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98・俺たちは兄弟げんかをする


 俺とキーサリスの間は、やっと大声が届く程度の距離。


もう少し近づこうか。


一歩前へ。 先ほど、矢を射かけられたせいか、兵士たちは警戒して下がろうとする。


お前ら、護衛する王太子を残してってどうするんだよ。


一人の兵士が気づいたようで、しきりにキーサリスの腕を引いているが、彼は下がろうとしない。


 ローブを着た魔術師らしい男性が出て来て、王太子の前に立つ。


「近寄るなっ」


大声で威嚇してくる。


さて、どうしたもんかな。




「殿下にお答えするためには、もう少し近寄らなければならないのですが」


そう言いながら、俺は足を前に出す。


俺の声が聞こえないのか、その魔術師の杖が動いた。


カッと音がして、矢がその杖に刺さり、魔法の発動を阻害する。


「く、くそっ」


十数人の兵士たちが王太子の周りに集まり、湖の対岸を指差していた。


「卑怯だぞ!、エルフに狙わせるなど」


だから、そんな大声でしゃべらないといけない距離だから近寄ろうとしてるのに。


「私はキーサリス殿下にだけ、お話がしたいのです。


他の方が動けば、後ろのエルフたちが動きます」


ギリッと音がするほど魔術師の男性がくやしそうな顔をする。


 ようやく声が届きそうな位置まで来た。


俺はもう一度、膝を折って礼を取る。


「このような遠い場所までようこそ、キーサリス殿下」


さっきのような威勢のいい言葉は出てこない。


 俺は顔を上げ、真っすぐに弟の顔を見る。


父王によく似た茶色の髪に青い瞳。


背丈はクライレストより低いが、鍛えられた筋肉で身体はがっしりと重そうだ。


「お疲れでしょう?。 あちらの塔に歓迎の用意をさせました。


一旦ご休憩されればよろしいかと」


こちらには戦意はなく、あくまでも歓迎ムードなのだと下出に出る。




「私が何故、ここまで来たのか。


あなたは分かっていないのか」


キーサリスはさっきまでお前だの、貴様だの言ってたのに、呼び方が変わったな。


俺はのんびりという感じで立ち上がった。


「さあ、何かございましたか?」


王子の金髪緑眼で天使の微笑みを浮かべる。


うん、俺じゃ胡散臭くなるからね。


「そちらが国を乗っ取ろうとしているという情報があるのだ」


キーサリスの側近なのだろう。


高価そうなローブの魔術師が俺を睨む。


「はあ、何故そんなことをする必要があるのでしょう?」


国を乗っ取る、すなわち俺が国王になるということか。


王宮が嫌いなのに、そんなことする訳ないじゃん。


首を傾げると、兵士たちはますます苛立たしそうに怖い顔になった。


王子、天使の微笑みが効いてないぞ。




「確かにあなたは王位継承権を放棄している。


だが、ノースター領の発展、この砂漠の町の再興は王家にとっては脅威なのだ」


キーサリスの言葉に、俺は大きく息を吐く。


「自分が過ごす領地と、自分が守るべき民のために、力を尽くしただけです」


「それが!、そのためにキーサリス殿下がいちいち煩わされるのだ!」


身体の大きな護衛騎士が前に出て来て叫ぶ。


「何故でしょう?」


俺は本気で分からない。


「誰かが、殿下と私を比べでもしましたか?」


王太子がグッと唇を結んだのが分かる。


「私が生きている限り、殿下の障害になるとでも言いましたか?」


俺の声が若干低くなる。


「そんな言葉に踊らされて、あなたはこんなところまで来たのですか。


血のつながった兄をこの世から消すために」


俺の目が細められたことに気付いて、護衛たちが殺気立つ。




「私は殿下と対立している訳ではない。


それなのに、何故そんなことを言う者がいるのか、考えたことはおありですか」


俺はさらに前に出る。


護衛が一人でも前に出れば、その足元に矢が突き刺さり、魔術師が詠唱を始めれば、その顔の真横を矢が横切る。


「誰も本当のことを知らないのに。


私の気持ちは、国や民や、家族を想う気持ちは誰が知っているというのですか」


護衛たちは身動きが取れなくなり、じりじりと下がって行く。


そして、王太子だけがその場に留まっていた。


「それはー」


キーサリスが悩んだ末に何かを言いかけた時には、俺は彼の目の前にいた。


「なあ、キーサリス」


ずっと真面目な態度を保っていたが、ここまできたらもう要らないよな。


俺はニヤリと口元を緩める。


「これは兄弟げんかだよ。


お前は優秀な兄貴が気にくわない。


俺は、何不自由なく安穏と父親の側で暮らす弟がうらやましい」


王子の弟である王太子は、驚いて口をポカンと開けている。


「不満があるのはお互い様なんだよ」


顔を寄せてしまえば周りの兵士たちには聞こえない程度の声。




「うわああああああ」


護衛がブチ切れて剣をめちゃくちゃに振り回しながら俺に向かって来る。


今度は足元ではなく、その足に矢が刺さる。


「ぎゃあああ」


次々と剣を抜いた護衛騎士や、杖を振り回す魔術師が矢を受けて転がる。


キーサリスは目の前の俺から目を離すことが出来ずに、ただ茫然と立っていた。


部下たちの悲鳴が増える。


やっと周りに気づいた王太子の顔が怒りに染まった。


「あ、あなたは、やはり私のことをー」


剣を抜こうとしたキーサリスの手を掴む。


「やはり、何だというんだ。


お前をバカにしてるとでも吹き込まれたのか」


キーサリスはハッとした顔をする。


図星か。 俺は顔を背け、大きくため息を吐く。


そしてもう一度怒りを込めてキーサリスの顔を覗き込む。


「私にはアブシースの国王になる意志などない。


だけど、言葉だけでは証拠にならないことも分かっている」


俺はキーサリスの腕を掴んだまま、移転魔法陣を発動した。




 俺とキーサリスは湖のすぐ側に移動する。


そこにはクライレストが待機していた。


「キース!、あれだけ言ったのに」


ボカッと鈍い音がして、クライレストが本気で殴ったのが分かった。


俺は静かにクライレストの腕を掴んで止める。


キーサリスは砂の上に転がっていた。


「ふん、クライスまで抱き込んでいたとは」


負け惜しみのようなキーサリスの言葉に、クライレストはさらに殴ろうとする。


俺はクライレストを羽交い絞めにして止める。


「もういいだろう」


そして、俺はキーサリスに手を差し出して立たせようとした。


まあ、当然顔を背けて手を払いのけようとするよな。


俺は右手でグイっとキーサリスの胸倉を掴み、左手でクライレストがそれ以上近寄らないようガードしている。


「王子、頼む」


『分かった』


身体の中で王子が杖なしで移転魔法陣を発動した。


 


 兄弟三人が出現した場所は、サーヴの教会の中。


祈祷室である。


「え?」「ここは?」


二人の弟がぼんやりとした照明が点いた部屋の中を見回す。


俺は三つの台を、小さな女神像の前に並べた。


その一つにキーサリスを乗せ、他の一つにクライレストに乗るように指示。


最後の一つに乗り、俺は祈りを捧げる。


「いったいここはー」


キーサリスが喚く前に、部屋は光に包まれた。


 女神の呼び出しに必要なのは、「騎士」「文官」「魔術師」である。


王族の兄弟は、脳筋キーサリスに宰相候補クライレスト、魔術師ケイネスティでちょうど良かった。


「呼びましたか?」


見上げるステンドグラスから女神が下りて来る。


「女神様、この弟にケイネスティは国王にならないと言ってやってくださいよ」


俺はうんざりした顔で女神に頼んだ。


二人の弟は唖然とした顔で、王子と女神、そして黒髪の俺の姿を見比べていた。



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