ある日の日記・93回
九十三回
僕は一凡人の身ですからね。
実際味わったことしか書けないんですよ。
いくら言葉でひょうげたような言葉を使っていても――
そりゃ~、一時的な気の紛らしとして、ウップンばらしに吐いているだけなんですよ。
どうしてもとおっしゃるんでしたら、一度君達をその時の苦しみに落とし入れてやりましょうか?
そりゃないか。
やっぱりそのような苦しみは、人には味わってもらいたくはありませんよ!
とても耐え難い苦しみですからね!
並の人間だったら、とっくに自滅している所ですよ。
僕であったから――
この気丈夫な僕であったから、乗り越えることが出来たんですよ。
今日という日が来ることを信じる気持ちが強かったから
僕は乗り越えることが出来たんですよ!
あんなに途方もない苦境をくぐり抜けて来ながら、今どうしてこんなにスッキリした気持ちでいられるのかって?
そりゃ~、当たり前ですよ!
行き詰まれば行き詰まる程――
その壁をぶち破る時は、近づいているということです。
そしてその壁を一旦ぶち破いたなら、一変にして広々とした世界が目の前に広がってくるという所です。
僕も今まで再三そのような小っぽけな壁をぶち破いて来たことはありますが――
今回のように、ぶ厚い壁にぶち当たったのは初めてです。
その頑丈さ、途方もなさは、世界一大きなエベレスト山の登頂に挑戦する時のような心境だろう? とも思います。
しかし今回の壁も、どうにか乗り越えることが出来たようにも思いますし――
しばらくは、陽気な心が首をもたげてくると思います。
しかしそれは本当にごくしばらくの間だけなんです。
僕は今の所、楽を味わうことを良しと認めたくない心境ですし――
その信念がある限り、また自とこれまでよりも、より一層ぶ厚い壁に挑んでいくものと思います。
それが今度はどのようなものか?
ハッキリしません。
もし彼女と裸一貫から新生活を築いていく、第二の人生へとスタートしていく壁であったら、どれほど挑み甲斐があるか知れません。
しかしそれは叶わぬ夢でしょうね……
それに僕が、そのような事を彼女に無理強いしたら、彼女も嫌がるでしょうし――
とにかく彼女のことについては、彼女自身の人生選択に任せていようと思っています。
「ウチは別にあの人と一緒になる気持ちなんかないの。ただあの人の文章が好きだから、これまで読んできたのよ! あの人もそれで良いって言ってくれたし、あんまりそんなこと言いふらさないで!」
「でも良いわね! あんなに可愛い人と文通しているなんて、羨ましいわ」
「ウン、ウチも楽しいの。あの人の日記を読んでると、不思議と心が弾んでくるの」
「でも、昨日の詩なんて本当に幼稚きわまりないわね!」
「あんなにあの人が幼稚だとは思わなかったわ。あれで結婚してから何なんかやっていけるのかしら。考えただけでも吹き出しそうになるわね!」
「ウフフ、そんなことないと思うわ。あの人は、色んな心を持ってるのよ。幼い子供のような心や、寂しがり屋で甘えん坊の心や、気難しくて短気な心や、人生のあらゆる問題を解決できる、たくましい気根やら、老人みたいに、人生の末端の苦しみを知り尽くしている心や……」
「やっぱりスケールが大きいのね!」
「あんな人から愛されたら、きっと幸せだと思うわ」
「でもそれにしても、今のように皆から嫌われ者になっていたんじゃ、その人格の尊大さというものも疑いたくなるわね!」
「本当は、まったく口先だけの人じゃないの!」
「それも考えられるけど、でもそれでも良いわ! 本当はウチ、あの人が好きなの。結婚するんならあの人しか居ないと思っていたのよ! その人から、やっと手紙が来て嬉しいの! これからどうしようかしら?」
「でも藤田さん、本当にあんたと一緒になる気あんのかしら? あの人も遊び好きだからね~、からかっているんじゃないの?」
「そうね! あの人はモタイさんをからかうのを趣味にしてるのよ。あの人も好きね~。それでモタイさんは喜んでいるのよ」
「やっぱり藤田さんは、モタイさんの気持ちを知り尽くしているのね。だからあれだけ喜ばすことが出来るのよ!」
「でも、それにしてもよく女心を知り尽くしているわね! やっぱり女を知ってるんじゃないの? そうでなきやぁ~、とてもあんなこと書けやしないわ」
「そうね! でもそれでもいいんじゃないの。あの人にもこれまで何回か曲がり角があっても不思議じゃないわ! 若気の至りってこともあるし」
「ウン……」
と、まぁ~
色々、ウワサが立っていることだろうと思いますが、今の所、彼女とどのような関係になるのか? 分かりません。
ただ彼女の出方しだいなんです。
彼女がこのまま文通友達としていたいとゆうんだったら、そのようにドンドン手紙を書いて出すだろうし、その先のことは分かりません。
アァ~、思い出しましたよ!
彼女が返事を出さなかったのは、出さなかったらまた手紙を出すかもしれないと思っていたことだったそうですね!
結局、最後にはその通りになりましたが――
しかし今度は、そうもいきませんよ!
確かに君からの手紙が来なければ、来させるまで書き続けていこうと思っていますが――
しかしもうここまで何もかも分かっているんだったら、これ以上あえてそのような小細工をする必要もないと思います。
「また出さなかったら手紙よこしてくれるかしら?」などと言って、僕の心をもてあそばないで下さい。
君の返事の手紙はそれとして、今回どうしても必要なものですからね!
どのような返事をよこしてくれるのかは分かりませんが、とにかく何か書いてよこしてください!
アァ~、君はまた僕の手紙を皆に見せ回っているそうですね。
「あんまり綺麗な手紙だから、自分一人で読むのも悪いと思って皆に見せているの」
……なんていう、不真面目な行動は慎んで下さい。
このことに関しては、ただ僕達二人だけの問題ですからね!
そりゃ~、ないか!
マァ~、君の好きなようにさせるさ!




