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急げ兵庫助!わらわの為に♪なのじゃ(笑)

さてさて、すっかりお待たせいたしました♪


でわ、続きをお楽しみくださいませ。


 主負い 宵闇迫る 急ぎ道 江戸の優雅さ 煙に巻く。


                         兵庫。



 ああ、いかんいかん。つい儂の文才が(こぼ)れ落ちてしまった。



 これといった特徴のない平々凡々な歌を詠み、勝手に一人で悦に入っている一人上手な兵庫助は、途中の田舎道の道すがら、歩くのを嫌がりむずだした(あるじ)〖飯井槻さま〗の御為に、里山で薪を拾ってきた百姓に請い、銭四十文で背負い荷棚を買ってまでアホの世話…。


もとい。


香弥乃の神の依り代であらせられる我らが茅野家が当主・飯井槻さまを乗せ、えっちらおっちら夕闇の道を他の者ども共々、まるで水鳥の掻き足が如き急ぎ足で、今宵の宿場へと歩いているのである。


「おなか。空いたのじゃ兵庫助」

「今暫しの御辛抱を…」

「棚の棒が当たって背が痛いのじゃ、兵庫助」

「飯井槻さまを背負うにはこれしか御座りませなんだ。今暫しの御辛抱を…」

「眠いの。宿はまだかの」

「…。先程の道標から察しますると、あと半里ほどに御座りましょう。今暫しの御辛抱を…」

「おなか。空いたのう兵庫助」



 だぁああ!らやァアアァアァアア!!



 突然に兵庫助が喚声を上げ、街道を猛烈な勢いで走り出した。


「ふぇ?兵庫助よ如何(いかが)いたしたのじゃ⁉」

「如何も糞もあるか!さっきから黙って聞いてりゃ付け上がりやがって!こんの、おバカ姫が!」


 兵庫助の走りに併せて激しく上下左右する背負い棚に搔きついて、飯井槻さまは眼を白黒させ慌てだした。


「もうよい!もうよい!何故かは知らぬがの、わらわが悪かったのじゃ!」

「訳がわからぬのかトンチキめ!ならば解るまで宿まで走り抜けるのみだ!」


 江戸では人の話も碌に聞かずに、やれ団子を喰い飴を頬張り水菓子≪西瓜に甜瓜≫に手を出し、甘酒に付け合わせの漬物に麦焦がしの湯まで啜りこんで、散々飲み食いに明け暮れた挙句、まともに歩き始めたと思えば足が痛いなんぞと抜けたことをほざき、あまつさえこっちが気を使って背負い棚に乗せたら乗せたで腹減っただの、眠いだなんだ。


如何に神代(かみしろ)の主で一端の大名とは申せ、今後のことを考えると、ここは腹をくくって〝教育〟するにしくはなし!


「ちょ!飯井槻さま⁉兵庫助さま⁉お待ちください!!」

「な、なんだ⁈いきなりなんの騒ぎですかい⁈」

「あんた!早く追いかけないと置いてかれちまうよ!」

「ひょ、兵庫助様ァ!あ、貴方様は御当主様になんてことをなさるんですか!!」

「……」


 兵庫助も背後から、飯井槻さま御一行の五人の驚声が轟く。


 つまり上から飯井槻さま付き侍女の〖(ひな)


次いで兵庫助が知らぬ間に大宮茅野家家臣になっていた〖担ぎ蕎麦屋の長兵衛〗と、その妻女である〖於里〗


寺社奉行から遣わされた若武者である〖飯田彦之丞(いいだひこのじょう)


そして最後は、この時に至ってもやる気が全く見られない、飯井槻さまが懐刀でボンヤリ侍の〖ひょんひょろ〗


彼ら彼女らは兵庫助の行動に一様に驚愕し ≪ひょんひょろは除く≫ 必死の形相ですっかり暗くなり始めた道を儂に付き従い、一所懸命に駆けだしていた。


 …ひょんひょろはただ、歩みを大股にしただけではあったが。





「ほら飯井槻さまよ。宿場町に着いてやったぞ。満足か?」


 どっかと背負い紐を解き、地べたに飯井槻さま積載の荷棚を据えた兵庫助は、自分自身がすっかり満足した様子の表情を浮かべて、息も絶え絶えに見受けられる飯井槻さまを、自分の低い背を物ともせず精いっぱい背伸びし見下ろしながら言ってやった。


「ふむ。余は満足じゃ♪明日も是で行こうぞ、兵庫助よ♪」

「へ??」


 余ってあなた。。


 いや、それよりも何だ。全く損害が見受けられないだと⁉


 大きく口をポカンとさせた兵庫助を尻目に、さっさと荷棚を降りた飯井槻さまは、またも…。


「たのもう!!」


 と、近くの良さそうな宿屋の暖簾を潜り、勝手に一人で中へと入って行かれたのだった。


「だ、だから言ったじゃないですか。お待ちくださいって!」


 ぜえ、はあ。ぜえ、はあ。


 咄嗟の判断でついっと身構えた儂の背後に、本気で息せき切らせた侍女の雛が儂の薄汚れた着物の裾に取りすがり、顔も上げられないと云った様子で肩を揺らせて蹲っていた。


「なにがだ」

「…かっこつけて〝なにがだ〟じゃありませんよ。ホントにバカな些末家老なんだから全くもう!」


 そう云いながら、やっと顔を上げた雛は汗にまみれ歪んだ(かんざし)を元に戻しつつ、ポカッ。ポカッ。と、力なく兵庫助の腰辺りを叩いた。


 どうやら彼女は全力で小突いているつもりらしいのだが、どうにもこうにも残りの筋力が足らないみたいで、頭を思いっきりシバキたいつもりなのだが、尻や腰を叩くのがせいぜいであるらしい。


「割と。面白くも可愛い奴なのだなお前」


 雛の根性と気迫に感心した兵庫助は、まるで父親が我が子を抱っこする様に雛を抱え上げ、そしてスッと、飯井槻さまが我がもの顔で入って行かれた宿屋の軒下に置かれていた縁台に座らせてやった。


「ち、ちっさい体で…はあはあ。。む、無理すんな些末侍! あんただって結構疲れているでしょうに…」

「儂は特段辛くもなんともないぞ。役目柄、常日頃から鍛錬は怠ってはいない故な」


 ケロッとしている兵庫助を上目遣いで見た雛は、「ほんと、大宮茅野家の主従は化け物揃いだわ…」と呟いた。


「ん?なにか申したか?」


 やっと、飯井槻さまや兵庫助にボツボツ追い付いてきた他の一行の連中は、雛以上に息が上がってへたり込み、その顔は死に体と云ってもいい様相を呈していた。


≪無論。ひょんひょろだけは相も変わらず無表情だが≫


「べ、別に。ちょっとあんたみたいな些末侍と同じで、今頃可哀想な目に遭ってるだろうなって友達のことを思い出しただけです」

「んん??それは?」


 雛の不思議な応えに、これまた兵庫助も不思議そうに問い、その正しい答えが来るのを待った。


「飯井槻さまは悪戯好きなお人柄だけですよね」

「左様」

「飯井槻さまをちょっとでも懲らしめる為に一杯走ったのに、肝心の飯井槻さまがケロッと為されていることに内心ガックリ来てるんですよね?」

「さ、左様」

「すっかり飯井槻さまの罠に嵌ってますよ」

「はい?」


 ニヤッと悪い顔をして微笑んだ鶵は、「あのですね♪」っとこれからの旅にとって貴重な証言を、儂に少しだけしてくれたのだった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました♪

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