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一滴の波紋【原文】1巻の2  作者: 藤田 ユキト
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ある日の日記・71回


七十一回



 今は彼も俺の顔さえ見るのもイヤだと思っているだろう。

俺もそのように思われた方がこうえいなのだ!


何せ、彼は権力を持って俺を押しつぶそうとしていたのだからねっ。

腕力に優れ、知性に優れ、人間愛に優れ、そしてその人格をかわれて今現在の地位を授かったのですから。


その地位の権力にものをいわせて、俺を押し潰そうとしゃがった!


だから俺様もそのような権力に負けまいと、彼の事を無視したのだ!

無視しさえすれば、いくら彼に力があっても、権力があっても、自分には何の存在価値もないのだ!


 何もありゃ~しない!


自分の目からすれば彼なんかこの世に存在していないのも同然なのだ!

俺の目にその姿を入れないのだからねっ!


 見たか!


ざまぁ見ろ……!


 しかし彼の目にも自分の存在価値なんて目に入らないだろうことも認めていますがねっ。

これでもし彼が自分の腹立たしさの為に、僕のことをイビロウとか、やめさせようとかするならば、それはやはりいくら彼が皆から慕われていようと、権力の奴隷となり、権力に振り回されているということになるのです。


僕をやめさせるには仕事上のことでしか出来ないことです。

何せ僕も彼も同じ労働者の立場ですし、我々は働くために雇われているのですからねっ。

だから僕のように一生懸命仕事をしている者を、やめさせることは出来ないのです。

最低限度の労雇の条件によってねっ。


 彼がもしそれを決行したならば、意地でもしがみついて彼をののしろうと思っています。

今の僕にとって、あれほど自信満々で、活動家の姿を装している人間が醜く見えて仕方がないのです。


可笑おかしいでしょう?


 人間にとって自信満々で活動家のほうが、どれほど社会から尊ばれるか知れないのに。


 確かにまともな社会であったなら、自分としても彼を尊敬できるかもしれません。

しかしこのような貧富の差が激しくなり、その立場の者がハッキリと区別されるようになってくると、僕はどうしても社会からはじかれた者や、クビになって失業している者、いくら働いても楽にならない能力の低い者、要領が悪くて損ばかりしている者等――


僕はそういった人達の側に立たずにはいられない気になるのです。

僕においてもそうですが、その者達からしてみれば、彼はその者達から恨まれ、妬まれ、軽蔑される代表者みたいな者ですからねっ!

僕にも多少なりとも力がありますから、もし自分が彼のように「自分がいい目をみる為に」という欲を求めたら、少なくともその足元ぐらいまでは近づけられるだろうと思います。

もし欲を出しさえすればねっ!


 しかし今はまったくそのような欲は湧いてきません。

バカと言われるかもしれませんが、今はこうやって自分一人になって、皆からはじかれ者になり、嫌われていることが最も気楽なのです。

そういった苦しい立場の者達の気持ちをくんでやる為にもねっ!


 しかし今の自分はあまりにもひどすぎると思います。

そのような信念を貫く為にだけ沈みきっているようにも思えないような気もするのです。

確かにその信念も半分あることはありますが、しかしやはりこのままの状態を続けていたら、自分自身、人間として落第されることを免れないだろうと思います。


やはりそのような信念を持ち続けることは久遠に続いて大切なことだと思います。


 しかしまた反面、人間として生まれてきた以上、その自己に与えられた天分を最大限に生かし伸ばす責任と義務があると思います。

だから、ただその為にだけ自分は自己の生命を活気づけ生き伸ばしていこうと思っています。

もしかしたら彼もそのような気持ちで生きておられるのか分かりませんが、今の所はそれを認めたくないのです!




 もう僕が、その活気を取り戻す為には、信仰すること以外にないと思います。


 アァ~! もう、まったく同じことのくり返しばかり言っていますねっ!

本当につまらないと思います。

しかし僕にしてみれば、他に何もやりたい事がないのです。

何かやろうとしても気が散ってまったく手につかないのです。

多分ノイローゼが酷くて、精神分裂症にでもなっているのではないかと思うのです。

その精神異常者の僕が、今手につくものといったら、この日記で君達に語りかけることしかないのです。

せっかく口があるというのに、それを使わないでわざわざ紙に書いて意思を伝えようとしているなんて、まったくオシ同然のカタワ者みたいですねっ!

それも仕方がないのです、今の所――


 頭の中では色々と君達と自由気がねなく語り合える言葉がスラスラ次から次へと浮かんでくるのですが――

いざ口を開いて伝えるとなると、なかなか口が言うことをきいてくれないのです。

まったくこの口さんも我がまま勝手な生き物みたいです。

喋りたくないと僕が思っていると、まったく働いてくれませんし――、ねっ。


 そりゃ~、あったりめ~じゃねえか!

しゃべる気もしないのに、口が開くわけないじゃないか、ナァ~!

本当は、このように日記に書いていても、チッとも人と話をする話術は上達しないと思います。

相手があって、相手と話すことによって初めて、話をする話術というものが上達してくるのだし、本当にもう、こんな日記を書くことなんかよしたいのです……。


もう本当に……




後は、信仰に――

その集会に出て、少しずつ話すことに慣れていくことだけです。この無口の悪癖を治す為にはねっ!

本当はそれほど無口でもないんです。


 ただ今は、自分が喋りたくないと思った人達には、まったく喋りかける気がしないだけなんです。

もし自分がしゃべる気が起こる人に相対あいたいしたなら、今より少しは喋るようになるのです。


 しかしそれではいけませんねっ!

たとえしゃべる気がしない人であっても、その必要性があると認められる時には喋るくらいの心の余裕を作りたいと思います。


今はただ信仰に全てを託すしかありません。


 あんまり君達から声をかけてもらえないもんだから、少し良い男になって気を引こうと思って、床屋に行ったのだが、ついてない時にはついてないものですねっ。

まったく自分の望みとは裏腹に、こんなカッコ悪い調髪にして下さった。

実に有難いことですよ。


どうして僕はこんなに神様から意地悪ばかりされるのでしょうか?


たまには良い目を見させてくださっても良さそうだとゆうのに、こんなスズメの巣みたいな頭にして下さった。


 これじゃ、明日会社に出ていくのも恥ずかしいよ。


誰か何とかしてくれませんかねっ!

それともこれも神様が僕に対して与えてくださった試練の道なのでしょうか?

このように美しい美貌を与えられた僕に、その反対である醜い人達の苦しみ辛さというものを知らしめさせる為の試練をお与え下さったのでしょうか?


 それなら、それなら――

僕は喜んでそのご慈悲を受けようと思います。


今の自分はあまりにもウヌボレ心が強いですからね!


たまにはこのような恥を受けるのも結構薬になるのでしょう。

それでも開けっ広げに笑わないで下さいよ!


ねっ!





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