93・俺たちは珠を渡す
メミシャさんたちは南方諸島の船団を連れていた。
まあ、あのツーダリーが彼女をひとりで行かせる訳はない。
船の多くはすでにサーヴの港に入っている。
軍用船に乗り込んだのは彼女とエラン、そして南方諸島連合の数人の護衛だった。
さすが海賊上がりというか、自分たちの船より大きな船でも平気で乗り込むんだな。
「とりあえず、ようこそサーヴへ」
俺は彼女の手を取って船から降ろす。
ダークエルフではあるが、南方諸島連合の代表の第二夫人だ。
亜人扱いなんてしたら後が怖い。
俺が丁寧に扱うことで他の者にもそれを教えることになる。
そしてガストスさんの指示で、峠の兵士たちと自警団を呼んで倒れている者たちを縛り上げた。
「え、いいの?。 この人たち兵士じゃあ」
トニーが恐る恐るガストスさんを見上げた。
「ただの傭兵だ。 構わん構わん」
一応、彼らは表向き金で雇われた一般人である。
実は国の正規の兵士だと言われても、見た目じゃ分からないし、彼らも大きな声じゃ言えないはずだ。
ひとまとめにして甲板に転がしておいた。
「ご領主様に事情を説明していただけますか?」
俺は爺さんとメミシャさんを連れて、サーヴの領主館に向かった。
またゾロゾロと大移動だ。
町の住民たちが不安そうに見ている。
怖がって隠れてる者もいるな。 申し訳ない。
少年領主の私兵たちの船も戻って来ていた。
「ネスさん、これはいったい……」
「ご領主様、突然で申し訳ありませんが」
大きな部屋を借り、メミシャさんやガストスさんを紹介する。
「え、南方諸島連合の代表の奥方様ですか。
お初にお目にかかります、サーヴの領主をしております」
少年領主は慌てて正式な礼を取った。
「いいのよ、気にしないで。 押しかけたのはこちらだから」
俺の隣にはミランがいる。
南方諸島連合との話になると必要になるからね。
クライレスト殿下やガストスさんたちの紹介が一通り終わると、船の話になる。
「まあ、さっき話した通りだ」
ガストスさん、簡単すぎ。
「えっとですね。 ガストスさんは私の武術の師匠でして。
今回の傭兵に応募されて王都から船に乗って来られました。
こちらに着く前に他の傭兵さんたちから話は聞いていたようです」
今回の派兵は南方諸島連合との交易の調査という名目だった。
だが、ウザスに着いて事情を確認すると、怪しいところは無いという。
「それでキーサリス殿下もおいでになったが、やることがなくなってな。
ついでだから訓練でもするか、と海上には出たんだが」
ガストスさんの話では、そこで一部の者たちが船上で騒ぎ出したそうだ。
「あいつら、何を考えているのか知らんが、どうしても南方諸島に行くと言い出してな」
小さな島一つくらいは落として帰るんだと息巻いていたらしい。
「あの大きな軍用船ですからね。 気が大きくなっていたんでしょう」
クライレスト殿下はまるで他人事のように話すが、これ、国の一大事だと思うよ。
下手したら戦争だよ、外交問題でしょ。
「そこへちょうど私たちの船が通りかかったってワケ」
メミシャさんには、俺から高級なお茶とお菓子を出している。
彼女の機嫌を損ねるわけにはいかないからね。
メミシャさんたちは、エランと海トカゲの青年の案内でサーヴに向かっていたそうだ。
「ちゃんとお土産付きよ」
妖艶な笑みを浮かべて、自分の手下から荷物を渡してくる。
「感謝します」
ミランがそれを受け取り、後日またお礼をすると約束した。
王都からきた文官なのか、一人の男性が立ち上がる。
「そ、それは正規の取引ではないな。 町単位の交易は認められんぞ」
目の前で行われているのは密貿易ではないかと、大声でミランを非難する。
「えー、これは貿易なんていう大袈裟なもんじゃないわよ」
メミシャさんが不機嫌そうな顔をした。
ミランが胡散臭い笑みを浮かべ、文官に事情を説明する。
「私の肌を見ていただければお分かりでしょう。
私の亡くなった母は、南方諸島連合の代表であるツーダリー氏の親戚に当るんですよ」
最近になってそのことが分かり、連絡を取り合う仲になった。
「母のことに関してはあちらも色々と事情がありまして、こうしてわざわざ奥方様が来てくださったのです」
この品物は、ただのお土産なのである。
南方諸島特有の薄い布地の服を纏ったダークエルフが赤い瞳で睨む。
「何か問題あるの?」
絶滅したといわれていたダークエルフ族だが、危険な種族だというのはこの世界の共通認識らしい。
「い、いえ、ございません」
王都の文官はしぶしぶ座り直した。
俺はホッと胸を撫で下ろす。
クライレスト殿下がニヤニヤしながらこっちを見てる気がするけど、まあいいや。
問題ないなら早く帰りたい。
「では、メミシャ様。 よろしければ我が家で歓待させてください」
「そうね。 ここは何だか落ち着かないわ」
ミランがメミシャさんを地主屋敷へ連れて行ってくれるようだ。
「わしもウザスの軍に報告せにゃならん。
ちょいと私兵たちを借りれるかな?」
「あ、もちろんです」
ガストスさんは、峠の兵士たちに任せた軍用船の囚人たちをどうするか、相談に戻らなければならない。
まあ、あっちはすぐに解放されるだろうけど。
領主館から出ると、ガストスさんが俺に近寄って来て、
「あっちは任せておけ」
と言って、峠の見張り台に戻って行った。
その背中を見送っていたら、ミランに襟首を掴まれる。
「お前はこっちだ」
「えー」
エランも申し訳なさそうについて来る。
南方諸島連合の大きな身体の護衛たちは、サーヴの町が珍しいのかキョロキョロ見回していた。
「まったく、面白くないわね」
メミシャさんは地主屋敷に入っても不機嫌なままだった。
「何よ、あれ。 こっちが田舎者だってバカにしてるの?」
ああ、アブシースの王都から来た者にすれば、ここは亜人が多い。
王都と同じような態度は取らないと思っていたけど、さすがにダークエルフはジロジロ見ちゃうよな。
「いえいえ、初めてお目にかかるので緊張していたんでしょう」
俺としてはなるべく穏便に済ませたい。
俺の目的であるお土産の荷物を確認させてもらう。
ニヤリと笑みを浮かべてお礼を述べる。
「ツーダリー様にはよろしくお伝えください」
「分かったわ。 で、早く渡してよ」
メミシャさんがわざわざ、このサーヴまで来たのは欲しいモノがあったからだ。
何故か俺のことを上目遣いで見てくる。
いやいや、そんな熱い目で見られるとドキッとするんだけど。
俺は、服の内部に縫い付けている魔法収納から布に包んだ珠を取り出した。
「これが預かったモノです」
そっと彼女の前に置く。
無言で手に取り、彼女はそれを胸に抱いた。
「ありがとう」
この珠には、ダークエルフ族の一人の男性の全てが込められている。
彼女はその男性を「ご先祖様」と敬っていたし、最後の同胞として慕っていた。
「彼は最後まであなたのことを心配していましたよ」
俺は彼の最後の姿を見た。
いや、本当は最後までしっかり見ていなかったかもしれない。
俺、泣いてたし。
「うん、うん」
メミシャさんは以前は子供のように泣きじゃくっていたけど、今は落ち着いて静かに涙を堪えている。
俺は、彼女がツーダリーの元で安定しているのを感じてホッとした。