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この街で生きている  作者: Cook's Leon
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「しばらくの間はそれも効くだろ、あんまり使いすぎると効果無くなるけどね」

タケさんがそれと言ったのは僕の左の薬指にある見えない指環だ。もちろんそういう意味ではない。

初めてタケさんに会ったときの魔法、それを断続的にかけてくれるものらしい。簡単に言えばお札のようなものだろう。いや、この口ぶりだと薬だろうか。

先程までは緊張や絶望など色々入り交じった状態だったのだが、それが嘘のようだ。

「便利だろ?それ」

「そうですね、これをそのまま着けてたらまた女子の内緒話の標的になる所でしたよ」

これは本格的に魔法と言えるだろう。なんとこの指環、指にはめた瞬間に消えるのだ。

本当に消えたわけではなく、触ればわかるのだが完全に見えなくなる。こればかりは珍しく驚いた。


 外に出ると気の早い太陽は少しばかり色を濃くしていた。

「まだこんな時間だってのによぉ」

ドアに寄りかかるタケさんがハットを深く被りながら項垂れる。

「とりあえず、飯でも食おうか」

10時過ぎにお店に入りもう3時過ぎ、五時間も居たとは思っていなかった。

「そうですね、これ着けたらお腹空いてきました」

そう言いながら左手をヒラヒラと扇ぐ。

「ん…いや、もうちょいいいかな」

タケさんが空を見上げて眉を寄せる。

「大丈夫ですけど一回親に連絡しますね。出てくるのも結構大変だったんですよ」

「あぁ~そうだな、考えて無かった。よし、今度から出てきやすいようにしよう。連絡は…そうだな、今は待っててくれ」

頭からはてなが飛び出るが、まぁ、この人は気にしたら負けだ。なぜだかはわからないがこの人は信用していい気がする、ここは任せておいた方がいいだろう。

「わかりました、信用しますからね。母親が可哀想で」

ニヤリと笑いウインクをしたタケさんがドアの鍵を閉め歩き始めた。


お店を出て数分、メインストリートの端だろうかデカデカとfreedomと書かれたお店に着いた。

「…すごい名前ですね…」

タケさんはゲラゲラと笑いイタズラな顔を見せる。

「まぁ店長がバカだからな。まぁ合ってるよ」

そう言いながら扉に手をかける。

カランと小気味のいい音が鳴り響き、店内のカウンターに座る数人がこちらを向く。なんと、まだ昼を過ぎたばかりだというのにすでにビールを片手に出来上がっている人が所々に見受けられる。

タケさんはその中をツカツカと進んで行き一番奥の丸いテーブル席に腰をおろす。

「金の心配はいらねぇよ、なにが食いたい?」

テーブルの中央の筒から丸められたメニューを抜きながらタケさんは歌うように言った。

「…そうですね、じゃあこのスモークサーモンサンドで」

右端に小さくランチPM04までと書かれた欄から選ぶ。

「4時って…ランチなんですかね?」

そう言うとタケさんはニヤリと笑い。

「飲食の昼休憩は遅いからな、カフェの連中とかオープン前に暇になったやつらのためだな」

「なるほど」

と、タケさんがウェイターの女の子に呼びかける。

「SSSと焼きガキ、あとミヤに太陽セットちょうだいって言っておいて」

「かしこまりました」

呪文を唱えるタケさんと、それを当たり前のように受けるウェイターを静かに眺める。S…?太陽?どちらもメニューには載っていない。

「あ、ここ俺の店」

…なるほど。


スモーキーフレーバーの香るジューシーなサーモンにレモンの香るドレッシングと、ブラックオリーブの美味しいサンドに舌鼓をうちながら目の前の異様な光景を眺める。

真ん中に切れ目を入れただけのバケットに溢れんばかりのステーキを挟み込み、丸かじりしながらジョッキでウィスキーを流し込む細身の老人。

はっきり言って、おぞましい。

「ん?食いてぇの?太陽バケットって言えば出てくるよ」

「あー、ご遠慮しておきます」

比較的大食いのスバルですらこれを完食はできないだろう。僕が二切れ目に手を付けるときにはすでに最後の一口を味わっていた。


「ごちそうさまでした」

ようやくサンドイッチを食べ終わり食後に出てきたコーヒーをすする。

「さて、そろそろだな」

焼きガキとウィスキーを格好をつけながら嗜むタケさんが腕時計を確認しながら言う。

「何がですか?」

「親御さんへの連絡」

タケさんが言い終わりタバコに火を着けるとほぼ同時に入口のベルがカラン、と小気味のいい音が鳴る。なにともなくそちらを見てみると、そこには見たことのある顔があった。

笑顔でツカツカと真っ直ぐ近づいてくるその人物は僕とタケさんに会釈をし開いた席に腰を降ろす。

「タケさん、お疲れ様です。沢村君、体調はどうかな?」

忘れもしないその顔、前回見たときは下唇を噛み神妙な面持ちだった。僕に人生の終わりを告げた医者、滝沢その人である。


滝沢がビールを頼み終わると、タケさんが煙を吐き出し滝沢にアイコンタクトをとる。

「沢村君、私は君に謝らないといけないことがある」

あの時のように再び神妙な面持ちをした滝沢が僕を見据える。

「…はい」

指環の効果だろうか、不思議と落ち着いているものの多少の居心地の悪さはある。

「原因不明の指定難病、拡張型心筋症という診断。あれは、嘘です」

…相変わらず心は怖いほど落ち着いている。しかし、頭は。

「本当に心筋症であれば今頃君はうちで検査に次ぐ検査だよ」

どういうことだろう、病気ではない?。しかし先程タケさんにも寿命を告げられたばかりだ。ダメだ、まるで脳が錆び付いたみたいにギシギシと音を立て全く回ろうとしない。

「伝えた寿命はあくまで予測だけど間違いは無いよ。でも君への本当の診断は、魔力過多性機能障害。医学界には存在しない、魔術師としての診断だ」

「……」

ここで、沈黙を貫き二杯目を飲み干したタケさんがようやく口を開く。

「こいつが出した診断しか知らない親御さんにはこいつから連絡してもらう、これからお前は一人で病院通いをしていることになる。そしてその時間、残された寿命で現世での仕事を覚えて貰う」

「…よくわかりませんが、嫌です」

なにを言っているのか解らないが、そんなわけの解らないものに残り少ない寿命を使いたくはない。病気にしろ呪いにしろ、死ぬことは確からしいから。

「沢村君、これも伝えとかないとならないんだけど。君のそれは、周囲の人にも影響があるんだ。端的にいうと、君がそのままでいると周りの人も亡くなる」


暫しの静寂を切り裂き。タケさんが眉間にシワを寄せながらタバコに火を着け、大きく煙を吐いた。

「健人、俺の仕事としてこちらに来ない場合。俺は、お前を、殺さなくちゃなんねぇんだ」

冷めたコーヒーを一気に飲み干し、僕はタケさんの目を真っ直ぐ見つめた。



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