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この街で生きている  作者: Cook's Leon
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人生のメリーゴーランド3

 目が覚め、いつものようにカーテンを開けると、まるで別の世界に来たような感覚を覚える。見慣れたはずの景色には雪が積もり、色とりどりだった家々の屋根は等しく白銀に染まっていた。

結露した窓を開けてみると、部屋の中に冷たくも澄んだ風が流れ込む。青々とした空ときらきらと輝く景色、長く灰色に包まれていたこの町は一夜にして、僕の心をカビ臭い箱から解き放った。


 積雪は3センチほど、歩くのに苦労することは無いが、キュッキュと踏みしめる度に少し心が踊る音を響かせた。

“薪夜丁 Take your son”

彼に渡された名刺にはそう書いてある。この一角に足を踏み入れた時から不思議と歩みが進む。「あの街には魔法がかかっている」昔父が酔って帰って来るとよく言っていた。

周囲には店を閉めた飲み屋が立ち並び、所々に開店の準備を始める飲食店がある。営業をバーからカフェに切り替えたお店からはベーコンを焼く匂いとコーヒーの香りが漂っていた。

さて、あの老人はどこに居るのだろう。名刺に書いてあるのはこの辺りの呼び名である薪夜丁と店の名前だけだ。なぜ僕はここに来たのだろう。わからないが気がつくとここに来ていた。

「よう、いらっしゃい」

不意に、後ろから声をかけられる。振り返って見ると、以前の老人がハンバーガーをかじりながらコーヒーを片手に近づいてきた。

「まずこれは、ハンバーガーじゃなくてマフィンだ」

ニヤッと笑いながら老人が訂正する。

「おじさん、心でも読めるんですか?」

以前も思っていた事を質問した。老人はコーヒをすすりウィンクをしながら

「立ち話もなんだ、寒いしな」

と笑い、歩き始めた。ぼくは黙って後ろから着いていくことにした。


 店が立ち並ぶメインストリートを抜け少し寂れた、シャッター通りとでも言うのだろうか、先程の様な人の気配は無く。

ただポツンと一つだけまだ出来て間もないであろう雑居ビルだけが客を出迎えようと入口を開けていた。


「ちょっと狭いから、足元気を付けてね」

そう言うと老人は雑居ビルの脇から細い路地へ入っていった。


“Take your son”主張のない小さな、表札ともとれる看板だけがかかる窓一つ無い壁に、外からでもその重厚(じゅうこう)さが見てとれる木製のドアが現れた。

老人が戸を開き中へと誘う。

「失礼します」

老人に一礼をし、ほの暗い店内に足を踏み入れる。

先程は暗く怪しい雰囲気を感じたがドアが閉められ外の光が遮断されると一転、オレンジ色の優しい明かりで店内が満たされていることを知る。

「座って」

老人がカウンターに並ぶ席に目線で促す。

「暖炉…ですか?」

店の奥でパチパチとはぜる薪がその温かさと光を惜しみ無く放っていた。

「ここ、薪夜の象徴の暖炉だよ。君は感じられるだろ?」

「…?」

老人はニヤリと笑いカウンターの向こうへ行くとカチャカチャと何かを準備し始めた。

「ミルクティーでいいかな?」

「あ、はい。いただきます」

小洒落たティーカップに入りでて来たのは温度を保ち湯気を立ち上らせるアールグレイのミルクティー、僕の一番好きな飲み物だ。

「あー、そうだ。俺のことは”タケさん”って呼んでくれ、ここでは皆そう呼ぶからさ」

「タケさんですね、わかりました。僕は」

続きを話そうとするとタケさんはピッと人差し指を立て中断させる。

「沢村健人、健人って呼んでもいいかな?」

「…はい。あの、お…タケさん。単刀直入に聞きます、あなたは…何者ですか?」

そういい放ち、一気に緊張でザラザラした舌をミルクティーで潤す。

タケさんはこちらに一度断りを入れタバコに火を着け深く煙を吐いた。

「その問いに一番短く、簡潔に答えるなら。この前も言ったけど“魔法使い”だ、しかし」

そう言うとタケさんは僕の目を覗き込むように見つめるともう一度煙を宙へ吐き出す。

「もちろん、それが聞きたい訳じゃ無いだろ?」

僕は大きく頷きミルクティーのカップを握りしめる。

「どこから話すか。ひとまず外での質問に答えよう。俺に心は読めない、経験のおかげで色々と予測はできるけどね」

「!…じゃあ僕の名前や…その、病気のことは…」

タケさんはタバコの灰をトンと灰皿に落とし、一瞬僕を見つめる。僕はこの目を知っている、本心を覗かれるような、いや、これはそんなレベルではない。僕の目から本質を根底を、こんな言葉しか思い浮かばない自分を疑うが。

この人は、僕の魂を覗いていた。

 体感としては長い間、実際にはほんの三秒ほどの間を開けタケさんは口を開く。

「俺は、お前を知っている。健人自身よりもな」


 いきなり言われたら、茶化されたか宗教の勧誘だと思っただろう。しかし僕はその言葉を、ストーカーともとれる言葉をただの一つも疑わずに信じた。なぜだろう、聞く前よりもリラックスしている。

「名刺を渡したのは他でもない、健人、君に渡したいものがある」

いつの間にかタバコを吸い終わっていたタケさんはバーカウンターの下から紐でくくられた小さな木箱を取り出し僕の目の前に置いた。

「この中に入っているものは、俺の友人から君への贈り物だ。俺もまだ中身を見てないんだ」

なにも印字されてはおらず外からは中身を予測することはできそうもない。

「開けてみてくれ」

タケさんが目で促し、僕は恐る恐るそれを手に取る。手に余る程度の大きさのそれはほどよく重みがあった。紐を解き、蓋を開けようと手をかける。

…?まるで蓋にのりでもしてあるのか、ピクリともしない。鍵が掛かっている様子も無いのだが…。タケさんは気づいたように少し笑い。

「隙間の所を指でなぞってみてくれ。なるほどアイツらしいな」

言われるがまま、蓋と箱の隙間を人差し指でなぞる。するとどうだろう、バネや仕掛けがあるようには見えないが、ゆっくりとひとりでに蓋が開いた。

中には絹製だろうか、柔らかく艶のある綺麗な赤い布で何かが包まれている。

包みを開けてみるとそこには布と同じ色をした砂が詰まる、綺麗な装飾のなされた砂時計が現れた。

「…綺麗…」

それを手に取り顔の高さに(かか)げる。サラサラと落ちる砂は絹のようでそれとは違う(あで)やかな光を放っていた。

「ああぁそうだな、とても綺麗だ」

横に傾けたにも関わらず速度を変えることなく“それ”は一定の方向へと流れ続けた。

「えっと…これも、魔法ですか?」

逆さに置き、本来なら流れの方向が変わるはずのそれを見つめながら尋ねる。

「うーん、半分正解…かな」

「半分…ですか?」

タケさんは後ろで束ねられた長い髪を悩むように撫で付けた。

「魔法っつうのは…いや、やめた」

説明をしようとあげた手を戻し、変わりに僕の手から砂時計を受け取り寂しそうな目でそれを眺める。

「これは君の現世(うつしよ)の時間、分かりやすく言うなら。健人、お前に残された寿命だ」

今、僕はどんな顔をしているのだろう。温かかったはずのカップを握るその手に、熱は感じられない。


どれだけの時間が過ぎたのか窓も時計も無いこの場所ではわからない。一瞬か、それとも一日か。僕はただ、一定の速度で流れしかし減っているようには見えない手に握る砂時計を眺めていた。

「追い討ちをかけるようだけどさ」

もう一度髪を撫で付け、大きくため息をついたタケさんは。今度は僕の目をしっかり見つめながら唸るように。それは申し訳なさそうに言葉を吐いた。

それは僕の人生に終わりを告げ、選択の余地の無い未来を宣告した。

「どうやら君も魔法使いになってしまったらしい」


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