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この街で生きている  作者: Cook's Leon
7/11

時には昔の話を

 得意な料理は?と聞かれることがある。

俺は決まってこう答える。ケチャップライスは嫌いだから、ガーリックライスのオムライスと。焦がし醤油の香ばしさが食欲をつつくそれは、懐かしくて、俺の心を震わせる。


「なぁ、健人ぉ」

テレビの中では、お揃いのオーバーオールにチョビヒゲ、イメージカラーである赤と緑のシャツと帽子をかぶった兄弟が懸命にジャンプを繰り返していた。

「ん?なに?」

赤い兄が亀を踏みつける。

「腹へった」

その少し右側では緑の弟が茶色いキノコのような生物を踏みつけた所だった。

「なんか食べに行く?」

「俺に金があるわけねぇだろ…あ」

兄が触れた亀の甲らは勢いよく飛んで行き、弟は奈落の底へ転落した。

「はぁ…冷蔵庫見てきていい?」

彼、健人は怒りを表には出さないが。イラつくことがあると今のように髪を大きく撫で付ける。

「ああ、入ってるもんなんでも使っていいよ。それと、ごめんちゃい」

ふぅ、と大きく息を吐いた健人は扉を開きキッチンへと向かっていった。それを見送りふと窓の外を見ると、いつの間にか桜がその蕾を開いていた。

最初に会った時は彼が嫌いだった。何でもわかっているような目をして、人畜無害ですみたいな態度。本心を見せない表情。出ていった父にそっくりで、違うとわかっていてもその姿が重なった。

ほどなくして、香りがこの部屋まで香ってくる。こいつはいい匂いだ、自然と唾を飲み込む。

「スバル、出来たよ」

「うぃー」

リビングから聞こえる声に返事をし、のそのそと布団から這い出る。


「オムライスか…」

テーブルに3つ並ぶ茶色いソースのかけられたそれを見つめ、顔をしかめる。

「大丈夫だよ、おばさん呼んでくるから食べてて」

捲ったシャツの袖を伸ばしながら母を呼びに行った。全くどっちが息子かわかったもんじゃない。

ケチャップライスは昔から大嫌いだ、幼稚園の給食でチキンライスが出てきた日には皆が外に遊びに行ってもずっと教室で涙を浮かべながら食べていた。あれどうなの?好き嫌い余計にひどくなるでしょ。

さて、せっかく作ってくれたわけだし食うか、短く息を吐き覚悟を決める。目をつぶり恐る恐る口に運ぶ。

「…ん?」

もう一口。

「…うまい」

目を開けもう一口。

「うん、うまい」

チキンライスやケチャップライスじゃない茶色いそれは、食べれば食べるほどに食欲を増して行く。と、頭がボサボサなままの母を連れて健人が戻ってきた。

「お、どう?上手くいってる?」

「おう、めっちゃうまい」

母が目をこすりながらオムライスを覗く。

「ん…おいしそ、ケンちゃん作ってくれたの?」

いつからだろう…健人がこの人にケンちゃんと呼ばれるようになったのは。俺はスバル呼びなのに、俺もスバちゃんって呼んでよ、いや、語呂悪いな。

他の二人に比べかなり多目に盛っていたオムライスを平らげ、自分に合う愛称を見つけようと頭を捻っていると。

「あ、スバル。春休みの件だけどさ」

「おう」

「伊豆行かない?」

「伊豆かぁ、いくらぐらいかかんのよ」

頭をポリポリと掻き母はこちらに耳を傾けているようだ。…ていうかよくそんなにもっさもさになれるよなアフロかよ。

「一泊五六千円じゃない?交通費含めても一万くらい?」

「一万かぁ…」

冬休み明けぐらいからだろうか、健人は少し様子が変わった。バイトをやめ、しきりに俺と遊ぶようになり、ついには泊まりの遠出まで。理由を聞いても「僕のなにかが爆発したんだよ」とイタズラな笑みを浮かべるだけだ。

「あんたらの分出してもいいわよ」

ボサボサふわふわな母がスプーンでオムライスを崩しながらそう呟いた。

「え、マジ?サンキュ」

軽く答えるなよ、と思うかもしれないが母子家庭でも裕福な所ってあるのよ。

「ありがとうございます、けど僕は余裕あるので大丈夫ですよ」

そう、この冬からこいつはなぜか羽振りがいい。

「んー、じゃあ一万だけ出させて。最近お世話になってるし」

仕事と睡眠に追われる母に変わって、最近は健人が家事を結構やってくれている。「いいお嫁さんになるわねぇ」なんてこの人は言うが、ただ俺らがずぼらなだけだよね。

「そうですか…では、ありがたくいただきます」

そう言い健人は、俺らの食べ終わった食器を片付け始めた。食器を下げ鍋と調理器具一式を洗いそのまま食器類も素早く処理する。にしても手際良すぎるよね、最近は特に。

そんな健人をうっとりした目で見つめ母がため息混じりに言う。

「本当にいい子、息子もああなら良かったのにね」

俺に同意を求めるなんてどうかしてるぜ?奥さん。

「そうだねー」

お前だよって?知ってる。

手を拭きながら戻ってきた健人が、ため息をつく母をニヤニヤしながら見て俺にウィンクをする。

「ホントお前どうしたんだよ、明るくなったよな」

「そう?スバルのがうつったのかもね」

「今更?」

「今更」

スバルが席に着きいつの間にか手に持っていたコーラをコップに注ぐ。

「飲む?」

「飲む」

グラスとコーラが差し出される。どこに持ってたん?

「あ、そうだ。スバルお使い頼んでもいい?」

コーヒーを注ぐ母が思い出したように言う。

「なに?」

いそいそと部屋へ行き、大きめの封筒を持って戻ってきた。

「これ、今日中に届けて欲しいんだけどさ。ちょっと仕事残ってるから行けないのよ」

「いいけど…どこに?」

それを受け取りながら言う。

「タケさんのお店覚えてる?」

それを聞いた瞬間、健人がむせる。

「場所まではなぁ…」

昔ダメになって飲んだくれていた母を拾ってくれた恩人にあたる老人で、小さい頃は何度かご飯を食べに行ったが…

「僕、わかりますよ」

健人が口を拭きながら言う。

「あらそう?じゃあこいつ連れてってもらってもいい?」

「はい」

「なんで知ってんの?」

タケさんのお店はその他もあるとはいえ、その本質は飲み屋街だ。健人があそこに詳しいとは思えない。

「んー、ま。何となく?」

「…そうか」

意外と強情な健人は一度答えを出すとなかなか曲げないので諦める。

「じゃ、二人ともお願いね。これで晩御飯食べてきなさい」

そう言いお札を財布から抜き俺に手渡し、コーヒーを飲みながら部屋へと帰って行った。

コップに残ったコーラを飲み干し健人を見据える。

「よし、健人」

「ん?」

健人も飲み干しそれに答える。

「…続き、やるか」

お使いよりも先に、俺たちには救いを待つお姫様が居るのだ。


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