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97・俺たちは賭けに出る


 陽が落ちるまでに休憩と食事を交代でとってもらう。


人数が多いので一度には無理だからね。


もちろん、俺が率先して食事を作っている。


王都の兵士たちは「畏れ多い」と戸惑っていたが、


「何言ってるんですか。 腹が減っては戦は出来ない、ですよ」


と、パンを大量に乗せた皿を目の前に置く。


『ケンジ、それ、この世界の言葉じゃない』


あー、そうか。


でも意味は通じるだろ?。


「ほら、さっさと食べて身体を休めろ」


クライレストが彼らに声をかけ、兵士たちはようやく動き出す。


「兄上」


食事を終えるとクライレストは俺の側に来て、小声で話しかけてきた。


「ケイネスティ兄上のことですから心配はしていません。


ですが、私にもちゃんと参加させてくださいよ?」


俺なんかよりよっぽど胡散臭い笑顔だ。


「ええ、もちろん見せ場はありますよ」


周りを見回し、誰も聞いていないことを確認して簡単な打ち合わせをする。


うれしそうに「ふふふ」と笑いながら、背の高い弟は離れて行った。




「兄弟げんかか。 楽しみですね」


イシュラウルさんたちは何も言わなくても食べていた。


エルフの村でも俺は食事作りを手伝っていたから、彼らの好みは知っている。


彼らは小食なので、さっさと終わらせて外の様子を見に行った。


 ラスドさんが俺の側に来て、木材などを運び終わったことを教えてくれた。


「ありがとうございます、助かりました」


張りぼての町を後で確認しよう。


ラスドさんの視線がリーアをチラリと見た気がした。


「何か?」


「ああ、奥様がなかなか肝が据わっておられると思ってね」


ラスドさんの顔はどちらかというと微笑んでいる。


悪い感情でなくてホッとする。


 リーアは砂族の若者たちと一緒に手伝ってくれていた。


そろそろ食事を終えて、塔の一階は休憩に入った者がくつろいでいる。


「こちらも片付けましょうか」


戦闘が長引いた時のために、塩気のある間食と、お茶の入ったやかんのような容器を大量に用意する。


リーアが魔法を使っているのを見た。


「どうしたの?、何か必要なものがあるかな」


声をかけると、リーアは大丈夫と首を横に振る。


「がんばって覚えましたの。


この容れ物に冷却の魔法をかけてみました」


魔法の勉強は順調のようだ。


『無駄のない魔法陣だ』


王子も頷いている。


『あとは、空になった時に停止するようにしないと』


それを伝えるとリーアは「あっ」と言って魔法陣を描き直していた。


王子、あとで黙って描き換えてあげれば良かったんじゃない?。


女性には甘い王子らしくないぞ。


『魔法は妥協できん。 特に彼女は今、勉強中だろう?』


おおう、まるで師弟関係みたいだな。


「教えてくださって、ありがとうございます」


リーアがうれしそうに礼を言ってくると王子の心臓がドキリと波打った。


俺はそれをニヤニヤと眺めていた。




 さて、静かになった塔を出て、俺は張りぼての町を見に行く。


【ゆきもいくううう】 


 張りぼての町の中心の池。


俺はユキといっしょにその周りを中心に見て回る。


「塔の上から見てるのと、近くで見るのとは違うなあ」


上から見た時はただの張りぼてだと思って見ていた。


でも実際、こうして目の前にすると、本当にしっかりとした家が並んでいた。


「デザ、やり過ぎだ」


呆れて苦笑が浮かんだ。


手を抜かない職人気質の、デザの性格そのままが出ている気がする。


「王子、これが皆で造った町だ」


『うん』


今はまだ張りぼての町だけど、いつか、誰にも文句を言わせない町にしよう。


『ああ』




「行くか」


大型犬よりも一回り大きくなったユキの頭を撫でる。


並んで歩くと、ユキの頭は俺の胸の辺りだ。


「大きくなったなあ」


【ねすもおっきくなったの】


そうかな?。


自分ではよく分からないけど、どうやら身長は少し伸びたみたいだ。


「俺もユキも大人になったってことか」


【うん、ゆきもね、お母さんになるのよ】


「え」


俺の足が止まった。


「ユキ、今、何て言った?」


【うふん、ねすはおじいさんになるの】


そう言ってユキは先に駆けて行った。


「待て、ユキ。 ちゃんと説明しろっ。 父親は誰だああああ」


予想はついてるけどね。




 結局、詳しいことはこの兄弟げんかが終わってからということになった。


ユキにはまだ誰にも内緒にするように頼まれる。


父親にもまだ知らせていないらしい。


俺は「無理はするなよ」と言いつけて、デザに預ける。


デザとピティースがユキを連れて塔を上って行った。


塔の内部はリーアの指導で現在、簡易診療所になりつつある。


サイモンに、クロとアラシの世話を頼んでおく。


張り切ってがんばり過ぎないように釘を刺しておいてくれ。


「ネス、ちゃんと帰って来てね」


サイモンは俺の腰に抱きついた。


「ああ、もちろんさ」


最初に会ったときは無口な少年だったが、今はしっかりとしゃべるようになった。


父親のガーファンさんが砂族の高貴なお方なので、この子はまあ、王子と同じ立場だろう。


「未来は誰にも分からないけど」


それでも、この子たちの未来が少しでも良くなるように俺たちががんばるしかない。




 俺はエルフの黒服隊と一緒に装備の確認をする。


いつものフード付きのローブに、履き慣れたショートブーツ。


赤いバンダナを口元に巻き、背丈と同じ高さの魔法の杖を取り出しておく。


容姿は金髪緑眼の王子だ。


 湖の側へと誘導するための砂山を作り終えた砂族の者たちが戻って来る。


「お疲れ様です」


俺はガーファンさんに声をかけた。


「ネスさん、くれぐれも気を付けて」


何故か潤んだ瞳で手を握られた。


「ええ、心配ありませんよ。 ただの兄弟げんかですから」


安心させるようにニコリと笑うと余計に複雑な顔をされた。


「ネスさんは時々常識外れなとこがあるから」


あー、すみません。


俺はポリポリと頬を掻く。


ザザッと砂を駆ける音がして、クロが姿を見せた。


【来た!】


向こうに動きがあったようだ。




「行きましょうか」


「おう」


脳筋エルフたちの返事が怖いよ、もう。


俺はフードを深く被り直す。


 町の結界は塔までを包み込み、湖周辺は外れている。


エルフの一行は俺の背後、湖の対岸に整列していた。


砂狐たちは塔の近くで砂色に変色し、気配を消している。


塔の上には見張り、塔の一階には救護の準備態勢。


 俺は一つ深呼吸をして、王太子一行が来る方角へと歩く。


夕暮れにも係わらず陽炎のように揺れる暑い空気の中、黒い点が現れた。




 俺の姿を見つけたのか、先行していた兵士が戻って行く。


彼ら、二十数人の姿が俺の目にもはっきり見える位置まで来た。


「誰だっ」


大きな身体の兵士が大声を上げる。


いやいや、それはこっちのセリフだって。


「遠いところをはるばると、ようこそ。 キーサリス殿下」


俺はフードを取り、バンダナを念話鳥にして肩に乗せた。


砂の上にゆっくりと膝を折り、最敬礼を取る。


 警戒する一行の中央から気合の入った装備の王太子が一歩前に出て来た。


「ケイネスティ、ここでいったい何をしている」


若干、声が震えていた。


「貴様は何を企んでいるんだ!」


俺は顔を上げずに、ただ彼の声を聞いていた。


「答えろ!」


苛立った声が頭を上を通り過ぎる。


「ええい、王太子殿下のお言葉にちゃんとお答えしないか!」


剣を抜き、俺に近寄ろうとした兵士の足元に一本の矢が突き刺さる。


「ヒッ」


俺はゆらりと立ち上がった。



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