ある日の日記・58回
五十八回
この元気のなさは、タバコの吸い過ぎからきているのではないかと思ってやめようとしていた。
しかし君達の言葉でハッと我にかえったような気がします。
やはり――
あの時の君達の愛情で満たされていた時には
いくらタバコを吸ってもビクともしない奇跡を実現させていたし
やはり本当は口には出さないが――
イヤ――、口に出すのがそら恐ろしかった!
恋の病が――
本当はこれが一番の原因だったんだ!
このように田舎へ帰るかもしれない――
または自殺するかもしれないという心配をさせて
彼と、君(君達)のせっかくの計画をメチャクチャにしてしまって申し訳なく思います。
僕はまさか、自分がこんなことをすることによって、君達をそんな目にあわせようなどとは夢にも思っていなかったことだが
しかし、それでもこのような始末になったことについては、謝る術もありません。
確かにあまりにも凄まじい恋の病に倒れて
自分自身を見失っていたのです!
その悲しみの深さは、実際現実の彼女に、ただ振られたから生じたというだけのものではないんだ!
このように今でも誰かが――
本当の悪霊かもしれない――
そのようなよそ者が、彼女になりすまし、その声に似せて、これまで幾多の
自分を喜ばせるささやきをし、失望させるささやきをし、勇気づける――、励ます――、からかう――、悲しませるといった
――とても数えきれないほどの思い出を、僕の心に焼きつけていて
それでいながら、本当の彼女からは、何一つとして、これらの迷いを晴らす言葉を聞けないでいる。
段々、彼氏との仲も深まっていっているだろうし
もう完全に断ち切らなければならないと痛感しているのであるが
あまりにも強烈な印象のため
どうしても断ち切ることが出来ないでいたのだ!
それを晴らす為にと、気が狂いそうなほど音楽を聴いたり、酒に酔ったり
またこの日記で、そのウップンをはらそうとしてきた――
とにかく申し訳ないが、ひとまず明日からお袋のいる淡路島にでも行ってこようかとも思っています。
今晩寝て、目が覚めた時には、また変な具合に気が変わっているかも知れませんが
とにかくどうしようもないんですねっ!
不可能なことは不可能なことだし
その原因も分かっていることだから、田舎でゆっくりと静養して
また心新たに、仕事に励もうかとも思ってます。
人に遅れをとっても構わないことだ!
自分自身、精一杯生きていたらそれで良いことさ!
自分が田舎へ帰る一つの理由に、お袋の面倒をみなければならないということがあった。
しかしそれは今度の手紙によって免除されそうだし(兄貴のところで、面倒みるようになって)
無理して帰ることもなくなったのだ。
――とは言え、こっちに居ることも今の所、辛くて辛くて仕方のないことだが
とにかくもうしばらくでも、我慢してみようかとも思います。
その内、自分がここで身を立てられそうか?否か?ということも分かってくるだろうし、それがハッキリしてからでも良いじゃないか!
今は大分、弱気になっている。
本当は彼等の誰一人として負けないという、負けず嫌いが自分の内にドクドクと煮えたぎっているのです。
その情熱が本物かどうかは来年彼等と戦ってみれば分かることです。
それで負けたらいさぎよく退きもしようし、勝ったら勝ったで、またより一層控え目に、より高い目標を目指して突き進んでいくだけだ!
とにかく――、どうしようか?
君達はもう決定しているのかい?
俺も何も言わないし、彼も君も何も言わないし
まだこのことをうやむやにしていることが気持ち悪いんだ!
しかし来年は、心新たにして、また――
もう女のことは、あまり考えないことにする。
仕事をバリバリやって、いつでも落ち着けるという準備を整えることに精進しようと思います。
そうしている内に
――ママァ~、――ネェ~
一人ぐらいめぐり会えるだろうし、それを期待してまた生き恥をさらけ出していこうと思います。
もう同じことの繰り返しですねっ!
つまりませんねっ
だからこの辺でよしましょうか!?
――「好きな人だから余計にお金のことを口にしているのを見ると、イヤになるのよ。
いくら自分が困っているといっても、本当に身内という間柄になろうと思ったら、いくら困っていても来るべきなのよ。
自分が困っているからといっては来なくなるし、あげくの果てには、お金のことばっかり言うようになって――。
だから今は嫌いなの!」
――俺もつくづくその事には気づいていた!
しかし田舎へ帰ろうか?ということも考えていたし
自分の意思一つではとても別れる決断がつかないということも思いあぐねて――
それでここしばらくは、それならそのように受け止められてもいいや!
――もし、自分が本当に帰るようになった時には、そのように嫌われていた方が気楽に別れられるということも考えていた。
ここしばらく通いつめたのは、別に何の衝動もなかったのだ!
「無性に行きたい!」という氣も起こらず
「会いたくて会いたくて仕方がない!」という氣もおこらず
「好きで好きで」という氣も――
「身内の間柄だから」という氣も――
もう身内同様という自覚も、仲むつまじいという心の絆も、ママさんが好きだからという熱意も――
――まったく消えかかっていたのである。
ただ、今まで再三通いつめた店――
――苦しんで苦しんで、どうしようもなく、何かしら気分転換をしたいとか、心を慰めてもらいたいとかいう氣持で通っていた店へ――
もう死に果ては亡霊が、生前の花々しい栄華に引かれて、無意識に通っていたという方が当たっているのだ!
――ドアのすき間から、そっと中を覗き、安全な座り場所をみつけ
皆に分からないように、そのすき間からソ~ッと、そよ風のごとく吹き入って、その指定席にチョコンと座る。
皆は自分が入って来たことなんか気づきもしないで、相変わらずベラベラ陽気にはしゃぎ回っている
――自分にも生前、このようになごやかにしていた頃があったんだなぁ~と
生き返える望みのまったくない我が身を嘆きつつ
ただ無表情に祭壇に祭られた供え物のお水をビールがわりに口に入れて、時を過ごしている
相も変わらず、皆は自分が来ていることなんか氣付きもしないで
なごやかそうだ――
もし生前、彼女等と本当の心の通いがあったなら
今のはかない亡霊と化している我が身であっても、自分が入ってくる風のそよぎを察知して、何やら心を揺さぶるものがあるはずなのに――
それがないということは、やはり生前の花々しい栄華は、作り事の偽りだったのか?――
と寂しくもなる――
しかし今の自分にはどうしようもないことだし、時間が来て皆が帰り支度をし始めると
僕もイソイソとドアのすき間から誰にも感じられないように、ソッと外へ吹きそよいでいく――
そして生前、自分が彼女等の為に用意したオンボロ車に乗って
血肉の吹き荒れている地獄道を突っ走った
もう二度とこの世に戻ってこない覚悟をして――
何が――
どうして?――
もう本当にイヤ氣がさしたのだ!
いくら生前の栄華にすがりついても、我が身は相変わらず地獄の底に沈んでいるだけだ――
もうその因縁をたち切って、安らかに他界しようと、ママさんが呼び戻す声に後ろ髪を引かれながらも突っ走った
もう二度とこの世に戻ってこないことを覚悟して――
――しかしママさんの叫び狂う声が、あまりにも強烈過ぎたのだ!
「戻って来てー!行かないでー!」
その一声によって、自分はまたこの現世に生き返ることが出来たのだ
もう息を吹き返すこともないという、恋の病に倒れ、そのママさんの一声でこの世に引き戻ることが出来たのだ
たとえ生き返ったとしても、今の自分には何ら生きる目的も生き甲斐も――、張り合いもない――
今にして生き返っても、チッとも生きていることが嬉しくないのだ!
どうしてなのか分からない
同じ年代の若者が、あんなに意気揚々と飛びかっている姿を見ても
自分の心は、そのようなことにはまったく感じない不感症のごとく
まだ亡霊のクセが抜けきらない。
この先、生きていて自分が変われるのか?まったく見通しわない。
ただ今は、恋の病からやっと立ち直れた病弱な身体を引きずって何とか生きていこうとしているだけである。
――ママさんはいつでも自分が生死の境をさ迷い歩いている時に、息を吹きかえらせてくれる大恩人である。
だから――
これからも、いくら金銭的に困っていたとしても出来る限り行こうと思っている。




