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その頃、砂漠の町では 1


 デリークト公国の公爵家の第一子だったフェリア姫は、現在はリーアと名乗っていた。


国を出てからは、彼女は隣国であるアブシース王国の青年と暮らしている。


彼とは婚姻届を済ませ、正式に夫婦となった。


「ネス様が戻られるまでには覚えたいわ」


リーアの夫であるネスは魔術師である。


今は研究のため砂漠の町に滞在していた。


 リーアは彼が子供のころに使っていたという魔導書を借りた。


「リーアさん、がんばりましょう」


魔導書は魔法を使えない者を導く書物だ。


その本を開けば、魂を本に移した元宮廷魔術師が小さな幻惑となって現れ、指導してくれる。


「はい、魔術師マリリエン様」


夫はサーヴの町に出かけているので、彼女は一人の夜を魔術の勉強に費やした。




 砂漠の朝は早い。


太陽が昇り切らないうちに仕事を進めようとするからだ。


季節は秋。


町では涼しくなる頃だが、砂漠の日中はまだまだ暑く、夜は急に冷え込むようになる。


 リーアの傍にはネスがかわいがっている白い砂狐のユキがいる。


魔獣である砂狐は気配察知に優れ、ネスが命を救ったユキは、彼の代わりにリーアを守っていた。


「おはようございます、皆さん」


砂漠の町には現在砂族の、ムーケリさん一家四人と未成年の少年ポルーくん。


職人の、デザというイケメン青年とドワーフの女性ピティース。


そして砂族の少年サイモンとその相棒の砂狐アラシが滞在している。




「いただきます」


食事はなるべく全員が揃って摂るのだが、リーアはサイモンの様子に手を止める。


「あの、サイモン。 それ、ネスもやっていました。


わたくしにも教えていただけますか?」


薄い肉を挟んだパンを口に咥えたサイモンがキョトンとしている。


「そういや、ネスの旦那、食事の時は必ず手を合わせてるな」


デザが不思議そうにサイモンのマネをすると、他の者たちも同じ様に手を動かす。


「あ、あのね。


食べ物とか、それを作ってくれた人とか、育ててくれたお日様とか。


皆んなに感謝する祈りなんだって」


サイモンが少し赤い顔でがんばって説明すると、リーアは微笑んだ。


ネスは習慣になってしまっているのか、サラッとやってすぐ知らん顔になるので、リーアは今まで聞きそびれていた。


「ありがとうございます、サイモン。 とても素敵な祈りですわ。


こう、ですね?」


皆がそれを真似し、「いただきます」の声と笑い声が塔の中に響いた。




 砂漠の町で現在行われている作業は地上部分に張りぼての家を建てること。


湖の近くにある高い塔の上から見ると、そこそこの規模の村に見える。


リーアは力仕事は男性たちに任せ、ムーケリ夫人とその娘の三人で、町を囲む結界内で作物が作れないかを調べていた。


「私もご先祖様からの言い伝えで聞いただけなのでね」


ムーケリ夫人の話では、砂地に強い農作物があるはずだという。


「確か、デリークトには砂族の村がありました。


そちらに訊いてみるのもいいかも知れませんね」


それでも水は必要だろう。


三人の女性たちは畑になる予定の場所へ水を引く方法を考えていた。




 湖の側にいる女性たちと、偽装の町で作業をしている男性たちの間を、サイモンと砂狐二匹が行ったり来たりしている。


その異変に最初に気付いたのはアラシだった。


ナアオーーーン


警戒の声を上げる。


ユキがサッとリーアに寄り添い、身構えた。


 僅かに結界が揺れ、リーアたちの近くに魔法陣とともに黒い人影が一つ現れた。


それは黒い服を着た男性のエルフだった。


「何者ですか」


ネスが不在の今はリーアが砂漠の町の責任を負う立場だ。


砂族の女性たちを背にし、一歩前に出る。


「ああ、ネスさんの奥様。 私ですよ、ラスドです」


思いっきり警戒され、慌てたエルフの男性が名乗った。


「ラスドさんでしたか。 申し訳ありません」


緊張を解き、リーアは微笑んだ。


 確かにエルフの村へ行った時にネスに紹介された男性に違いない。


しかし、リーアは女性たちに囲まれてしまっていたため、ラスドのことはうろ覚えだったのだ。


「ネスさん、いらっしゃいますか?。


頼まれていたものをお届けに来たんですけど」


そこへアラシの声を聞いたサイモンや、他の男性たちも駆けつけた。


「せっかく来ていただいたのに、ネスは出かけていますの」


そういえば、エルフの森へ行ったのは木材を調達するためであったと思い出す。


「では奥様にお渡ししてよろしいですか?」


「はい、少しお待ちください」


リーアはデザに事情を説明する。


「それなら、こっちに置いてくれ」


デザはラスドを張りぼての町の中心にある広場へ案内した。




 ラスドはその町を見て目を丸くしていた。


「立派な町ですな」


「いえいえ、張りぼてです。 中身はないんですよ」


デザは説明しつつ、届けてもらった木材を確認する。


すでに丸太や板などに加工されていた。

 

「いい仕事ですね」


一つ一つを確認していたデザが同じ職人として感心している。


「ネスさんに木工職人も頼まれましたからね。


私でよければお手伝いさせていただきますよ」


「それはありがたい。 助かるよ」


デザは感謝を示す。


「ああ、それと。 これも頼まれました」


エルフは魔法収納鞄を所有している者が多い。


その鞄から魔獣の皮が大量に出て来た。


「ああ、そっちはピティースだな」


デザはポルーにピティースを呼んでくるように頼んだ。


「ありがとう。 あとでこれをなめす作業台も作ってやってくれないか」


デザの言葉には個人的な謝礼が含まれていることをラスドは感じていた。


「もちろん、お役に立てるなら何でも言ってくれ」


ドワーフの革職人のピティースが姿を見せると、ラスドは事情を察して微笑んだ。


「ネスさんの知り合いは人族以外でも差別しないのだな」


デザは顔を顰め、「当り前だ」と呟いた。




 ラスドは作業のために、しばらくの間、この町に滞在することになる。


彼は地下の家を紹介されて驚き、一人用の部屋を案内されてまた驚いた。


「なるほど、これはすごい」


リーアは町を褒められて、うれしそうに微笑んだ。


「どうぞ、ごゆっくりなさってください」


食事は皆でとり、作業も共同で行う。


ラスドは順調に張りぼての家の扉や窓、家具などを作成していった。


 二日目の夜、ラスドは心地よい疲れのままにひとり塔に上がった。


以前、砂漠で行き倒れそうになったことがある。


その時はたまたま通りかかった砂族たちに助けられた。


「あの時とはずいぶん変わったな」


日中の暑さが嘘のような涼しい風に周囲を見回していた。


 砂漠の空には星や月の輝きしかない。 地表はただ真っ暗なだけのはずだった。


「あれは何だ」


その砂山の果てに小さな明かりが見えたのである。


魔術の揺らぎさえ感じた。


「誰かがいるということか」


ラスドは、しばらくその方向を注視していたが、やがてその姿は魔法陣と共に消えた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「キーサリス殿下、明日には目的地に到着いたします」


「ああ」


砂の山に隠れるように張られた結界の中。


アブシース国の王太子である青年は、少数の兵士とともに休息を取っていた。


小さな焚火に照らされた彼の顔には強い意志が見られる。


彼は今、ただ一つのことに突き動かされていた。


幼い頃から何度も繰り返し聞いていた言葉。


ケイネスティの脅威。


「私は、私の脅威を取り除く」


ただそれだけだと、呪文のように呟き続けた。



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