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蕎麦屋の長兵衛なのじゃ♪

蕎麦の美味い季節ですね。真夏は端境期なので、まだ収穫されていない国産物の蕎麦は出回らず、南半球はオーストラリア産のそば粉などが蕎麦屋では重宝されるらしいです。と、行きつけの蕎麦屋さんに聞きました。


でも此の蕎麦屋さんは、契約農家さんのそば粉しか使ってないんですけどね(笑)


なので今は収穫されたそば粉が出回り、美味い蕎麦が食える時期なのだそうです。


ちなみに私は、大盛のもり蕎麦を必ず入店したら二枚頼みます。


では、またー♪



 さてさて、此の〖ひょんひょろ〗なる人物は、背がひょろ高く、お陰で雲の向うの様な高みにある顔なんかはほとんど見えない。


 そんな棒切れみたいに貧相な体躯を大仰に折り曲げて、こちらを伺う様に覗き込みつつ歩く様は、さながら妖怪の類が輿に取り付いてくっついてくるようだ。


「大儀であったひょんひょろよ、での、首尾は如何であった?」

〘仰せのままに召しましてございます〙


 ひょんひょろはヒョイと前方に目をやる。


 んん?と、兵庫助はそちらに眼を向けると、屋台見世らしきものに大きな紺の布をかぶせた侍らしき男が、居心地悪そうに腰をかがめて待って居たのだ。


「歩みながらで悪いがの、彼の者をこれへ」

〘畏まってございます〙


 そう言ってひょんひょろは、スイッと前方に歩みを進め、件の蕎麦屋を飯井槻さまのもとに招いた。


「其の方が蕎麦屋台の『長兵衛(ちょうのひょうえ)』か」


 輿の御簾を少し開け、不用心にもほどがあるお気楽な飯井槻さまは、町人の長兵衛に話しかけた。


「これはこれは飯井槻さま。お初に御目にかかりまさぁ~。あ、あっしは屋台見世を担ぎここいらで商わせていただいておりやす『(「)長兵衛(おさべえ)』と申しやす。以後お見知り置きを」


 件の侍は飯井槻さまに臆するでもなく輿に寄り添い屈みつつ、自身の名を正確に伝えた。


 なるほど、コヤツが蕎麦屋当人成るか。


 いつも薄ぼんやりはして居るが、流石に世間への体裁が悪いとひょろひょんも考えて、蕎麦屋に侍の格好をさせていたのだろう。たぶんそうに違いあるまい。


 と、兵庫助はひとりで納得する。


「左様か、これは失礼したの。なれば言い直そう、『長兵衛(おさべえ)』殿よ」

「殿とか余計だぜ飯井槻さまよ。あっしは、し、しがない町人ですからね。えへへ♪」

「なんの、其方(そなた)は腕の確かな蕎麦屋だとわらわは聞き及んでおる。となればの、わらわも相応の態度を示さねばならぬ。誠に失礼致した」


「い、いやぁ~。そう云われるとあっしも言い返せやしませんや」


 長兵衛(おさべえ)は金魚本田髷をチョチョイと指先で掻き照れる。


「しての長兵衛、一つ聞きたいことがあるのじゃが、良いかの」

「な、なんでございやしょ」

「何故に其方は長兵衛(ちょうべえ)ではなく長兵衛(おさべえ)と名乗っておるのじゃ?」

「それは、あっしは江戸の蕎麦屋の(おさ)になりたいからでさぁ~」

「ということはお主のもとの名は長兵衛(ちょうべえ)なのじゃな?」

「元も何も、今でもそうでさぁ~♪」

「成程のう。ふししし♪」

「あははは!」


 結局この蕎麦屋は、見栄と押し出しの為に『おさべえ』と名乗っておるだけで、本来の名は『ちょうべえ』であるそうだ。


 これだから江戸っ子はめんどくさいんだ。 などと兵庫助は思ってしまう。


 隙あらば他国者を公方様の意を借りては田舎者扱と(さげす)み、にもかかわらず上方物を酒でも反物でも何かとありがたがり、それでいて喧嘩っぱやいがいつも逃げ腰で腰が引けており、挙句に入れ墨をするにはいいが痛さの所為かそれとも途中で銭が無くなるのか、まともに入れている人間はまず以ておらず、中には、龍の角の先の刻線のみで止めてしまうようなのまでいるといった、要は江戸っ子は根性なしのハンパ者ばかりだ。


 それになんだって戦に行く用事もないであろうに、揃いも揃って本多様のに似せた紛い物の髷なんぞ結っておるのだ。


 現に蕎麦屋の長兵衛(おさべえ)なる屋台担ぎも、飯井槻さまに面会する際には手足が小刻みに痙攣気味になっており、発する言葉も心なしか震えておる。


 恐らくコヤツも背中辺りに、虎だの龍だの身分不相応の彫り物をしておるのであろうが、間違いなく色も入っていない出来損ないであろうことは想像に難くない。


 なんてことをブチブチ口中で(つぶや)いていた兵庫助は、ふと我に返り、家名に係る肝心な事柄を思い出した。


 いやいや斯様な事よりも飯井槻さまよ、蕎麦屋と笑い合うのも良いが不調法にも程があるのではないか⁈


 兵庫助がブツクサ不満を漏らしている間も、大宮茅野家の行列は深志茅野家の下屋敷に向かい粛々(しゅくしゅく)と歩を進め、周囲には日ノ本一ともいわれ生き神様とも称えられる香弥乃大宮の神の依代(よりしろ)にして、絶世の美少女である飯井槻さまを一目見ようと煩瑣な江戸の町民や、中には他家の大名の侍共や小者が我らを見詰めているのであるのだから。


「飯井槻さまよ、いい加減になされませ。幕閣の目も光っておるやもしれませんぞ」


 兵庫助は蕎麦屋が居る反対側から輿の中に向かって(たしな)める。


「一々うるさいのう兵庫助は、わかったわかった。ではの長兵衛(おさべえ)よ、すまぬが下屋敷までたどり着くまでのしばらくの間、行列に加わり付いてきては呉れまいかの」

「へい、承知いたしやした!」

「すまんのう♪」

「なぁに、飯井槻さまとあっしの仲でさぁ♪じゃ、あっしはのちほど!」


 短い時間ですっかり打ち解けてしまったらしい飯井槻さまと長兵衛は、気軽に暫しの別れの挨拶をすると、これまで一切口を開こうとしなかったひょんひょろに連れられ、とっとと列の後方に下がって行った。


 あいつ、あとで絞めてやろうかな。


 兵庫助は密かに心で誓うのであった。


今回もお読みいただき誠にありがとうございました♪

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