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うん、蕎麦切りが美味いのじゃ♪

やっと蕎麦切りを食べます。以上です。


では、お楽しみくださいませ♪

「ははっ!」


 ゆるり開いた上座の襖を見た蕎麦屋の長兵衛は、柄にもなく畳に額を擦り付け平伏する。


「これこれ長兵衛(おさべえ)よ、左様に畏まらんでもよいぞ。なにせわらわの我儘(わがまま)で、其方(そなた)の蕎麦を喰ってみたいと申したのじゃからの♪」


 上座に座した飯井槻さまは、可愛らしい小さな手を振り振りしながら、わらわに遠慮することは無いのじゃと、長兵衛に楽にするよう促される。


「そ、そうですかい?それじゃあ」


 と、云うなり面を上げようとするが、嫌々と首を振り振り、飯井槻さまにこう云った。


「や、うちのカカアから屋敷に行ったら一端の人間らしく、ちゃんとおしよって言われちまいましてね。ですからちゃんとしなくっちゃ、江戸っ子の名が(すた)るってもんでさ♪」


 長兵衛はいつの間にか顔を上げ、片腕をまくり見栄を切りながら胡坐(あぐら)をかきつつ言い放つのだから、カミさんに云われた事など実は理解していなかったに違いない。


「ふふふ♪ ほう其方(そなた)には奥方が居るのかの、どの様な女性(にょしょう)なのじゃ?」

「奥方なんてお高いもんじゃありやせんや。味噌臭い古女房でして。へへ♪」


 頭を掻きながら照れた様子の長兵衛は、畳の目をいじり出す。


「左様か♪夫婦仲が良いことで誠に羨ましい限りじゃ♪」

「うへへ、帰ったらカカアに伝えてやりまさぁ」

「そうしてやるがよいぞ♪」


 満面の笑顔で飯井槻さまは楽し気に応じる。


「ところで、わらわの足クサ家老の兵庫助は、一体どこで何をしておるのじゃ。一向に姿が見えぬのじゃが?」

「兵庫助さまといや、あの哀れなくらい背がちっこくて、足の裏を犬に糞まみれにした、やたらかっこ悪い御武家様のことですかい?」


「「ぷっ」」


 下座に分かれて控えている飯井槻さまの侍女たちが、一斉に顔を伏せ忍び笑う。


一瞬、飯井槻さまは御顔をムッとされるが、すぐさま気お取り直されて。


「そう、それじゃそれじゃ!その小男じゃ!あやつはどこで何をしておる?」


 ザッと衣擦れの音を残し上座から身を乗り出した飯井槻さまは、兵庫助の行方を(いた)く気に為されている御様子であった。


「へい、知っておりやす。あっしも悪いとは思ったんですがね、どうしてもって聞き訳がない御仁で、今はそこの庭先で湯を沸かしておいで…」

「ほほう!それは面白い」


 見ものじゃ!と申されて、サクッと立ち上がった飯井槻さまは、侍女たちが止めるのも聞かずに縁側に速足でお出になられる。


「おい、蕎麦屋! 湯が沸いたぞ!」


 枯山水の庭の端っこに設けられた簡易の(へっつい)に据えられた釜の下に、せっせと薪をくべていた兵庫助は、声高に長兵衛に湯が沸いたことを知らせる。


「あははは!なんじゃ兵庫助よその格好は♪」

「へあ!…飯井槻さま⁈」


 腹を抱えて縁側に突っ伏した飯井槻さまの御姿に、肩肌脱ぎのねじり鉢巻きに全身煤塗(すすまみ)れの兵庫助が呆気にとられ、顔どころか上半身を真っ赤にして突っ立ていた。


「おっ!お武家様手際がいいな。侍にしとくのは勿体ないぜ!」

「あははは!そうじゃのう兵庫助よ、糞を足に付けてうろつくより、湯沸名人として長兵衛に雇ってもらうがよいぞ♪」


 湯の様子を眺め感心する長兵衛そっちのけで、飯井槻さまは笑って相槌を打つ。


「くっそ!バカにし腐って! 儂は心底腹がたった!儂を雇え!」

「何故に⁈しかもそんな理由でかい!」

「「ぶっ!!」」

「あははははは♪♪」


 上から目線でアホすぎる理由で長兵衛に取りすがる兵庫助を見て、飯井槻さまの後を追ってきた侍女たちも縁側に突っ伏して笑いを堪え、これを見た飯井槻さまは更に腹を抱えて縁側を笑い転げた。





「うん、うまし♪うまし♪」


 飯井槻さまは垂れ味噌の入った底の深い器に、箸で掴んだ蕎麦が千切れないように注意しながら浸して食される。


「長兵衛よ、良い味じゃ♪」

「そいつぁ、嬉しいやね♪」


 長兵衛は心から嬉しそうな表情をしながら頭を掻き、大いに照れる。


「これは中々に乙な品でありまするな。私も大いに興味が湧きました」


 一人でチビチビと、垂れ味噌にもつけず蕎麦を味わいつつ感心しながら言う。


「御爺様が左様に申すなら間違いは無かろう。どれ、皆も遠慮せず食すがよいぞ。お主らも斯様なもの食べたことは無いであろうからの♪」

「「あっ、はい」」


 飯井槻さまは上機嫌で侍女たちに蕎麦切りを進めるが、侍女たちはどうしたことか申し訳なさそうに箸を取り、(せい)()に乗せられた蕎麦を手慣れた手つきでクルリと巻き、ちょんと出汁の利いた垂れ味噌に浸してから、それぞれの口に運んだ。


「ん?やけに手馴れておるの。わらわは細い蕎麦が蒸された故にそれが千切れぬよう苦心しておるのじゃが、其方らはいやに手際が良いではないか?」

「えっと、それは」

「なんと言いましょうか」

「ねえ…えへへ」


 飯井槻さまの問いかけに三人の侍女たちはしどろもどろに応える。


「それでしたら、そこの三人はよくあっしの見世に良く来なさるんで、あっしが手習いしたんでさ♪」

「「「ちょっ!!!」」」


 飯井槻さまに美味し、旨しと自身の蕎麦を褒められ浮かれた長兵衛が滑らせた言葉に、三人の侍女たちが慌てだす。


「ほほう、成程の。ぬしらはわらわに隠れて左様な事をしておったのか。なるほどのう」


 ニヤッと笑う飯井槻さまは表情こそ笑ってはいるものの、目はあまり笑ってはいなかった。


「あのですね飯井槻さま…」

「これには深いわけが御座いまして…」

「そうなんです。海よりも深いわけが御座いましてですね…」

「ほうほう、その訳とやらをじっくり教えてもらえるかの?」

「「「…うっ‼」」」


 侍女たちは蛇に睨まれた蛙みたいに固まってしまった。


「長兵衛!これはホントにに美味いな!」


 兵庫助は侍女たちの真似をして蕎麦切りを箸に巻き付ける様に摘み、ちょんと垂れ味噌に付けて食べながら大声を出す。


「ですよね!」

「ここの蕎麦切り他の見世と違うんですよ!」

「そうなんですよ!兵庫助様もそう思われるでしょ?」

「うむ、とっても美味いものだ。飯井槻さまも左様思われるであろう?」


 心の底から嬉しそうな兵庫助が、何かを言い出しかけている飯井槻さまに問い掛ける。


「ふししし♪まあ、よいのじゃ♪ それよりも其方らに聞きたいのじゃが、他の見世よりも、この長兵衛が(こしら)えた蕎麦切りが美味いと申したが誠かや?」

「「「え、あっ、はい」」」


 何やら楽しそうな飯井槻さまの問いかけに、侍女たちがまた声を揃えて答えた。


「そうなのかひょんひょろよ? なにせお主がわらわに長兵衛がの見世を進めてきたのじゃから、それには理由があるのじゃろうの♪」


 これまで御料理の間に入ってから、いや入る前から存在がほぼ消えていたこの男は、料理人の御爺様以上にゆっくりとした喰いっぷりで蕎麦を口に入れていたのだが、手に持って使っている道具がどうにもおかしい。


 箸ではなく(さじ)なのである。


 どうやったら蕎麦を匙で喰えるのか、これに気付いた兵庫介は妙に気になってしまった。


ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました♪


では、またー♪

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