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この街で生きている  作者: Cook's Leon
9/11

春はまだ遠く(2)


「おう。おはよう」

目を覚ますとそこは所せましと書物の並べられたタケさんのお店の二階だった。

「…痛っ…た」

体を起こそうとすると激しい頭痛と全身の痛みに襲われた。

「寝とけ寝とけ」

そう言いながら老眼鏡をかけ何かを書いていたタケさんがやけに嬉しそうに言う。

「う…」

再び体を起こそうとするが書いて字のごとく全身がそれを嫌がった。

「ケン、おめでとう。お前も立派な魔法使いだな」

老眼鏡を投げ捨てたタケさんは僕の寝ているソファーまで椅子を引きずって来た。

「…」

本当は何か聞くなり首をかしげるなりしたかったがやはり体は言うことを聞いてはくれない。

「へへっ、にしてもお前の気の失いっぷりったらねぇな。顔がおもしれぇ」

ヘラヘラと伸びをするタケさんをズキズキと痛む眼球で見やる、するとそのすぐそばには上下ジャージ姿の若い女性が椅子の上であぐらをかいていた。

「…遅い」

キシキシになった金髪の毛先を見ながら吐き捨てるように女性が呟く。

「ふ…何が…」

とりあえず状況が掴めないのに瀕死な状態なのは余りにもいたたまれない。目を閉じ、変に弱々しい声で問う。

するとタケさんがタバコに火を着け。

「魔法と呼ばれるもんを使ったんだよ、お前は。今のその状態はその反動だ」

とタケさんの説明を受けながら、少しづつ思い出して来た。遅く流れる時間、飛びかかって来た男、それに刃を押し込んだ感覚。不思議と特に何も感じはしなかった。

「目も覚めたし、仕上げて帰るよ」

そう言うと女は棒付きのキャンディーを口に咥えながら僕にツカツカと歩み寄り、僕の頭と胸にペタンと両方の手を置いた。

「…あの」

僕が口を開く間もなく、手の添えられた位置から熱が広がる。

この感覚には覚えがある、初めてタケさんに会った時にかけてくれたものにとても良く似ている…しかし。

「…!!」

その熱はどんどんと温度を上げて行き灼熱の太陽に身体の内面までジリジリと焼かれているかの様だ。

身体中の痛みがその熱に上書きされて行き、頭の先から足の先まで兎にも角にも熱い。

と、女が大きく息を吐き。そして手を離した。

「…マジで疲れたんだけど」

「おう、お疲れさん」

与えられ続ける熱に解放され、うっすらと目を開ける、女は咥えたキャンディーの棒をクリクリと転がしながら空いた左手をタケさんに向ける。

「ほれ、一応おまけ付きだ。かぁちゃんによろしく言っといてくれ」

「ん、まいど」

タケさんから茶封筒を受け取りそれを乱雑にズボンのポケットに突っ込む。

再び僕に向き直ると上着のポケットからキャンディーを取り出したかと思えば、包みを破り僕の口に差し込んだ。

「お大事に」

まるで感情のこもらない声で言うとくるりと反転しそのまま部屋の外へと出ていった。

「調子はどうだ?」

全身を汗に濡らしながらも熱が少しづつ放出されていく。

「…暑い」

身体から熱が引くと共に気づく、さっきまで襲っていた痛み、倦怠感が嘘の様だ、例えるならお風呂上がりのスッキリ感とでも言うのだろうか。これもやはり魔法なのだろうか。

「さて、何が起こった?」

タケさんが煙を燻らしながらふわりと笑った。

「…え?」

「だから昨日の夜だよ。お前が一瞬消えて野郎の心臓を一突きしたのは俺にも見えたが…要するに、結果はわかっても原因や行程ってのがわからねぇのが“魔法”ってやつなんだよ。これも授業のひとつだな。ある程度予測はつくけど詳しく知ることができりゃあ…まぁ後々役立つんでな」

目線を下から上に游がしながら最後を濁したタケさんは、後ろで結んだ白髪のゴムをほどき髪を撫で付けた。

「なにって…ん?“昨日の夜”?待って今何時?」

タケさんはポケットから懐中時計を取りだしながら顎をポリポリとかき、何でもないように言った。

「んー…9時、午後のな」

「う…っそぉ…母さんは?」

まだ湿り気のある額に手を当てて項垂れる。

「滝沢に丸投げしてあるから大丈夫」

と、自信満々にタケさんはグッと親指を立てて見せた。

「っ…はぁ…」

「それでさっきの話だけどよ」

タケさんが僕にとっての大事を何でもないように流すと、タケさんのスマホが音と振動で離れた机から着信を伝えた。

「誰だ?」

タケさんはモゾモゾと机に向かうが、僕には分かる。これは確かに映画でもアニメでもないが小説だ、ご都合主義はお手のもの。

「ああ、滝沢か」

やっぱりね

「ああ、居る。おう…へへ、よくわかったな。…おう。…おう、分かった。ケン。代われって」

タケさんが再びこちらの席に座る。僕はスマホを受け取り耳に当てる。すると電話の向こうからひどく疲れた声の滝沢が誰かに声を掛けていた。

「もしもし、沢村です」

「ああ、健人君体調はどうだい?」

向こうでは移動しているのだろうか、次々と女性の話し声や物音が流れて行き。ただコツコツという革靴の足音だけが一定のリズムを刻んでいた。

「さっきまでは大変でしたが、今は何とも無いですよ」

「うーん、やっぱり本物は格が違うなぁ…」

と大きなため息が聞こえる。

「はい?」

「いや、こっちの話」

滝沢は、少し自嘲気味に笑いながら話を変える合図のように咳払いをした。

「それで健人君、早速本題なんだけどさ。君の表向きの状況がどうなってるのかって。」

「…はい」

表向きの状況と言うことは、両親の中で僕がどんな状態になっているかということだろう。

「簡潔に言わせて貰うと」

…ゴクリとつばを飲み込む。

「君は今様態が急変して緊急入院してる、面会拒絶状態で」

「…はい」

「そして、今の君の状態なんだけど。本当にその設定を忠実に再現しかねない状況になっちゃってるみたいだ」

「…はい?」

「詳しくは病院で話そう、迎えを寄越すからすぐに来てくれるかな」

「いや、あの、どいうことですか?」

「ごめんね、ちょっと忙しくてさ。タケさんも色々無茶振りするもんだからさぁ…じゃ、病室で」

ピッ…プー…プー


……一体…僕はどうなるのだろう、おとぎ話のような世界にいきなり突き落とされ、その実は恐怖譚。気を失ってもう状況すら掴めない。多分この欠伸をかいている老人に話を聞こうとしても…多分意味はないだろう。大雑把で粗野で面倒くさがりなのはもう分かっている事実だ。

ついこの間までは、真面目に高校生してたはずなのに...


「よし、とりあえず行くか」

パンッと脚を叩きタケさんが立ち上がる。

「滝沢さんのとこ?」

「そうだけどその前に…」

「?」

「飯でも食いに行こうや」

本当ならやれやれ…とでも言いたい所だが、この人のマイペースにはかなり前に慣れてしまった。




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