84・俺たちは見栄を張る
「ただいま」
「お帰りなさいませ」
俺たちは湖の側に出現する。
目印の杭があるので、リーアはそこで出迎えてくれた。
「まだ早い時間なのに、すまない」
「いいえ」
【りーあ、ずっと待ってたよ】
ユキも俺の足にスリスリっと絡んでくる。
ソグとポルーくんが砂族の一家を案内して行った。
俺とリーアは軽く抱き合い、しばらくの間、相手の感触と会話を楽しむ。
「あ、サイモン」
ポカンと俺を見上げていた。
「コホン、では暑くなる前に家に入ろう」
「うんっ」
サイモンはアラシと共に走り出し、俺たちは手をつないで、ユキとゆっくり歩いて行く。
ガーファンさんに預かると言ってあるので、一緒に住むつもりだったのだが、
「僕、一人用のあそこに入ってみたいの」
と、サイモンに言われてしまう。
アラシと一緒だと狭いだろうに。
「アラシはユキといっしょに外で寝るって」
そうきたか。
【あのね、夜にときどき、他の砂狐さんたちが来るの】
ああ、だからユキたちは塔で寝てるのか。
砂狐は警戒心が強く、気配を消すことが得意な魔獣なのである。
新しい一家の主は、ムーケリさんという。
あの快活なお嬢さんのお父さんだ。
「以前、来たときにすごくいいなって思って、皆を説得したの」
一番若い彼女の意見が通ったらしい。
「自分たちが砂族だということを思い出しました」
ムーケリさんは砂族であることを隠していたというより、長い間同族と接触していなかったので忘れていたそうだ。
いや、ある意味、それで良いのだと思う。
こだわる方がどうかしてる。
「そうですね、砂族といっても人族の、ただの民族の名前でしかないですから」
砂漠に住むから砂族であり、人種的には人族。
それを砂に特化した魔力を持っているというだけで亜人扱いしてきた。
砂族に関する呪いの本はもう解呪されている。
これからはあまり気にせずに済むと思うが。
『問題は教会かな』
どうなんだろうね。
俺にはよく分からない。
新しく来た砂族の一家には自分たちの家の改装をしていてもらう。
俺たちはソグと共に地上部分の建築だ。
「デザ、どう?」
「ああ、旦那、戻ったんだ」
旦那いうな。
「壁はサーヴと同じ煉瓦でいいんだろ」
頼んであった家の外観がほぼ出来上がっている。
「ソグさんが手伝ってくれるからね」
デザのイケメンスマイルが眩しい。
「ありがとうございます、で、ですね」
俺は改めてデザにお願いする。
「申し訳ないんですが、出来るだけ急いで、こういうのをたくさん作って欲しいんです」
「あ?」
デザの顔が険しくなる。
「いつまでに?」
「だから、出来るだけ早く」
「いくつだ?」
「出来るだけたくさん」
「おい」
うぅ、イケメンのこういう顔は怖い。
不良に絡まれてる気分。
「何考えてんだ、ネス。
俺が作るのは構わねえが、材料を作る砂族の若けえのんとか、ソグの旦那とか。
皆に迷惑がかかるんだぞ」
俺が詰め寄られているのを見て、リーアとユキが間に入ろうとするが、俺はそれを合図で止める。
「分かってます。 でも、こんなに丈夫に作る必要はないんです。
ただの張りぼて、つまり、遠くから見たらたくさん家が建っているように見せたいだけなんで」
「それは、主殿、何か考えがおありなんですね?」
代わりにソグが間に入る。
「ちょっと休憩にしませんか」
俺はデザにそう言って、新しい地上の家から、地下の家へと階段を下りた。
おお、すごいな、これ。
塔側の入り口にまで戻らなくていいから、超便利。
かなり陽が高くなっていたので、地下が涼しくてホッとする。
昔の砂族の住宅はすべて地上の建物から、こうして地下へと下りる階段が設置されていた。
上はどちらかというと仮の家で、地下が本当の生活の場だったのだ。
「上が見せかけだけだっていうのは分かってる。
だけど、それをたくさん作れってのはどういうこった」
俺の地下の家の居間は、サーヴの家とよく似ている。
広く細長い部屋に真ん中にドンッと大きな机が一つ。
そこに皆に座ってもらう。
リーアが温めのお茶を淹れてくれる。
デザの怒鳴り声を聞いて、ポルーくんや砂族の兄妹も顔を見せている。
「ピティースさんは?」
ソグに訊くと、どうやら自分が使う鍛冶用の炉を作っているらしい。
「工房の隣の店主にお願いして材料を用意してもらい、クロに鞄を持たせて運ばせているみたいだ」
おおう、そうなのか。
でも、それって、こっちに移住する気?。
デザの顔を見ても何の変化も見えないので、二人の関係が変わったとは思えない。
『つまりはピティースさんひとりの考えということか』
そうかもしれないね。
「この件に関しては、皆さんを巻き込んでしまって申し訳ないと思っています」
俺は話す前に謝罪をする。
ソグは無表情だが、デザはまだ不機嫌のままだ。
俺は肩の鳥をテーブルの上に降ろす。
変身を強制解除して、金髪緑眼、エルフと見間違えるほどの白い肌になる。
「この容姿のせいで、私は王都の、まあ、いうなれば高位の家を出ざるを得ませんでした」
デザは先を促す。
俺のことは、サーヴの住民たちはワケありだと予想していたんだろう。
あまり驚いた様子はない。
砂族のお嬢さんはちょっとポーっとなってるような気もするけど。
「実は王都から私を連れ戻そうとする者たちがやって来る可能性がありまして」
「こっちでちゃんとやってるってことを見せるため、か?」
デザは面倒臭そうに言葉を吐き、俺は頭を掻く。
「まあ、そんなとこです。
こんな何もない砂漠で何をしてる、って怒られちゃいますんで」
「なあんだ」とポルーくんと砂族の兄妹がサイモンを連れて部屋の外へ出て行った。
それを横目で見ていたデザは、扉が閉まると俺に向き直る。
「本当のところはどうなんだ」
ソグもリーアも俺の嘘には呆れた顔をしていたもんな。
バレバレってか。
「王都から追手が来たようでね」
「ああ、結界は完成したんだよな。 それならもう必要ないだろう」
「まだ直接手をだすことはないと思う。
だけど、ハッタリは必要なんだ」
俺がここで何をしているのか。
「地下の町のことは知られたくない。
だから、地上の砂漠の町はある程度出来上がっている必要がある」
「なるほど。 それで張りぼて、か」
俺は頷く。
「どうせ、 遠目で見るくらいじゃないかと」
必要なのは地上に出入りするだけの、脱出口のような家。
人が出入りしているってだけで住んでいなくてもいい。
「中身は空っぽで、窓は板戸で閉め切っておけばいいのか」
さすがにデザは理解が早くて助かる。
しばらく黙っていたデザは、ソグの顔を見上げた。
「ソグ、手伝ってくれ」
「了解した」
俺とリーアは顔を見合わせてホッと息を吐いた。
「俺も手伝います」
「当たり前だ」
あ、やっぱりそうですよね。
それから俺たちは地上に空っぽの町を作っていた。
砂族の皆さんには砂から石材など材料を作ってもらい、デザとソグで積み上げて行く。
サーヴの民家と同じように煉瓦や石材で作っていく。
一軒一軒、窓や玄関扉の内側には大きな布が張られていて、開けても中が見えない様になっている。
砂の侵入を防ぐと同時に、開けられても部屋の中が見えない利点があった。
ちゃんと階段で地下の家にそれぞれをつなげる。
俺は、まるで元の世界の映画やドラマのセットみたいだと思った。