟は笑った。


その顔にはまだ少し後悔や不安を残していたけど。


「無理はなさいませんように。 私は、依頼があればいつでも解呪いたします」


ケイネスティも笑顔を見せる。


「これで兄弟げんかは終わりですね」


というクライレストの声に、


「今回はな」


と、俺は返事を返した。


むぅと眉を寄せる弟たちに、俺は大声を出して笑う。


「あははは、ケンカなんて何度でもすればいいさ」


またきっと機会はある。


「ええ、他人に口出しされないよう、お互いに直接文句を言い合いましょう」


キーサリスは自分で答えを出したようだ。


「じゃあ、私はケンカの腕も上げておきますかね」


クライレストは自分の細い腕を見て、少しげんなりしていた。


アブシース王国の三人の王子はお互いに頷き、笑い合った。




 俺はキーサリス王太子一行をサーヴの町へと送る。


一度に全員を運ぶと言ったら宮廷魔術師たちには驚かれたけど、


「ああ、『王族の祝福』があるおかげですね」


と年長の魔術師が理解してくれたようなので、俺は黙って頷く。


魔法陣を特殊布に描いて身体への負担を軽減していたり、王子自体が詠唱して魔力を増幅してるせいでもあるんだけど。


それはまあ、言わないほうがいいな。


 移転魔法陣の目印の杭で、一番ウザスに近くて人目に付かない場所は、領境である峠の見張り台しかなかった。


俺たちは、そこで別れる。


ガストス爺さんはまだウザスにある軍の本部にいるらしい。


「合わせる顔がないです」とキーサリスはそのまま軍用船に向かう。


宮廷魔術師たちはケガ人が多くて、王都までの移転魔法を使うには魔力が足りなかった。


船には、ある程度動かせる者は必ず残っているという。


それでもキーサリスの護衛だけでは不安なので、クライレストの一行も同乗して帰ることになった。


「ケイネスティ兄上、また来ます」


「えーっと、来るなら事前に連絡を」


クライレストは頷いてはいるが、周りの護衛たちの顔を見るとどうも信用出来そうにない。


ま、そういう時は無言で追い返してもいいかな。




 王都から連れて来た傭兵たちを残し、偽装していた兵士たちだけを乗せた軍用船は出航して行く。


残った者で王都へ帰りたい者は普通の定期船に乗ってくれと、その分も給金が多めに支払われる事になった。


 翌日、俺はその定期船に乗るガストスさんを見送りに出る。


リーアとユキも連れて来た。


「まったく、今回はわがままな王子に振り回されたな」


爺さんは相変わらず、がはははと豪快に笑う。


「だが、ワシはネスの奥さんも見れたし、クシュトのやつに自慢できる」


そう言って俺の黒い髪をガシガシと撫でた。


「魔術師に<遠見>で砂漠の町を見せてもらった」


小さな池のある広場に、張りぼての家が十軒ほどの町。


近くに大きな湖と高い塔がある。


「もう少し大きな町になったら、また来てください」


俺はノースターの時とは違う、この土地の食材で作った弁当をたくさん渡す。


今朝、リーアとふたりでがんばって作った。


「楽しみにしてるぞ。 その時は孫の顔でも見せろ」


うれしそうに冗談を言って乗り込んで行った。


俺は小さくなる船に笑って手を振る。


リーアとユキが俺の横で一緒に手を振っていた。



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