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妻女は○○なのじゃ♪

深志茅野家の下屋敷に辿り着いた兵庫助。


でも何故か彼は悲しい目に遭います。


でわ、どうぞ♪


「兎にも角にも、下屋敷にたどり着いたな」


 兵庫助は自身の太ももを叩きながら息をつく。彼らは間借りさせてもらっている〖深志茅野家〗の表御門と御用門が一目で見渡せる屋敷地の路地角に潜み、闇に紛れ各々辺りの様子を観察していた。


「へぇー。それはそれは何よりですね。ハイハイ」


 人目を忍びながら下屋敷にやっとこさ辿り着いた感動はどうでもいいらしい雛の、素っ気ない態度に思わずウッとなった兵庫助だが、ココは一つ気を取り直すことにして、先ずは屋敷までの裏道を案内してくれた夜鷹の女に銭でお礼をしなければならない。


「さてと、所望の銭であったな。ちと待たれよ」


 とは云うものの、今は銭の持ち合わせなどない。


 兵庫助はその点を道中考えた結果。自身の家中に用立ててもらう事を思い付き、夜鷹の橋梅に暫し屋敷内で待ってもらい、その間に銭を用意せねばと考えたのだった。


「構わないだろうか。ひょろひょんよ?」

〘はてさて、ここは一先ず御社様にお伺いを立てねばなりませぬ。それにまた、橋梅殿には人目の付かぬところで着替えて頂かねばまりますまい〙


 ひょろひょんに云われてみて気付かされたが、恩義があるとはいえ夜鷹を屋敷内に連れて入るのは確かに不味い話だ。


 なにせ此の下屋敷は、飯井槻さまが御当主を務める〖大宮深志家〗の、通例上の本家に当たる〖深志茅野家〗に対して幕府が与え給うた土地に建てられており、当然便宜上の管轄者は〖深志茅野家〗が担任となり、当然ながら間借り者の〖大宮茅野家〗には屋敷地内での出来事について決定権がなく、更に言えば本来の土地支配者は幕府になる為、常に彼の賢慮儒者共の目も気にしなくてはならない立場にも置かれていたのだ。


 だが、あの飯井槻さまのことだ。絶対何か仕掛けて来るに違いあるまい。それと…。


 もしもの時のため、夜鷹を斬って捨てる覚悟もいるな。


 そう思った兵庫助は、刀を直ぐにでも抜き打ち出来るよう体勢を調え、屋敷地の路地に身をひそめ気配を消しつつ橋梅の背後に回った。


 考え過ぎだと我ながら思うが、此の者がもしも影なるモノであるならば、即座に斬り口を塞がねば我が茅野両家に何がしかの危害があるやも知れぬからな。


〘さて、左様な具合でして、此度はどうしたものか判断が付きかねまする。御社様に一報を入れたいと存じます。故に…〙


 夜半の暗闇の所為もあり、いつも以上に表情が読めないひょろひょんは、僅かに口を動かして雛に正対する。


〘ここは雛様にお願いする(ほか)ありませぬ〙


 受けた雛は辞儀をして「畏まりました♪」とだけ楽し気に言い残し、彼女は後ろも振り向かず、普段は商人などが使う御用門を潜って屋敷内へと気楽な様子を見せながら敷地内へと入って行った。



 やがて…。



「ふししし♪面白い話になっておるようじゃの♪♪」


 雛と同じ茅野家の侍女の格好をした飯井槻さまが、唐草模様の風呂敷を両の手に抱えて表に出てきたのだ。


「これは…」


 コイツ、やっぱり面白がって表に出てきやがった。我が主人ながら自由な御人すぎて呆れるわ。


「すいません。どうしても御出座しになると申しましたので……。致し方なく…」


 ついさっきまで悪態をつきまくっていた女子と同一人物とは思えないほど、何やらしおらしくなった鶵嬢は、ひょろひょんに頭を下げて詫びをいれる。


「ああ、まあ気にするな。飯井槻さまとは生来あんな御方だから、御自身のおやりになりたいよう好きにさせるのが一番だからな。仕方ない」


 儂はしたり顔でうむっと頷き、顎に手を当て雛の気を和らげて…。


「えっ?あの、一人で何言ってんですか兵庫助様?あたしはひょう様に御話しておりましてですね、決して、あ・な・た・さまにお話をしているんじゃないんですよ?もう本当にあぶない発作でも起こしたんですか?」


 バカなのこの人?みたいな呆けた面で兵庫助を見やる雛は、ふんっ!と鼻息も荒くまたしてもそっぽを向いてしまった。


 だからね鶵ちゃん。儂が君に具体的にナニカ変な事でもしたのかい?あったなら教えてくれないかな。治すからさ?ね?


「ほうほう。此の者が長兵衛の御内儀かの?」


 兵庫助と鶵との、なんとなくな確執を知ってか知らずか、いつにも増して楽しそうな飯井槻さまは、そうかそうかそこもとがなどと頷かれながら、夜鷹である橋梅に近付き、彼女をやや見上げながら云われた。


「んん?今、なんと仰せになられましたか飯井槻さまよ?」


 なにやら聞き逃せられぬ言葉に兵庫助は色めき立った。


「うん?わらわは何やらおかしなことでも申したかの」


 怪訝そうな御顔を為された飯井槻さまは、小首を傾げつつ兵庫助の方を向く。


 外は月もなく暗闇に包まれ、下屋敷の門前に備えられた二か所の番所の行灯からこぼれる灯りが微かにその点のみを照らしているのみだ。


 お陰で実際には飯井槻さまがどのような表情をされているのかは、兵庫助には伺い知れない。


「先程、この者が昨日面会した担ぎ蕎麦屋の長兵衛の妻女と申されましたが?」

「なんじゃ、ひょうろひょんから聞いておらぬのか。此の者は左様な身の上のものじゃ。色々な意味での。ふしししし♪」




 またである。また儂は肝心の話からのけ者だ。


 余りの扱いとやるせなさに、じっと手を見てしまう兵庫助であった。


ここまでお読みいただき誠にありがとうございました。

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