ついてない兵庫助なのじゃ♪
続きです。茅野家のついてないカタヤイネンこと、兵庫助を見てやってくださいませ。
「くそ!まあいいや!気分治しに蕎麦切りとやらを、たらふく喰ってやるわ」
兵庫助はぐわっしと、蒸された蕎麦が乗った蒸籠を引っ掴み、ジャバジャバと蕎麦たれをぶっかけた。
「「あっ!」」
〘…〙
兵庫助は自身のたれ塗れの袴を眺め、やや間を置いた後、めっさ情けない顔を持ち上げた。
「うっ…ちめたい……」
ちょっと泣きそうな兵庫介である。
「そうじゃの、冷たかろうのう。たれもこぼれる蒸籠であるからのう。抜け作じゃのう」
「……なんと申してよいものか判断に迷いまするが、その、大事ございませぬか?」
〘兵庫助様、畳など汚れた箇所など他にございませぬか〙
何故、蒸籠の容器にたれをぶっかけたのだ?と云った面持で、飯井槻さまと料理人の御爺様はポカンとしている中、一人ひょんひょろは高価な畳の心配をしていた。
「あ、あの……。も、申し訳ございませぬが、一旦中座させていただいても宜しいでしょうか」
「プッ!…う、うむ。構わぬぞ。そのままだと何かを漏らしたように見えての、わらわの食欲が失せるからの。ま仕方なかろうて」
「ボフッ!…だ、大事ありませぬ兵庫助様、我が家の孫もたまに糞…。失礼、粗相をいたしま……ブッ!!」
〘……御社様、御安堵なされませ、幸い畳に被害は及んでおらぬようにござります〙
股間部分が茶色くなった袴の前と後ろを抑え、しかも前屈みで立ち上がった兵庫助の余りのアレな感じに、飯井槻さまと御爺様は堪らず噴き出したが、一人ひょんひょろは高価な畳に被害が及んでいないことを飯井槻さまに対して冷静に報告するのみだった。
「すいません。ホント、すいません」
兵庫助は自分の股間部分の深刻な被害と、そしてそこに託された幾つかの役割に気付きいたたまれなくなっていた。
そしてこう決意した。
早くこの場から去り、着替えようと。
彼は前屈みのナヨナヨしたオネエ系の内股でシャナリシャナリ台所の間を出ると、誰にも見られないように廊下をバタバタ早歩きを始めた。
「あれ、ひょ、兵庫助様の袴が茶色い?え、うえっ⁈」
「兵庫助様、ひょっとしておもらしですか?武士なのに?家老なのに?」
「なんかくせェ」
次室に控えていた飯井槻様付きの侍女二人と蕎麦屋の長兵衛が廊下に座り、中庭を眺めながら、前屈みでやってきた不審者を見て一斉に目を逸らし無体な事を云ってきた。
もう死にたい。
そう兵庫助は思った。
「い、いや違う違う!!ちょ、ちょっと蕎麦たれをこぼしてしまったのだ。嘘ではない!!」
必死こいた兵庫助は内股度を更に内側へ急角度化させ、たれが付きまくった両手をぶんぶん振って言い募ったが、皆が皆に、寄るな触るなあっち行けと散々に罵倒された挙句。
「兵庫助様、辞世の句の用意が出来ました。あとこれ、割と渡すのかなり嫌なんですが、切腹用にあたしの懐刀差し上げますのでお使いくださりませ」
などと、侍女の一人である〖鶵〗が、遠くの柱の陰からそっと儂をのぞき見て、廊下に自決用備品一式を置き、さらっと他の連中共々部屋の中に引っ込んでいかれた。
ここで死ねってことですか?
あの侍女、名は幼さと若さを感じる良い名で、背も童女のように低く丸顔で童顔で可愛らしいのに、なにあの汚物にとどめを刺すような物言いと態度!! くそ!名は性格までは現さないんだなと密かに儂は思った。
いや、儂は汚物じゃないんだけどね。絶対違うからね。
ちなみにもう一人の侍女はおっとりした雰囲気の美しい女子で、名は〖苗〗といった。
他にもう一人、背が低くて《鶵ほどではない》笑顔が可愛らしく快活な侍女がいた筈だが、アレはどこに雲隠れしたのであろうか?この辺りにはいないんだが。部屋の中かな?
いや、それよりも早急に身体を拭い袴とフンドシを着替えて飯井槻さまの御前に再び参上せねば、儂の意見も聞かずにそのまま重役を反論もなく押し付けられるに決まっている。
急がねば!だって一之介の手紙まだ読んでないんだもん!
「遅かったのう味噌塗れの兵庫助よ。よもやお主は神君様の生まれ変わりだったら面白いのにと、丁度噂しておったところじゃ。あとの、幕閣の重役の件、正式によろしくの」
三盛り目の蕎麦を食べ終えた飯井槻さまは、四盛り目の蕎麦を注文しながら厳かに宣ったのだった。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。
次回をお楽しみに!
でわ♪