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83・俺たちは愚行を否定できない


 その朝、いつも通り広場で身体をほぐしていると、ガーファンさんがやって来た。


サイモンは父親の姿を見つけると、アラシと一緒に走りに行ってしまう。


俺は、苦笑いの父親から砂漠への移住希望者の名簿を受け取った。


希望者は二十代の兄妹とその両親の四人家族が一組だけだ。


あとの人たちはしばらくは様子見というところか。


「分かりました。 では、明日の朝、魔法陣で飛びます。


家具や荷物はこれに入れるように伝えてください」


魔法収納鞄を渡す。 砂族は独特の魔力を持つ種族なので、普通の人族よりは入るはずである。


もし、入りきらない場合は連絡をくれれば運ぶことを伝えてもらう。


「まだこちらに来たばかりですし、寝具などは向こうにもありますから大丈夫でしょう」


「ええ」


そう答えたガーファンさんは、まだ少し暗い顔をしている。


 彼の心配事。


それは、ひとり息子であるサイモンが俺と砂漠の町へ行くと言ってきかないことだ。


「まだ九歳ですし」


いやいや、あんたたち、三歳だったサイモンをこの町に置き去りにして出稼ぎに行ってたじゃないか。


まあ、俺はそんなことは口には出さないけどね。


「まだご納得いただけないご様子ですね」


「え?、ネスさんがサイモンを説得してくれるんじゃあ」


はあ、何を言ってるのかな。


「そちらが落ち着くまで預かると言っただけです。


もう九歳ですからね。 自分で決めたことなら応援しますよ、俺は」


決めるのは本人であって、保護者じゃない。


それに、ずっと会えないわけじゃない。 お互いに居る場所も分かっている。


「そのうち、サイモンのほうが心細くなって帰ると言い出すかもしれませんよ」


冗談交じりにそう言うと、ガーファンさんは少しホッとした顔になった。


たぶん、奥さんに何か言われてるんだろう。


「そ、そうですよね」


ふう、この人はサイモンが三年間もあなたたちの言葉を守って、黙って耐えていたことを忘れている。


「彼のことは責任を持ってお預かりします」


ガーファンさんは頷き、妻を説得するために家に戻って行った。




「あ、ネスさん」


家に入ろうとすると、隣の家の前でエルフの女性が手を振っているのが目に入った。


側にはシアさんがいる。


「おはようございます」と挨拶を交わす。


昨日よりは少し表情が柔らかくなったかな。


「聞いてください。 私、こちらで雇っていただけることになったんです」


エルフさんがうれしそうに俺に報告してくる。


へえ、シアさんの元で薬師の修行をすることにしたようだ。


「こちらとしても、エルフなら魔力的にも問題はないし、歓迎しますわ」


確か、足の具合の悪かった老婦人は、彼女の献身的な看病のお陰でかなり良くなっていた。


「私、お婆ちゃんのお世話をしてて、歩けるようになったときは本当にうれしかった。


これからも、もっと色々な病気の人とかの助けになりたいの」


笑顔で話してくれた。


うん、やりたい事があるのは良いことだ。 がんばれ。




「俺のほうはこいつを鍛えることにした」


横からキーンさんの声が割り込んで来た。


キーンさんの太い腕にヘッドロック状態の犬族の獣人カインがいる。


涙目で俺に助けを求めてくるが、俺はいいと思うんだ。


 カインの父親のエランは、俺に諜報として雇われた。


これから忙しくなる。 家を空けることも増えるだろう。


「カイン、お母さんも戻って来たんだ。


今度は哀しい思いをさせないようにするんだな」


一瞬、身体を強張らせたカインは、俺を見上げると頷いた。


「うん、僕はもっと強くならなくちゃ」


その意気だ。


ガオーとか何とか叫んでる脳筋を残し、俺は自宅に入る。




 俺と王子は、その日は花火の研究に費やすことにした。


やれることはやる、とは言っても、まだ準備だけだ。


だって、相手が仕掛けてこないと返せない。


『ケンジ、他にすることがないなら、花火の続きがやりたいんだが』


「ああ、任せるよ」


 午後からはサイモンも自分の家に戻っている。


ガーファンさんが、砂漠へ行くことを許可するから、一度戻るように呼びに来たからだ。


「行っておいで。 お母さんとはまたしばらく会えないからね」


サイモンは俺の顔を見上げ、「絶対に置いて行かないでね」と訴える。


「ああ、分かった」


一度置き去りにされた記憶は、やはり心の傷になっているんだろうな。

  

「大丈夫だ。 だけど、遅刻するなよ」


軽く頭をワシャワシャと撫でておいた。


俺は明日の早朝に飛ぶ予定である。




 王子が花火に集中している間、俺は王子の魔力の部屋でずっと考えていた。


「船かあ」


実はサーヴとウザスの間にある峠の見張り台には、その崖下に降りる道があるそうだ。


そこには軍の秘密基地ともいうべき軍用の港があるらしい。


「軍用船自体が少ないんで、大きな船一隻が入る程度の岩の裂け目っす」


と、チャラ男が教えてくれた。


「でも、何で傭兵なんだ?」


正規軍の兵士ではなく、傭兵の部隊しか乗っていないと聞いた。


調査なら面目上としても文官が乗っていないとおかしいのだが。


「傭兵の振りをしてるってことかな」


『高位文官なら、後で魔法陣で飛んで来て合流も考えられる』


お、おう。 俺たちといっしょだ。


どうも俺はやっぱり魔法抜きで考えちゃうんだな。




「船。 調査。 南方諸島。 なんで軍用船なんだろう。


普通の商用船で良さそうだけど」


『単なる調査ではないからだろう。 あらかさま過ぎるが』


そうだよねえ。


誰でも警戒するよ、そりゃ。


 俺はふと思った。


「その軍用船ってさ。 海賊相手でも戦えるの?」


『分からない。 私は見たことはないから』


うん、俺もない。


だけど、どう考えても軍の船だ。 攻撃装備があって当たり前。


戦闘に特化した船に、使い捨ての傭兵。


あとで合流する高官。 魔法、当然、魔術師が同行だよな。


『ケンジ?』


王太子が許可を出すための、表向きの調査だけなら必要のない軍の船。


例え、ケイネスティ王子に対する対策だとしても貴重な船を出すだろうか。


『何が言いたいんだ』


「なんか嫌な感じだ。 だって、南方諸島の調査にアブシースの軍用船だよ?」


海トカゲ族の青年の話じゃ、南方諸島には亜人だけの小さな島もある。


「最近じゃ、香辛料はアブシースの貴族にも人気の商品だ」


狙ってる大商人や貴族がいてもおかしくない。


 南方諸島の代表ツーダリーは結婚したばかりで浮かれてる。


デリークトは公爵が失脚して、議会の真最中。


「今なら、小さな島を一つくらい占拠出来そう」


『まさか。 出来るわけない』


うん、俺もそう思う。


だけど、亜人を人とみなさないアブシース国の者が、軍用船で傭兵を引き連れ、調査名目で島に上陸。


「危なくね?」


『……愚かなことをしでかさないよう祈るしかないな』



 翌朝、俺は砂族の一家と、サイモンとアラシを連れて砂漠の町へと一旦、戻る。


「何かあればクロを連絡に寄越してください」


「分かりました」


ガーファンさんが見送りに出て来ていた。


母親のほうは家の窓からの見送りのようだ。


サイモンの、一度言い出したら聞かない頑固なところは母親似かな。


『ケンジ』


ああ、俺も気が付いた。


サーヴの沖合いから大きな船の気配が近づいている。


「一日早いご到着か」


『さすが軍用船ということだな』


さて、嵐にならなければいいなと思いながら、俺は魔法陣を発動した。



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