手紙の真意。(1)
続きです。
兵庫助は兵庫介とはちょいと違う人物です。
でわ、どうぞ♪
空はすっかり黒くなって星が瞬き、通りを行き交う人の姿も殆ど見受けられなくなったころ、とある武家屋敷から出て来る者が三人いた。
「儂、なんのためにココに出向いてきたんだろう」
そう呟くのは大宮茅野家二万石の家老、神鹿兵庫助。今は暗くなった道を照らす提灯持ちをしている×させられている◎。
〘兵庫助様は、何やら落ち込まれておいでのようで〙
左様に彼に対して気を遣うのは、大宮茅野家当主である茅野通称〖飯井槻〗さまの側用人で、ひょんひょろなる背がめったやたらに高い御仁。
「それにしても御二方の御話長かったですね。わたし、すっごくお腹が空きました」
そして最後にこう言ったのは、背が童女並みに低くて丸顔童顔な飯井槻さま付きの侍女の鶵。
彼らは身分に応じた大仰な供も連れず、たった三人。ちょっとそこまで挨拶がてら出向いてきたといった風情で屋敷を出て、今もその様相で歩いている。
〘御社さまの御誘いには色よい返事を戴けましたので、こちらとしては申し分ないのですが、なにか御不満でも?〙
「御不満だらけだぞ!儂ずっと長廊下の板に座らされていただけだからな」
ひょろひょんが御声が大きゅうございますよ。などと窘めてきたので「ぐぬぬっ」となり、儂は口をふさいだ。確かに我らは忍んで参ったのだから身元バレしたり、もしくは他に関心を持たれたりしたら元も子もない。
「あの、先程からお話をお伺いして思ったのですが、それってどういう状況ですか?」
そこは聞かないでください。
〘いえ、大した話ではございません。単に彼の寺社奉行様の御屋敷には、有名どころの幕閣のお偉方が幾人かお忍びで御出で頂いていただけでございます〙
「そうなの⁈」
〘ご存じありませんでしたか?〙
「聞いてないよ⁈」
〘ですので兵庫助さまが直接お会いさせるわけにもいかず、廊下で終始待機とあいなりました〙
「なんで⁈なんで儂だけ除け者なの⁈」
「提灯持ちの陪臣の陪臣だからじゃないですか?」
「へっ?」
突如口を開いた雛の言葉に兵庫助は呆けた顔をして、口をあんぐり開けた。
「そうなの?」
〘もしや、今更お気づきになられたのですか〙
よもや、はい!とは言えず黙っているとひょんひょろが、更に重ねてこういった。
〘御社様の御呼びかけにより、事の重大さを認知された御歴々が参集されたのが件の寺社奉行様の御屋敷にございます〙
「なんでまた、そんなことになってんの?」
そんなことを突然言われても、兵庫助には全く意味が分からない。
〘はて、兵庫助様もお読みになられたのではございませんか?一之介殿のお手紙を〙
「全然読んでませんけど!!」
兵庫助は抗議の思いを込めた大声で、ひょんひょろに食って掛かる。
〘それは失礼を〙
「ちょっと兵庫助様すごくうるさいですよ。もう今何時かご存知ですか!」
「すみません…」
雛よ、お前も大概デカい声だぞ?なんてことは言い出せず、ただただ謝り押し黙るしか能がない兵庫助である。
「えっと、すんません。少し御聞きしていいですか?」
こそこそと、兵庫助はひょんひょろに近付いて小声で話しかける
〘なんなりと〙
「家老なのに律儀な人」
ねえ鶵ちゃん、それ家老は関係なくない?
「えっとひょんひょろさん。此度の一件のあらまし教えてくんない?ホントに何も分からないままココまで来ててさ。ホンの少しでも儂に教えてくれないかな?」
「うわ、ホントに何も知らないんだ…。家老なのに…」
ほっとけよ!悪かったな!マジで何も知らされてなくってごめんよ!
〘雛様、左様に申さずとも〙
いやいやいや!あんたも儂に何も知らせていない人達の一員だよ?なに自分は関係ないみたいになってんのさ!
「そうは言われましても、御社様の御言いつけ通りに立ち働いております故、些末な事はわかりませぬ」
儂の身の上を≪些末な事≫って言っちゃたよコイツ!腹立つわぁ~!
「兵庫助様、話が一向に進みません。そんなんだから些末な人扱いなんですよ?」
些末な人ってなんだァーーーー!!
「あーもう!うっさいな!黙れよ些末家老!!」
「些末家老とかいうなや!ふざけんなよお前!」
「男の癖に細かいことウダウダ言うなや!些末が嫌なら言い方変えてやるわ!この粗末家老!」
「粗末ってなんだ!些末より言い方が悪くなってんじゃん!おまえ昨日は昨日で儂に自決用品一式置いて切腹迫るし!儂の扱いがひどいんだよ!」
「家老にもなっといてう〇こを食事中に漏らすのが悪いんだろうが!ああん!!」
「だから漏らして無いし―!アレは蕎麦たれだって昨日も今日も言ってんだろうが!!」
「味噌だろうがなんだろうが!飯井槻さまの御前で汚らしい粗相をしたらダメじゃん!家老だからもっとダメダメじゃん!このダメ家老が!」
「「うっぎゃあアァアア!!」」
気付けば似た背の高さ〚兵庫助が僅かに高い〛の二人が、荒い息でお互いの胸ぐらをつかみ合い睨み合っていた。
〘御二方、気はお済になりましたか?〙
斯様ないがみ合いの中でも、いつもの様に表情を変えないひょんひょろは、決まりごとの様な抑揚のない物言いで仲裁に入って来た。
家老と侍女と云う、本来ならば言い争いどころか、表だった対立すら世の中ではあってはならない事例であるのに、何考えてんですかあんたがたは…。と、ひょんひょろの目が《表情どころか、顔かたちもいつもの様によく分からないが》強烈に訴えかけてくるように感じた二人は、スッと相手の襟から手を放し、着物を整え直してこういった。
「「申し訳ありませんでした」」と。
〘それでは話の続きを致しましょう〙
「「よろしくお願いいたします」」
さらっと素に戻ったように見受けられたひょんひょろが、話の続きを始めたので、二人は首を垂れてお願いした。
〘端的に申せば、一之介殿が修行にて御勤め為されている寺でとある騒動が起きておりまして、それが此度の手紙の一件のもとと申してもよいのございます〙
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。