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この街で生きている  作者: Cook's Leon
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春は遠く

はる【春】の意味意味例文慣用句画像


出典:デジタル大辞泉(小学館)


1 四季の第一。冬と夏の間で、日本では3・4・5月をいう。暦の上では立春から立夏の前日まで(陰暦の正月から3月まで)をいい、天文学では春分から夏至まで。しだいに昼が長く、夜が短くなり、草木の芽がもえ出る。「暖かい春の日ざし」《季 春》「窓あけて窓いっぱいの―/山頭火」


2《陰暦では立春のころにあたるところから》新年。正月。「新しい春を迎える」


3思春期。青年期。青春。また、思春期の欲情。「春のめざめ」


4 人生の中で勢いの盛んな時期。また、最盛期。「人生の春」「わが世の春をうたう」


5苦しくつらい時期のあとにくる楽しい時期。「わが家にめぐりくる春」

 昼間は春の陽気が顔を見せるようになったもののやはりまだ夜は冷える。濃い紺色をした空に薄く雲がかかり、星や月の光を遮断する。

店から出てきた人々は瞬間身震いし、比較的薄いコートを閉め歩き出す。街の中は顔を赤くした人々が闊歩していた。今週もまた、この街に金曜が来た。


 「おい、ケント。行くぞ」

白いシャツに茶色い革のベスト、黒いコートとハットそんないつもの格好をした老人がまだ冷える、春口の風に煙を吐き出しタバコを灰皿に押し付けながら言う。

いつものビルの屋上、上がって初めて気がついたのだが、ここからはこの街の全てが見渡せる。

そこまで高いわけではないが建物やビルの隙間。通りの向き、広さ。その全てがここからの視界を考えて作られているようだ。

ギシギシと軋む鉄柵から背中を放し、タケさんに貰ったハットを深く被り直す。今日もまた"街"に"仕事"が出来たみたいだ。


街のメイン通りから1本ズレた通り、ここにはチェーン店も無く薄汚れた小さい店が所狭しと並ぶ。屋台のオヤジがこちらに手を振りタケさんがニヤリと手を挙げる。

その後ろをトボトボと続く僕、街の顔役と最近よく一緒にいる少年がなにをしているかなど知る由もないだろう。

しばらく歩いた頃、騒がしい怒号の鳴る店が現れた。

「よし、ここだ。今回からはお前も着いてこい」

タケさんが襟を直しなんでも無いように僕に言う。

「...本気?」

「本気」

食い気味に肯定され、僕は大きくため息を吐いた。

タケさんが戸をスライドさせツカツカと入っていく。

中に入ると目の虚ろな中年の男が店主の男に掴みかかっていた。

「!!〜!!」

泥酔しているのか何を言っているのかわからないが、どうやら激怒しているらしいことだけは分かる。

こちらに助けを求めるように目線を送る店主にタケさんがウィンクする。

「なんだてめぇ!近づくんじゃねぇ!」

なんだ、普通に喋れるんじゃないか。

「まぁまぁ、落ち着いて飲もうぜ?せっかくの酒が台無しだ」

僕は入口付近に倒れていた椅子を立て、カウンターで気配を消して青い顔をした若いサラリーマンの隣に座る。

店主の首襟から手を離した男がタケさんに向け足を一歩踏み出し勢いよく右手を伸ばす。

「邪魔すんじゃねぇ!」

瞬間タケさんがその手を掴むと顔をしかめた男は次の瞬間膝から崩れ落ちた。

放心したまま膝立ちを続ける男を無視し、着崩れした作務衣を直す店主にタケさんが口を開く。

「ユウちゃん、大丈夫か?」

「はい、すいません。ありがとうございました」

安心し笑顔になった店主が封筒をタケさんに差し出す。

「なんだ?これ」

少し戸惑う様な顔をした店主は言い訳をするように言う。

「あの...少ないですが、お礼です」

両手で封筒を差し出す店主に、タケさんは優しく笑顔を向けた。

「いらねぇよ、俺は別にケツ持ちでもなんでもねぇからな」

「すいません、ありがとうございます」

深く礼をした店主はいそいそと気配を消していた残った数人の客に謝罪をしてまわり始めた。

「ケント、コイツ連れてこい」

隣の若いサラリーマンにピーナッツを貰い礼を言っていたところにタケさんが水を差す。

「暴れない?」

前回、店の外で待っていたところタケさんが2人のおっさんを引きずって来た、タケさんに渡された1人が運んでいる途中に再び元気になってしまい僕はおっさんに肩を噛まれたのだ。

「大丈夫だと思うけどなぁ、不安なら自分でもやっとけよ」

リーマンに会釈をし膝立ちを続ける男に近づく、どうやらもう暴れる元気は無いらしい。

「いや、出来ないから」

タケさんがようやく手を離し、男が大きく息を吸う。

「立てますか?」

男の腕を肩に回し立たせながら問う、酒と汗と何かの嫌な臭いが漂う。

「おぇ...」

「先出てろ」

「…りょーかい」

タケさんは店主に話しかけコップ1杯分のビールを受け取り流し込んだ。

「騒がせたなユウちゃん、皆もごめんな」

店内を見渡しタケさんが言う。

「タケさん、今度はもうちょい早めに頼むよ」

1人騒ぎの最中も気配を消さずにジョッキを傾けていた老婆が枝豆を食べながら楽しそうに言う。

「ああ、すまねぇな。次は急ぐよ」

言いながら手を挙げ、戸を出る所の僕に追いついた。

「行くぞ」

先程とはうって変わり暗く低く、ボソリと僕にだけ聞こえるように呟いた。


裏通りの更に裏道を行った、壷状に空いた空き地。周りは雑居ビルに囲まれ、街の喧騒から隔たれた空間。僕、タケさん、そして脱力し正座する男の3人だけが存在する空間にはタケさんから放たれる気配でピリッとした空気が漂っていた。

「...で、ただの酔っぱらい...じゃないんでしょ?」

「ああ、今回は当たり」

「うぅ...うぅ...」

虚ろな目をする男は先程までは静かだったはずだが、口からヨダレを垂らし少しづつ唸り声をあげ始めた。

「で、この人は?」

タバコに火をつけタケさんがポケットからペンライトの様なものを取り出す。

「ちょっと痛ぇぞ」

そのペンライトのようなもののキャップを外し現れた針を男の腹部に思い切り突き刺す。

「痛い」

今のは僕だ。別に痛いわけでは無いが見てると口に出てしまう。

「う...うぅ」

呻く男を他所にペンライトの様なものをタケさんが目の前まで掲げ両端を持ち引っ張る。

すると中心の所から横に開き中に透明な筒と、その内部に浮かぶ白い光が現れた。

「ん...見てみろ」

僕の方にそのペンライトの様なものを差し出す。

白い光を見つめる。すると中に少しではあるが赤い糸のような光が混ざっているのがわかった。

「これってどういう意味?」

ペンライトの様なものを返し聞く。

「この前と同じ、最近多いな」

つまり...

「餓鬼...だっけ?」

「そ、食われちまってるわ。可哀想に」

この世に伝わる妖怪や霊、海外のモンスターや神仏に至るまで人知を越えたとされるものには全てその元となる事柄や人物、生き物が存在する。ただの噂に尾ヒレが付いただけのものもあるが餓鬼、鬼は存在するらしい。

タケさんの受け売りだからこれ以上はよくわからないけどさ、ごめんね。

「授業の開始だ」

タバコを吸いきり吸殻を携帯灰皿にしまい込みタケさんがニヤリと言う。

「コイツはまず、今まで同様、ただの病人だ」

唸る男は少しだけ腹の部分に血のシミを作り唸り声を大きくさせ始めていた。

そんな男の頭をタケさんががっしりと掴み目を見つめる。

「外的要因の魔力障害ってとこか」

これをわかりやすくいうならば、放射能汚染だと思う。放射線に晒されると物や人はそれを吸着させてしまう。

「そんで、どっかで隙間から出てきた奴にタイミング悪く食われた」

ある程度であれば魔力というものに害は無いと滝沢が言っていた。

パワースポットや温泉などには魔力が存在し、それを吸収した人々に良い効果をもたらすというのが魔術師協会の出した答えらしい。

そして、隙間というのは...めんどくさいから今はやめとく。説明多くなると読むのも面倒臭いでしょ?

「ケント、聞いてんのか?」

「うん、聞いてるよ」

すると、男が突然もがき始めた。目を大きく開き瞳が赤く滲むように色を変え始める。

「んんあ、あう...あぁあああぐぅお!」

「うるさい」

タケさんが無慈悲にももがき苦しむ男の顔面に蹴りをお見舞いする。

「ぶし」

変な声と共に男が後ろに倒れ、再び大人しくなった。

「どうするの?」

「ここまで食われてるとなぁ、もう」

とタケさんが右手をヒラヒラと振る。

つまり、殺処分。

僕が同行を拒否した場合もこうなっていた。

「そろそろお前もやってみろ、どの道お前はもっと酷い所に行かねぇとならなくなんだ。今のうちから少しでも慣れといた方がいい」


虚ろな赤い目で虚空を見つめる中年の男。

店で暴れていた時よりも進行が進み眉間のシワが深くなり口角が上がっている。見える歯は黄ばみ歯茎は紫色、下顎にはタケさんに蹴られたおかげで血の混じるヨダレがこびり付いている。

傍から見れば不健康なカラコンオヤジとも見えなくもない。

しばらく着替えてすらいないのだろう、シワシワのワイシャツは汚れ頭髪も脂で束になっている。そういえばこんな季節にワイシャツ1枚なんて普通じゃない。

「出来ねぇか?」

「...いや、やるよ」

現実逃避をしているのもタケさんにはバレていた。

大きく息を吸いタケさんとお揃いのコートの内側から大型のナイフを抜く。

僕にはまだ魔法は使えない、だから。手に感覚の伝わる。物理的な行動しか、出来ないのだ。

再び大きく息を吸い、そしてゆっくりと吐く。

ナイフを握り直し男に歩み寄る。

「ケント、指輪を外せ」

ゆっくりと進んでいた足がピタリと止まる。

タケさんがタバコに火を着け、僕の目を真っ直ぐ見る。

「完全なる人ではねぇが、その状態で命を取るのは卑怯で無意味だ。戦争とは違う、コイツの命を心に留めろ。そしてこうならないために"仕事"があるってことを忘れるな」

「...はい」

ナイフを握りしめながら左手の指輪を外しポケットにしまう。

そして再び前を見据えた。

男が視界に入った瞬間、息が荒くなり鼓動が早く、大きくなる。

自分の血流の音がまるで軍人の行進のようにザッザッとうるさいほど聞こえ、少しづつ手に震えが始まる。ナイフを握り直すがいつの間にか手には汗が滲んでいる。

指輪で抑えられていた吐き気をもよおす程の緊張と命を奪うという行為に対する幼い頃より植え付けられた嫌悪感が一気に現れた。

タケさんがその力で命を吸い取る瞬間も、滝沢がナイフで命を奪う瞬間も何度か立ち会った。

タケさんに言われ初めて指輪を取った時は嘔吐してしまっていたが、少しづつ慣れて来ては居る。しかし、いざ自らの手でそれを行うとなると、こうも今まで見てきたものの意味の無いことか。

百聞は一見にしかずとはよく言ったものだ。実経験は、見たり聞いたりとは次元が違う。

「ケント」

「...わかってる」

深呼吸を繰り返す、やらないと。行くぞ。1、2、3の3で行く。

行くぞ…1、2、

「あ、やべ」

タケさんがどこからか缶コーヒーを取りだしカシュっと開けたとほぼ同じタイミング。

ビクビクッ、と男が痙攣したと思った途端。飛んだ。

正確には跳ねたという感じだろう。足を畳み仰向けに寝ている体勢のままボールがバウンドするかのように。

ドックンと強い衝撃のような鼓動が訪れた、するとどうだろう。

さっきまでドクドクと激しく脈打っていた心臓の音がやけにゆっくりとリズムを刻んでいる。同じく男もゆっくりと放射線を描きながら、これは不味い状況かもしれない。

ゆっくりと空中で体勢を立て直しつつそのままの勢いでこちらに向かっている。視界の端に映るタケさんはゆっくりとこちらに走り出そうとコーヒーから手を離していた。

「あれ?」

タケさんによる支えを失ったコーヒーがゆっくりと中身を撒き散らしながら空中で回転をしている、しかしいつまで経ってもその高度を下げようとはしない。

タケさん自身も顔に緊張感を持っているにも関わらず、今ようやく一歩目を踏み出した。

気が付けば世の中の全てが非常に遅く、緩慢な動きに変わっていた。

ビルの向こうのガヤもなりを潜め。何かを叫ぼうと口を開いているタケさんからもなにも聞こえない。

僕の耳には、ゆっくりとした鼓動以外。何も聞こえない。

「おい」

突如聞こえた声にひどく不快感を感じる。

「お前、早くしねぇと。死ぬぞ」

声の主はすぐ目の前に居た、ゆっくりとハエの止まるような速度でこちらに飛んで来る男。そのすぐ下であぐらをかき、頬杖をつきながらこちらをニヤニヤとうかがっていた。鼓動以外何も聞こえない世界で僕に話しかけてきたのは。

「…スバル?」

パチリとウィンクをしたスバルが僕の右手を指差し、そして頭の上すれすれを滑空する男を指し、消えた。

スバルの居なくなった虚空から目線を外し男を見やる。男はいつの間にか前傾姿勢になり赤黒い眼で僕をとらえていた。宙にヨダレの玉を残し、歯を剥き出しにしながら血管の浮く灰色になった両手を僕に向けて伸ばしている。本能的に分かる、彼は僕の命を奪おうとしている。

「最後のチャンスだぞ、急げ」

ねっとりと絡み付くようなスバルの声が頭に響く。わかってる。

右手に握るナイフを再び強く握り直し、強く前へと突き出す。

「ぐ…なんだこれ、重い」

動けないわけではないがまるで水中に居るかのように体が重い。強い抵抗を受ける右手に左手を添え体ごと前へと押し出す。

鋭く尖る切っ先が空気の海を切り裂き、降りかかる男のワイシャツと皮膚に到達する。

タケさんに貰ったナイフはほとんど何の抵抗もなく服を、皮膚を、肉を掻き分け。骨の隙間を潜り抜け、そして。

再びドクンと衝撃を伴った鼓動が全身を襲う。すると世界は加速しだし、速度を早めた男が僕の上に覆い被さる。と僕と男が地面に到達する前に男が再び何かの力が加わり横へ吹っ飛ぶ。

「ケントぉ!」

見てみるとタケさんが横っ腹に蹴りをお見舞いしたようだった。

「いててて…」

地面に尻餅をつきタケさんを見上げる。

「お前…」

タケさんが口を開くが

「うぉああ!」

男に邪魔をされた、猫のように綺麗に受け身をとった男は間髪入れずにこちらに突進してきた。が、歩みの三歩目にして前のめりに倒れこんだ。ピクピクと体を痙攣させる男を他所にタケさんが僕に手を伸ばす。

「大丈夫か?」

その手を掴み、引き上げられる力を頼りに立ち上がり砂ぼこりを払う。

「うん…だいじょう」

急激な頭痛と吐き気に襲われ、膝から崩れ落ちる。

「ゲホッ…ゲホッ…ッ…オェ」

その場にうずくまり嘔吐する、タケさんがしゃがみ背中をさすってくれた。

その手は温かく、大きく。まだ少しだけ、殺気をはらんでいた。



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