魔法のかかる街
もう春と呼べるじきにはなったものの、やはり夕暮れ時に上着は外せない。
この街には魔法が掛かっている。蒔夜丁に通う人々は合言葉の様に揃ってそう言う。
特段栄えてる訳でも無いし、どちらかと言うと不況の煽りを真っ向から受けていて空き店舗が続く通りまであるくらいだし。酒も嗜まない、というか夜の街に出掛けない俺にはさっぱり意味が分からなかった。
中学生の時の部活で使っていた薄汚れたウィンドブレーカーのポケットに手を突っ込み、いかにも真面目ですって顔したケントと2人並んで闊歩しているとなにもしていないのにウキウキしてきた。これが魔法なのだろうか。
「お、タケさんとこの坊主じゃねぇか。今日は随分と年相応の連れじゃねぇか」
「どうも、まぁ同級生ですからね」
スキンヘッドにハチマキを巻き、"たこ焼き命"と描かれたTシャツのおじさんが話しかけてきた、たこ焼きの屋台なんてあったんだなぁ。
「ほーん、てっきり友達居ないのかと思ってたよ。見かけるときゃあいつもじぃさんの隣だからな」
「まぁ、お酒飲まないですからね。それでは」
と、おじさんの話をヌルッと流しながらケントは歩みを再開した。
「今度は客として来いよ!友達もな!」
と、手を振る。俺は呆気に取られていたがぺこりと会釈をした。最後にセールスをしてくる辺りなんとも屋台のおじさんっぽくてまた意味もなくワキワキしてきた。
思いっきし建物の間の道にケントが入って行く。
「え、こんなとこだったっけ?」
「そうだよ」
というか、ケントここに慣れすぎじゃない?知り合いも多いみたいだし。てかタケさんとどんな関係なの?
色々と聞きたいことはあるのだが、どうしてか蒔夜丁の門をくぐってからというものケントに易々とは話しかける気になれなかった。
「久しぶりだな坊主、でかくなったじゃねぇか」
後から不意に声をかけられる。それは懐かしさと安心感を含み、俺は彼を知り。そして彼は俺を知っているという直感を抱くに迷いは無かった。
ゆっくりと振り返りながら言う。
「久しぶり、じーちゃん」
俺は多分、笑っていた。