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88・俺たちは遠くを見る


 サーヴの町にいないほうがいいと判断して、俺は砂漠の町に戻る。


もう深夜なのでリーアを休ませないといけない。


地下の家の寝室で一緒に横になると、すぐに彼女は寝息をたて始めた。


あちこち連れまわしちゃったからな。 ごめん、疲れたね。


ベッドの足元には不安そうにしていたユキも丸くなった。


 俺はずっと眠ることも出来ずに、リーアとユキの寝顔を見ていた。


夜明け前に起き出す。


地下の家の居間から階段を上がり、地上の家に出る。


ここもちゃんと住める家になっていたので、軽く掃除をして鞄から手持ちの家具を出した。


 俺はこっちの寝室で寝ころぶ。


布を張っただけの窓から月明かりが差し込む。


いや、もうすぐ夜明けだ。


この光は朝陽かしれない。




「キーサリス王太子か」


『よく覚えてはいないが、父のマネばかりしていたやつだな』


そうだったかな。 俺はあんまり覚えてない。


妹のアリセイラのいたずらで新年の挨拶に紛れ込んだ時くらいしか見てないからな。


「外見が国王に似ていたのは覚えているけど」


『ふっ、だからって何もかもマネする必要はないだろう』


でも、それってさ、見本になりそうな大人が父親だけだったんじゃね?。


『見本?』


うん、つまりさ。


「見習いたい、尊敬できる人間があまりいないってことさ」


そういう環境を意図的に作られていた、とかかもね。


『確かに。 だけど、王宮の中では家族以外は特定の侍女や従者、近衛兵士しかいない』


そうだよな。 王子の周りにはクズしかいなかった。


そしてそれは、ケイネスティだけの問題ではなかったのかもしれないということだ。




 俺は爺さんたちに出会えて幸運だった。


たくさん鍛えてもらえて、制限はあったけど、ある程度は自由に勉強もさせてもらえた。


さっき再会したばかりのガストスさんの顔を思い出す。


大きな身体も、げんこつも、懐かしい。


だけど、白髪が増えていた気がする。


「やっぱり俺のせいだよな」


雑貨屋にいた庭師のお爺ちゃんも、王宮を辞めていた。


『いや、ケンジ。 あまり自分を責めないでくれ。


元々、彼らは引退した、あるいは引退する予定だった者たちだ』


そうなんだろうけど。


「王子、俺はさ、これ以上俺たちのせいで苦しむ者を出したくない」


『それはどういう意味だ?』


「俺の話を聞いてくれるか」


俺たちは久しぶりに魔力の部屋で顔を突き合わせて話をした。


 やがて空が白く明け、外に出た俺たちは大きく息を吸い込む。


「さあ、やるか」


今日はよく覚えていない弟が来る日だ。




 砂漠の町では、朝食は全員集まって塔の中で採る。


「おはようございます」


「ネス。 早いな」


軽く挨拶を交わし、俺はパンや野菜、果物といったものを大皿に並べている。


「ご自由に取ってください。 こっちはお茶です」  


ノースターで住民が集まっていた時に使っていたヤカンのようなものを真ん中に置く。


「わあ、おいしそう」


まだ十代のポルーくんと、二十代のムーケリさん一家の兄妹がうれしそうに食べている。


「おー、ネスさん。 お戻りでしたか」


気の良い中年の砂族のお父さんムーケリさんは、ちょっと太り気味。


ムーケリさんご夫婦は少し遠慮がちだ。


「お二人もしっかり召し上がってください」


仕事はまだたくさんあるのだ。


デザとピティース、そして砂トカゲのデザとサイモンは普通にたいらげた。


「よし、今日も一日がんばろう」


デザがポルーくんたちに声を掛けて塔から出て行く。


「ごめん、先に行ってて」


ソグに声を掛け、俺はリーアと後片づけをした。




 その後、俺は塔の最上階に上って全体を見回す。


煉瓦職人デザを中心にして、砂族たちとソグで張りぼての建築が進んでいる。


「早いのですね」


地上の家はすでに数軒に達していた。


 王子が地下の町を埋め尽くしていた砂を除去し、地上に山と積み上げた。


それを砂族の人たちが材料として石材を作り、ソグが運び、デザが家にしていく。


サイモンがデザの側で、魔法で新たに降りかかる砂を払っているのが見える。


アラシが少し離れた場所で時折空を見上げていた。




「ネス」


俺が海の方角をずっと見ていると、リーアが心配そうに声を掛けてくる。


「ん?、ああ、手伝いに行かなきゃね」


「いえ。 何か考え事ですか?」


そりゃあ、心配事はいっぱいあるけど。


 今頃、サーヴの町は騒ぎになっているだろうか。


ミランや、あの若いご領主様はうまく対応しているかな。


いや、王太子はウザスのほうにいるのかもしれない。


「それでも、すぐに出航とはならないだろうな」


南方諸島連合との交易を調べる建て前がある。


「しばらくは静観のはずだ」


「南方諸島連合との交易の件ですか?」


リーアが俺の顔を見上げる。


「アブシースでは一部の者しか交易は認められていないのですね」


「そうだね。 町として交易するには国の許可がいる。


だけどミランが今進めているのは、個人としての、というか、お土産なんだけどね」


俺はリーアを安心させるために笑顔を作る。


「お土産、ですか?」




 俺は南方諸島連合の代表の妻となったメミシャさんと連絡を取っている。


「エランが俺の遣いで向かっているんだけど」


その行き来の間に欲しい物の一覧を渡してあるのだ。


「正式な交易じゃなくて、なんていうかな、知り合いだから融通してよって感じ?」


ミランと、ミランの母親の知り合いである代表の第一夫人の間での文書交換。


お互いに手紙を交わして、その履歴をきちんと残している。


「交易じゃないという証拠ですの?」


「うん、そう」


文官によって選別される重要な書類は、悪意がなければ弾かれない。


「つまり、悪意ではないと証明できるということですのね」


俺はニヤリと唇を歪める。


「まあね」


だけど、エランが南方諸島に向かってから何日経った?。


遅い気がするけど、大丈夫かな。


獣人はどっちかというと感情に流されるから、何だか少し心配なんだけど。




 俺はもう一度、遠くの海に目を凝らす。


その時、サーヴの町の方角を見ていたユキが警戒の声を上げた。


【ねす、なんか変なのー】


リーアも窓に近寄り、身を乗り出す。


「ネス、あれは何でしょうか」


「煙?」


町の方角に白っぽいものが風に流れるように揺れている。


「まさか!」


胸騒ぎがする。


「ユキ、匂いはどう?。 焼け焦げの匂いじゃないか」


【うーん、遠くて分かんない】


首をひねっている。


「どういうことでしょう」


俺は身体が震え、両腕で自分を抱き締める。


「リーア、すまない。 一度、町へ戻る。 だけど、絶対に戻るから、この町にいて」


「ネス?」


俺は階段を駆け下り、ソグを探す。


「ソグ!」


作業していた皆が振り返る。


「町に異変が見える。 一緒に来てくれ」


「はい」


ソグはすぐに準備に駆け出して行った。


「アラシ、ユキ、ここで皆を守れ。 何かあったらどちらかが知らせに来て欲しい」


【うん】【ユキもいくううう】


俺はユキを抱き締める。


「ユキには、俺の一番大切なリーアを頼みたい。 ユキが一番信用できるから」


【うううう】


戦闘用装備を身に着けたソグがやって来た。


「デザ、すぐに戻る」


俺はフード付きローブを着て、赤いバンダナを口元に巻く。


「ああ、分かった」


デザが何でもないことだと手をヒラヒラと振る。


「俺たちは俺たちが出来ることをやっとくさ」


ほんとにデザはイケメンだな。


俺はソグと共にサーヴの町へと飛んだ。



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